2019年7月19日金曜日

Death Stranding 考察22 胡桃の核へいたりし者

「このハムレット、たとえ胡桃の殻に閉じこめられていようとも、無限の宇宙を支配する王者のつもりになれる男だ。悪い夢さえ見なければな」(『ハムレット』意訳)

前回の考察がやや観念的なものとなってしまったので、今回はよりゲーム内世界に即した考察をしてみたいと思う

前回の考察は言うなればゲームシステムに関するメタ考察であった。ソーシャル・ストランド・システムとは何か、プレーヤーは何者か、を高次(現実)の視点から俯瞰したものである

そこにはデスストランディングの内的世界、つまりサムの側からの視点は欠けていた(あるいは不足していた)

そこで今回はいったいサムの住む世界に何が起きたのか、どうして世界が分断されたのか、BTとは何か、そもそもデスストランディングとは何か、をゲーム内の世界観をもとにして考察してみたいと思う

※前回の考察と結論を変更した部分もある


世界

まず、サムのいる世界には複数の世界が存在する。これは、ハデスの存在やそこからやって来るBTといった異世界生物から帰納法的に導き出せる解である

世界が複数あるがゆえに、一方の側からもう一方の側へと座礁(ストランディング)することも可能になるのである

もしハデスが地球と同じ物理法則に支配されているのだとしたら、極論してしまえば「脅威」にはならない。だが、トレーラーでかいま見える時雨やBTの引き起こす現象は、地球の物理法則に従っているとは思えない

ゆえに、世界は複数あり、双方の物理法則は異なると考えられる

こういった不可解な状況を「科学的」に説明しようとする時によく持ち出されるのが前回でも触れた「多世界」である

前回はエヴェレットの多世界解釈を例としてあげたが、理論物理学的に考えられる「多世界宇宙論」は、いくつも存在する(参考:多元宇宙論 Wikipedia


これらの「多元宇宙論」をひとつひとつ検討していく余裕はないし、私自身が理解できている自信がないので、このうちのひとつに絞りたいと思う

そのためのキーワードになるのは「爆発」である

昔 爆発があった
この宇宙は 爆発で生まれた

昔 爆発があった
この星 爆発で生まれた
昔 爆発があった
この生命は 爆発で生まれた
そしてまた 爆発が起こる
これが 我々の目撃する
最後の爆発になる
(2017トレーラー)

ここには、我々の「宇宙を生んだ爆発」から我々の「宇宙を終わらせる爆発」までが表わされている

わざわざ「我々の」と主語をつけたのは、「我々の知る宇宙」というニュアンスを表現したかったからである

つまり、爆発により「我々の知る宇宙」が生まれ、爆発により「我々の知る宇宙」が終わる、という認識論的な視点を導入したかったのである

なぜか?

全宇宙には「我々の知る宇宙」と「我々の知らない宇宙」が並存しているからである

永遠のインフレーション理論(英語版 wikipedia)によれば、宇宙は永遠に膨張していくという。その結果、ある空間領域において「」のような小さな宇宙が誕生するという

この小さな宇宙を泡宇宙というが、この泡宇宙は我々の知る宇宙と同じように「爆発」(ビッグバン)とそれに伴うインフレーションによって膨張していくという

この泡宇宙のひとつが「我々の知る宇宙」である

そして宇宙全体としては永遠に膨張していくのだから、宇宙には泡宇宙が無限に生み出されることになる(小さな宇宙の大きさはハッブル球殻に等しい)

無限の宇宙には無限個の泡宇宙が存在し、また生まれ続けているのである。そしてこれらの異なる泡宇宙は、それぞれ異なる物理法則を持つのである

異なる泡は異なる自発的対称性の破れを経験するであろう。その結果、異なる物理定数のような異なる性質を持つ(wikipedia)

泡宇宙は無限にあるのだから、すべての物理法則はすでに無限の泡宇宙のなかに実現しているか、いつかは実現されると考えられるのである(物質で出来た宇宙もあれば、反物質で出来た宇宙も理論的には存在しうる)

二つの泡宇宙の間にはインフラトン場という「場」が広がっており、それがつまり全宇宙を満たしている場でもあるのだが、永遠のインフレーションにより膨張しているために、ふつうは泡宇宙どうしは衝突しない

だが、泡宇宙の膨張速度が永遠のインフレーションの膨張速度を超えると、二つの泡宇宙は徐々に接近してゆき、やがて衝突する

この衝突は「爆発」のようなものになる可能性もあるし、また「座礁」のように比較的おだやかな衝突となる可能性もある

さらに量子トンネル効果により、一方の物質が他方へ漏れ出すことで「」のように降り注ぐ可能性もある

あるいは、ひも理論によれば、「重力子」は宇宙にひも付けられていないために、泡宇宙の間を跳び越えて移動できるという。そうして移動してきた他世界の重力子が「雨」のように降り注いでいるのかもしれない

重要なのは、双方の泡宇宙は物理法則が異なることであり、特に「ヒッグス場」の性質(値)が異なるであろう点だ

ヒッグス場とは、ほぼすべての粒子に質量を与える場であり、その値が異なると言うことは、「重力」が異なることでもある

そして重力(正確には重力ポテンシャル)の大小は、時間の流れの速度を左右するために、二つの泡宇宙が「座礁」した際には「どちらの世界に属するかによって」時間の流れの速さが違ってくるのである


以上のように考えると、2017年のトレーラーで示された「爆発」の意味は以下のように考えられる

我々の知る宇宙は「爆発」により生まれ、我々の知っていた宇宙は二つの泡宇宙の衝突という「爆発」により終わる

世界が分断されたのは部分的に物理法則が乱れているからであり、BTとはその他宇宙からやって来るものであり、それらは、サムの住むに宇宙に別の宇宙が座礁したこと、つまりデスストランディングにより引き起こされたのである

その別の宇宙は「反物質」で構成されているがゆえに、サムの世界の物質を接触すると「対消滅」を引き起こすのである。座礁が進めば、やがて泡宇宙どうしが完全に衝突し、双方の宇宙は「対消滅」を起こして消滅する

また泡宇宙の相違を強調してきたが、無限の泡宇宙のなかには「ほぼ同一の泡宇宙」も存在する。そこにはやはりサムがいて、やはりアメリカが分断され、やはり運び屋をしているかもしれない

それがつまり(またメタ的になるが)、他のプレーヤーがプレイするデスストランディングの世界なのである



蛇足

正直なところ、多元宇宙論やらひも理論やらインフレーション理論を少しでも理解しているかと問われれば、答えはノーである。というより、まったく理解していないに等しい

なので本当は観念的、思弁的(妄想)な考察に終始したいところだったが、サムのネックレスなどであれほど数学の方程式を強調しているのだから少しは関係あるだろうと思い書いてみたものである

とはいえ初歩的な数学すら理解が怪しいうえに、わからないところは適当に妄想で補っている。よって、科学的な宇宙論というより、宇宙創成神話論のようなものである


かれらは行く! かれらは行く! わたしは知っている、かれ
   らは行くと、だがわたしは知らない、かれらが何処へ行く
   かを、
 しかし、わたしは知っている、かれらが最良のものへと――何
   かしら偉大なものの方へと向かって行くのを。(『ホイットマン詩集―対訳』 岩波文庫―アメリカ詩人選)

0 件のコメント:

コメントを投稿