2018年4月15日日曜日

ゼノブレイド2 考察8 グノーシス主義と超人思想

キリスト教グノーシス主義と主流派キリスト教の最も根本的な差異は、創造主の捉え方である。

創世記にあるように、主流派キリスト教は世界を創造した神こそが善であると考える。
一方でグノーシス主義では、世界を創造した存在こそが悪の根源とし、悪の創造主の上位に善なる神がいると考える。

主流派キリスト教
 善なる神(創造主)→世界
 
グノーシス主義
 善なる神・・・・・・→悪の根源(創造主)→世界

なぜグノーシス主義がこんなにややこしい構図を創出したかというと、悪の起源の問題を解決するためである

ドストエフスキーはその著作『カラマーゾフの兄弟』において、イワンに反カトリック的な教説を述べさせているが、そのうちのひとつに「悪の起源の問題」がある

イワンは「両親に虐待された末に死んだ幼児の話」をする
何の罪もない幼児両親はただ邪魔だからという些細な理由から虐待し、幼児は糞塗れで死んでいくのである

なぜこれほどの「悪」がこの世界に存在しているのか
善なる神が作ったはずの善なる世界に、なぜ「悪」が存在しているのか
もし本当に神が世界を造ったのだとしたら、「神はこの幼児に加えられた窮極の悪」を許していることになる

いや、許しているどころか、神がその意志により世界を造ったのだから「悪を望んで」さえいる

善なる神がなぜ悪を許すのか
なぜ人類は悪によって苦しみ続けなければならないのか

この難問に対するキリスト教、ユダヤ教側からの一応の回答として『ヨブ記』がある

神とサタンとの賭けの対象となってしまったがために、義人ヨブが様々な苦難を受けるという話である
苦難は理由もなく突然、何の前兆もなしにヨブを襲い、ヨブは家族や財産をすべて失う
なぜ自分がこれほどの禍いを受けなければならないのか、ヨブは苦悩するが神を信じ続ける
サタンや友人たちによる説得や誘惑をはねのけ、神への信仰を捨てなかったヨブは最後は神によって報いられる

つまるところ偉大なる神の意図矮小な人間は理解することができず、すべては神の不可知の意思によるところであり、人間が可能なのは神を信じることだけである、となる

なんだか煙に巻かれた感は否めないが、まさしく問題を有耶無耶にしているのである

実は、この根源的な問題をキリスト教は未だ完全に解決できていない
それほどこの問題はキリスト教にとってクリティカルな問題なのである

なので、キリスト教ができてから遙かに下ったドストエフスキーにも突っ込まれているのである


一方グノーシス主義者は、世界に悪があるのはこの世界を創造した者が悪であるからだ、と単純に考えた
善なる神ではない悪の体現者(デミウルゴスとかサバオート、ヤルダバオトなどと呼ばれる要するに悪魔)が世界を造ったのだから世界に悪があるのは当然である

とはいえ、善なる神と悪魔との間に繋がりがないわけではない(悪魔も神の要素を微かに有している)

宗派によっても異なるがグノーシス神話における善なる神は「何もしない」か「消極的」である
ただし善なる神を仰ぎ見る天使的な存在がいる

そのうちの最後列にいる天使(男性的天使と女性的天使の対存在であることが多く、女性的天使はソフィアと呼ばれることが多い)が、好奇心から神を直接知りたいと望む

この好奇心による過ちが、重大な事件を引き起こす
あまりに不遜な試みゆえに、ソフィアは神のいる世界から弾き飛ばされそうになる(落下する)

このとき、ソフィアは自らの内にある「情念」を切り離して神のいる世界にとどまるが、一方切り離された情念は、神の世界からこぼれ落ちる
どこへ落下するかというと、暗い水面(創世記に対応)、深淵等のはっきりしない時空である

この「情念」こそが、創造主デミウルゴスとなり、世界を創造する悪魔となったのだ
神との繋がりを保ちつつ、悪の起源天使の好奇心(「情念」)と位置づけることで、グノーシス主義者は「世界に悪が存在する理由」について応えようとしたのだ。


ややこしいというかひどく迂遠な思考法であるが、すべての一神教は構造的にこの問題を避けて通れない

善と悪の神を前提とする「二元論宗教(例えばゾロアスター教)」ならば答えはもっと簡単で、人間は善と悪との闘争に巻き込まれており、人は悪と戦わなければならない、となる



