「かつての竜咳」でも述べたが、丈の咳は「竜咳」ではない
※少なくとも竜胤の御子が竜咳に罹るという情報は存在しない
※竜胤の御子は周囲の人間の生の力を奪えるのだから、竜咳に罹りそうになったら周囲の人間から生の力を補充すれば済む話である
※また竜咳患者は血塊を吐くが、丈が血塊を吐いたのだとしたら、それは「竜胤の御子の血」であり、不死斬りを使わずに竜胤の御子の血を得られると言うことになる
いきなり話が脱線するが、そもそも常桜に関するエマの記憶からしておぼろげである
エマ:…いえ
常桜があったころのことを
思い出そうとしているのですが…
どうも、記憶がおぼろげなのです(人返りルート)
兄弟子の道順が嫉妬するほど優秀なエマがその記憶をおぼろにさせている。ここに何らかの秘密が意図的に隠されていると思うのは当然のことである
しかもそのおぼろげな記憶は、「名残り墓」を訪れたことで完全に蘇ったのか、あるいはまだ何かを忘れているのか判断できない
常桜の記憶に関してはまだ不可解な部分が存在する
エマ:あの頃…
私と弦一郎殿は、良くここを訪れていた
常桜の下で、丈様が笛を吹かれ、巴殿が舞われる…
それを見るのが、たまらなく好きだった(人返りルート)
とても綺麗な光景である。だが果たしてフロムが綺麗なだけの光景を導入するだろうか? 答えは否である
巴の舞いは源の宮の淤加美一族の舞いであり、丈の吹く笛は、霧ごもりの貴人の吹く笛である
前者は桜竜の力を得る舞いであり(「竜の舞い面」)、後者は森を幻覚によって覆い隠すような笛である(隠れ森)
「それを見るのが、たまらなく好きだった」のはなにゆえか。単にその舞いと演奏が優れていた、というだけではないだろう
桜竜から繋がるその演舞には、人を魅入らせるような妖しい力が込められているのである
またその妖力は、森を隠すような強力な幻覚の力を秘めているのである
ゆえに、エマが常桜の下で見たものは、すべてが幻覚だったとも考えられる(幻術使いであるお蝶、そして梟の介入の可能性も考えられる)
不可解な点は他にもある
エマ:………私は、見たのです
あの日、常桜の木の下で…
巴殿が… 自刃されようとしたのを…
これもおかしな話である。不死斬りがないのだから、巴は自分が死ぬことができないということを知っていたはずである。なのになぜ自刃しようとしたのか
案の定、死ぬことはできず、人返りも失敗している
隻狼:だが、人返りも、成らなかった
エマ:はい。不死斬りが、無かったためでしょう
そもそも人返りを試みていることも不自然である
人返りには「常桜の花」と「桜竜の涙」が必要である
「常桜の花」はまだ咲いていたとして、「桜竜の涙」はどうしたのか? 手に入れたのか? 手に入れたのだとしたら、「拝涙」を入手しているはずである。だとしたら、不死斬りはあるではないか
エマの証言通りのことが実際に起きていたのだとしたら、巴の言動は支離滅裂以外の何ものでも無い
考えられる可能性は一つである
「巴の手記」は巴の自刃未遂の後に書かれたのだ
巴の手記
柔らかな字でしたためられた巴の手記
丈様の咳は、ひどくなられるばかり
仙郷へ帰る道は、どうやら叶わぬ
せめて竜胤を断ち、人に返して差し上げたい
人返りには、常桜の花と不死斬りが要る
なれど、花はあれども不死斬りはない
仙峯上人が、隠したのであろう
竜胤を断つなど、あの者は望まぬゆえに…
自刃という人体実験じみた行為により、人返りの方法を編み出したのである
であるのならば、巴の自刃に立ち会っていたエマは、咳に苦しむ丈を見る機会があったはずである。にもかかわらず、エマはそれを竜咳とは認識していない