なぜこの世界に悪が存在するのか?
この疑問は、日々報道される忌まわしい事件を思えば現代人にも通用する問いである

この難題に対する明快な答えを人類はまだもっていない現代人の多くが神を信じていない現状で、神を前提として道徳を語られても、説得力がない

ただし、人類史のなかでただ一人だけ生真面目に真っ向正面から応えようとした人物がいる

ニーチェである

ニーチェはその著作『ツァラトゥストラかく語りき』において、神の死とともに超人思想を説いている

「神は死んだ」という有名な文言によって、ニーチェは神が死んだあとの世界、神無き世界を読者に現前させる
二元論的な宗教の開祖であるツァラトゥストラ(ゾロアスター)に「神の死」を宣言させているところにポイントがある

つまり「悪の起源」に対して「二元論宗教」という便利な逃げ場使えないよ、とあらかじめくぎを刺しているのだ
ニーチェは神という安易な避難所に逃げ込むことなく、とことん思索を突き詰めようとしたのだろう

神の存在しない空疎な世界捨て置かれている
いま感じている苦痛明日も感じているだろうし、百年後の誰か同じ苦痛感じているだろう
苦難と苦痛延々人を苦しめ続け、それは救済されることなく、未来永劫終わることがない

苦痛あふれる世界が永劫に回帰する

ニーチェにおける永劫回帰とは、意味が喪失した無の深淵のなかで、苦痛に満ちた同じ「生」繰り返し生きることに他ならない

この途方に暮れるような絶望的な状況下「然り(それでよし)」と言える人間こそが「超人」である

突然だが、この超人思想こそ「ゼノブレイド2」の主人公「レックス」の基本的な思想なのである
王道物語の主人公でありながらレックスに対する批判がやや多いのは、「超人思想」というラジカルな思想、属性が付与されているためである

永劫回帰の苦悩を肯定するその姿勢はゼノギアスにおけるフェイと似通う)


マルベーニ

上でグノーシス神話における世界創造について触れた。そこで善なる神創造主かすかに繋がりがあるということも記した。当然ながら創造主に造られた人間もまた善の神と繋がりがあるということになる

善なる神・・・→ソフィア・・・→情念→創造主→世界+人間

より簡単に記すならば、上記のような系譜となる

つまり人間善なる神由来の何らかの「要素」を受け継いでいることになる
グノーシス主義おいては「本来的自己」「霊魂(プネウマ)」「火花」や「光の粒子」と呼ばれるもので、それら「神(霊)的要素」肉体(物質)という牢獄に閉じ込められている

人間が神の救済にあずかれるのはこの神的要素ゆえであり、霊魂だけが神の世界へと到達することが可能なのである。この自身の内にある神的要素を認識することがすなわちグノーシス(認識)に至る条件の一つなのだ(ほかにも反宇宙論だとか救済者とか)

さて、これらの要素をゼノブレイド2に当てはめてみると下記のようになる

神→ゲート
創造主→クラウス
神的要素→プネウマ(プネウマには「魂」という意味がある)

つまるところグノーシス神話における「神的要素」外的に表現したのがプネウマ

実際ヒカリとホムラがプネウマの形態をとった際には、彼女はゲートの力を帯びている
その瞬間彼女はゲート由来の要素そのものとなり、それをあらわす名が「霊魂(プネウマ)」なのである

ただしゲート由来の神的要素を秘めているのは天の聖杯の、しかもプネウマ形態になった時だけである
ところが、ただのコアクリスタルにも神的要素が含まれていると考えた者がいる

マルベーニである

マルベーニは、コアクリスタルに秘められた神的要素をかき集めて神の国へ行こうとしたのだ
(あるいは神的要素との合一を果たし、最終的に神との合一を目指した)

世界を滅ぼしたいほど憎んでいるにもかかわらず、世界をすぐさま滅ぼそうとせず、なぜかコアクリスタルの洗礼を500年も続けている、その理由が、この神的要素集めなのである

マルベーニとしてはもはや世界はどうでもよかったが、神の御許へはどうしても行きたかった。そのためのコアクリスタル洗礼だったのだ

ブレイド(コアクリスタル)を統べる力を与えられたのは、その内にある神的要素を抽出して神の国へ戻るためであり、神は自分にそうせよと命じている、と考えたのだ

ただしマルベーニは創造主クラウスを神だと勘違いしているし、コアクリスタルに神的要素は含まれていない
ゆえに、コアクリスタルをどれほど集めようとも、神の御許へは到達(届かない)できないのである

神の御許へ行こうとして500年も頑張るのは、ゼノギアスのカレルレンを彷彿とさせる)


イーラ

偽物の神本物の神と信じて合一を目指すマルベーニとは対照的に、イーラ(シン)はグノーシス主義的な思想に行き着いた。

この世界に悪が溢れるのは、神が悪そのものであるからだ。この世界に悪をもたらした神を殺すことでしか、この苦悩の輪廻終わらせることはできない

そう考えたイーラ(シン)は神を殺しに行く

一方、神との合一を目指すマルベーニとしては神を殺してもらっては困るのである。しかも、神を殺そうとしているのがただの狂信者ならともかくメツという本当に神を殺せそうなブレイドなのである

世界樹においてマルベーニが泡を食ってイーラを妨害したのは、マルベーニのこういった事情があるからなのだ
(正直、初プレイ時にはなぜマルベーニがイーラを妨害するのかよくわからなかったが、マルベーニ神を憎まず世界を憎んでいるのに対し、イーラ神も世界も憎んでいるために、双方がぶつかりあうこととなったのだ)

最後の場面でシンレックスに対して永劫回帰(永劫に続く苦痛の世界)を提示し、レックスはそれに対して「超人思想(たとえ世界が同じ苦しみを繰り返そうとも、それでも人は前に進んでいく)」で応える
(マルベーニとシンを合体させるとカレルレンになるか)


メツ

神を殺そうとするシン世界を滅ぼそうとするメツは似ているようで少し思想が異なる

メツはマルベーニの世界を憎悪する性質を純粋に受け継いでいる
あまりに純粋に受け継いだがゆえに、メツは世界の中にいる自己すらをも憎まざるを得ない
世界を消去する者という「役目」によりメツは世界を憎悪するが、しかしその「役目」すら憎まざるを得ないのである

自己存在の否定が極限にまで高まった存在がメツであり、彼は与えられた役目をも拒絶しようとして、神でも創造主でもない「悪の起源」へとたどり着く

それが「自由意志による悪」である
自由意志によるには、それ以上の起源は存在しない。それ以上遡ることができないからだ

役目でも命令でもなく自分自身の意志として悪を志向し、世界を消去しようとする
(与えられた役目を果たしているうちは、大嫌いな自分から逃れられない。かといって悪として造られた彼は善に転向することもできない。できるのは自らの意志として悪を行うことである)

それはもはや虚無への意志であり、究極の苦悩でもあったが、それゆえに彼自身の「生」に意味を持たせた
『生そのものは本質において、他者や弱者をわがものとして、傷つけ、制圧することである。抑圧すること、過酷になることであり、自分の形式を強要することであり、他者を自己に同化させることであり、少なくとも、穏やかに表現しても、他者を搾取することである』(『善悪の彼岸』光文社古典新訳文庫 中山元訳)
すなわち被造物の最たるものである彼は、生の根源的な部分にまで立ち返る必要があったのである。そうしなければ自由意志を持つ存在として生きることができなかったからだ

その一種ルサンチマン的な怨恨の発露は、当然ながら超人としてのレックスには通用しない
あくまで善悪の水準に止まるメツに対し、レックスは善悪の彼岸に立つからである

『こうして正午の鐘が、大いなる決定の鐘が鳴り響き、これが意志をふたたび自由にしてくれ、大地にはその目標をとりもどさせ、人間にはその希望をとりもどさせるのだ。この反キリスト者、反ニヒリスト、神と虚無を克服する者――この者はいつか訪れざるをえないのだ……。』(『道徳の系譜学』光文社古典新訳文庫 中山元訳)

2018年1月22日月曜日

ゼノブレイド2 考察7 エーテル

考察スレでエーテル議論が盛り上がっていたので刺激を受けて考察してみる。なお考察スレの議論には参加していない。

エーテルに関することならばエーテルの操作が可能なカムイが最適だろうということで、ヨシツネによるカムイの説明からはじめたいと思う



1.エーテルエネルギーは空間に存在する
2.ブレイドはエーテルエネルギーを武器のクリスタルへ送り込んで力を発生させている
さらに以下のドヤ解説によると、ヨシツネとカムイはエーテルエネルギーの流れを操作できるらしい

ただし、操作できるのはエーテルエネルギーの「流れ」のみなので、ヴァンダムさんの捨て身技が有効だった(とはいえ、武器へのエネルギー補充は絶たれているので、効果は限定的といえる)

ではそもそも空間に漂うエーテルの正体は何なのか? どこから来たのか?