咳そのものを認識していなかったという可能性も低い。というのも、「巴の手記」は人返りルートでエマに渡されるものである。もし、丈の咳を知らなかったのであれば、そのとき言及するであろうからだ
以上のことから、丈の咳は竜咳とは考えにくいのである
丈の咳が竜咳でないとすると、では丈の咳はどこから来るのか
桜竜をよく見てみると、満身創痍であることに気付く
そもそも戦闘開始時には桜竜は枯れ果てているし、顕現したあとも右眼は潰れ、左腕はもぎ取られ、胸は中央部分が大きく抉れている
このうち、右眼の傷は隻狼の右眼の白い痣に、左腕は隻狼の欠損した左腕に対応すると思われるが、胸の傷はそういった描写がない
また「胸」とはいうが、実際はかなり長く縦に裂けている。この位置や傷の状態を人体に置き換えるのならば、そこは気管支(肺臓)がある場所である
では、桜竜の肺が傷ついているから、その呪いとして丈は肺を病んだのか(不死斬りを抜くとき、変若の御子は隻狼の白い痣を見て「竜胤の呪い」と言う)
丈と隻狼とは、竜胤の御子とその従者という立場の違いが存在する。しかしながら、例えばムービーに登場する九郎の右前髪のあたりは白く変色していることが確認できる
つまり、竜胤の御子も竜胤の呪いの影響を受けるのである
呪いによって九郎と咳狼は右眼付近が白く脱色され、隻狼は左腕を失ったのである
ではなぜ隻狼は左腕を失い、九郎の左腕は無事なのか
竜胤の呪いとは、神によって定められた因果律そのものであるからだ
要するに、左腕を失うように因果律が設定されているがゆえに、「必ずそうなるように導かれる」のである
九郎が左腕を失っていないのは、いまだ因果律による左腕の欠損というイベントが実現されていないだけであり、先の未来では必ず左腕を失うことが宿命づけられているのである
胸の傷についても同様である。竜胤の御子ならびその従者は、胸に深い傷を負ったり、肺臓を病むことが宿命づけられているのである
因果律により確定された未来、それが「呪い」の正体である
九郎が不死斬りで胸を斬ったのはその予兆であるか、あるいはそこに竜胤の御子が背負う宿業が露出しているかである(胸部が抉れているか、竜胤そのものが露出しているか)
丈の咳もまた竜胤の呪いが源である。そしてその直接的な原因は桜竜の胸に刻まれた傷痕なのである
不死断ち、ならびに人返りはそうした「神の因果律」を打ち破ることであり、そうすることではじめて、竜胤の御子は本当の意味で「自由」を得られるのである
蛇足
正直なところ、丈の咳が竜咳でも良いと思っている。竜胤の御子もまた人である(変若の御子)し、人であるのならば生の力を奪われて淀みが生まれて竜咳に罹ることもあるだろうエマの不可解な言動も常桜の幻覚のせいということで押し通せるであろう
桜の枝を手折った梟や、桜雫を持っているお蝶が幻覚に関わっていた可能性も高い
幻覚の存在はある意味で万能なので、「幻覚を使い丈と巴は死を偽装し、仙郷へ行って桜竜と巫女となった」、あるいは「丈と巴の死があまりにも惨かったためにそれを見たエマの記憶を封じたのだ」という考察さえ可能である
しかしながら丈が竜咳だとしたら、なぜ不足した生の力を周囲の人間から奪わないのかという疑問から、もし丈の咳が竜咳ではなかったら、という仮定を元に考察してみたものである
※考察と思考実験を分ければよかったかもしれない
胸の傷といえば、平田屋敷でお蝶撃破後のムービーで隻狼は背後から胸を貫かれていますね。ただ、竜胤はその時に初めて機能したはずで、胸を貫かれた時の隻狼が因果律に囚われていた、とするのは少々無理があるかもしれません。
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