ルクスリア王によれば、エーテルはゲンブの体内に流れているという
アルスの活動エネルギーは、アルスが雲海を摂取することで発生するらしい
その活動エネルギーの「流れ」がエーテル流であるという
それを精錬し、結晶化したものがコアチップだという

武器のクリスタル=コアチップだとすると、ブレイドはエーテルエネルギーをエーテル結晶に照射することでエーテル結晶を励起させ力を発生させている、ということになる

一般に励起状態になった結晶は高エネルギー状態となるので、原理としてはありうると思われる。

こうした原理を利用したものとして「レーザー」があり、「光励起」によって発生させた超高出力レーザーによる核融合、プラズマ物理、高エネルギー物理などが応用として挙げられる

エーテルがエネルギーとなる原理がなんとなくわかってきたところで、空間に漂うエーテルの謎も解明される

つまるところ、空間に漂うエーテルとは空気中に溶解(蒸気化した)したエーテル結晶(その元である過飽和の蒸気)である
それは条件が揃えば結晶として成長(アルスの体内のように濃度が濃く、さらに儀式により結晶化させる)し、さらにエーテルそのものによって励起され力を発生させる

エーテルそのものは、アルスが雲海を摂取し活動エネルギーに転換したものである
その活動エネルギーが希薄化し、アルスト全体に薄く漂っていると思われる
(エーテルをアルス起源に限定できるかどうかは断言できない。他に発生の仕方があるのかもしれない)

※なおナノマシン談義には踏み込まない(あくまで雲海を摂取し活動エネルギーを得ているとだけ)

2018年1月13日土曜日

ゼノブレイド2 考察6 聖杯大戦とラウラの身分

前回の考察5で、ファン・レ・ノルンとレックスの類似性を示すだけの予定が、なぜか暴走したあげく資料を検討することもなく完全に間違った考察に至ってしまったのでその訂正もかねて聖杯大戦についてまとめようと思う

聖杯大戦

事の起こりはマルベーニがメツを目覚めさせたことだった

メツは与えられた天の聖杯としての力を使い、世界を消し去ろうとする
それに対抗すべく立ち上がったのが抵抗軍だった

カラムの遺跡で決起した抵抗軍を率いていたのは、イーラの英雄アデルだった
アデルはその時、ヒカリを目覚めさせる

ラウラが合流したのはその後である(抵抗軍決起の場面にラウラの姿は確認できない)

アデルから叙勲され正式なイーラのドライバーになった時点でラウラは抵抗軍に参加したと思われる。↓のラウラの後ろに見えるのがアデル

このことから国家としてのイーラ抵抗軍の主力であったことがうかがえる

その後、抵抗軍はメツとの戦いを続けやがて決戦の時を迎える
(抵抗軍のキャンプにて、メツの狙いが王都であることが判明)


王都とはイーラの王都だと思われる

第四話のオープニングの映像に映るこの特徴的な塔は、後にイーラを語るシンの場面にも登場するからである


イーラはアルスへの信仰を持ち、人間とブレイドとの共存を目指した国だった

だが、イーラはメツとヒカリとの戦いに巻き込まれてしまう(王都を狙ったメツを迎撃しようとして王都は焦土になったと思われる)

ヒカリによれば聖杯大戦によって3つのアルスが沈んだという

そしてヒカリがイーラを去った後、マルベーニによるイーラの残党狩りが始まった

この時、すでにイーラが沈んでいたのかは定かではないが、残党というからにはイーラ軍はすでに故郷を失い各地を放浪していた状況のように思える。

こうしてイーラは滅亡した、というのが聖杯大戦を時系列順にまとめたものである

さてここで問題となるのはイーラの民である
以下は破壊される王都をなすすべなく眺めるイーラの民である

ルクスリアの民に似ているが、ラウラには似ていない(イーラの成人女性に特徴的な顔の入れ墨がラウラにはない。また瞳の色も異なる)。ついでにいうのならアデルにも似ていないのである

そもそも着用している衣服(防具)方向性からして異なっている

では全く別の国からやってきた渡来人なのかというと、そうではないと思われる
というのも、あまりにあからさまであるがゆえに、考察対象にすらならなかったことであるが、この服装、神職や巫女の服装がモデルである

それをそのまま素直に受け取るのならば、ラウラは神官階級のイーラ人である
要するにラウラの出自は神に仕える神官であり、その神とはイーラにおいては「アルス」のことだった(上記で述べたようにイーラはアルスへの信仰を持ち、人間とブレイドとの共存を目指した国だった)

イースにおいては神官はだれにでもなれるものではなかった。ある身体的特徴が必須だったと思われる。その身体的特徴こそ「黄色い瞳」である

この黄色い瞳というのは、ブレイドによく見られる特徴である
人とブレイドとの共存を目指すイーラの民において、それは人とブレイドとの特別な絆を示すであったのだろう(同様に平民に施される入れ墨は神官には許されなかった)

またアルスとのある種の交感を可能にする能力を有している証であったのかもしれない
マルベーニが恐れたのはそうしたイーラの力であり、メツがレックスの瞳の色について触れたのも、その特殊性を知っていたからだろう

話は逸れるがジークがコンタクト(カラコン)をしているのは、もしかすると黄色い瞳を隠すためなのかもしれない。彼の父であるルクスリア王ゼーリッヒの瞳は黄色で、その特徴が代々受け継がれるとしたら、ジークのもとの瞳の色は黄色なのかもしれない。ただこの親子は全然似ていない(人種すら違って見える)ので、あまり参考にならないかもしれない



以下は幼少期のラウラと彼女の母親(たぶん)の画像だが、セピア色に加工してあるために、黄色なのかそうでないのか判別がつかない。色調的に黄色もありえるかもといった程度である

さて、ラウラ=神(アルス)に仕える神職説が正しければ、レックスの出自も判明したことになる

レックスは神職(審神者)としての能力を発現させたイーラ人である(ゲーム中にみせたアルスやブレイドとの親和性を鑑みれば、レックスがそういう存在であっても不思議ではないように思える)

人とブレイド(アルス)との調和を保ち、その共存を実現する存在としてレックスは誕生したのである




2018年1月12日金曜日

ゼノブレイド2 考察5 ファン・レ・ノルンとレックス

1つのコアクリスタルの中に2つの名前(自我)が宿ったのが「ホムラ/ヒカリ」であるとするのならば、ファン・レ・ノルンは「コアクリスタルが2つに分割されることで2つの自我が芽生えた」ブレイドであるといえる

ファン・レ・ノルンは本来カスミという名でありラウラのブレイドであったが、聖杯大戦の後、マルベーニによるブレイドイーター手術によりコアクリスタルを分割されてしまった。その結果、カスミはマルベーニに喰われ、残りがファン・レ・ノルンというブレイドとして存在することとなったと思われる


ファン・レ・ノルンに関してはその外見がラウラと瓜二つとわざわざゲーム中に触れられている

カスミから言わせればそれは同じ姿なのだという

物語におけるこうした瓜二つ設定は必ず何らかのトリックやギミックとして利用されるのが通例である。放置したままというのはありえないレベルの設定なのだ

さて、上記の画像にあるとおりファン・レ・ノルンの瞳の色は黄色である
セピア色で分かりにくいが、ラウラもまた黄色の瞳のように見える

このラウラの顔を見て、誰かに似ていると感じたのは自分だけではないだろう
つんつん気味の髪質、黒い髪色、黄色の瞳、さらにどことなく東洋風の容貌・・・

そう、レックスである

作中レックスがファン・レ・ノルンに向ける眼差しについては、ニアがわざとらしいほどに触れていたが、その心情をレックスは明かすことはなかった

ただ想像でいわせてもらうのであれば、レックスは明らかにファン・レ・ノルンに憧憬を超えたものを感じていたように思えた

レックスの出自は作中では明らかにされていない
ただ、誰に似ているかといえば、アデルではなくラウラであろう

ちなみにアデル瞳の色からして違う(わかりやすいように明度を上げた画像)

髪色はもちろんのこと、輪郭も異なるように見える
これらのことからレックスはアデルの血を引いていないと考えられる

では一体レックスとは何者でどこから来たのか?

この疑問に対する一応の答えは考察6の最後に載せている


2018年1月11日木曜日

ゼノブレイド2 考察4 ネフェルと破壊されたコアクリスタル

ネフェルの自己犠牲

ネフェルの自己犠牲的行為に関しては各所で物議をかもしていたが、根本にあるのは以下の疑問である

ネフェルはなぜわざわざワダツミのバリアから飛び出たのか?

次の画像は事故現場に落ちていたワダツミのコアクリスタルのものである

コアクリスタルが破壊されているのがわかるだろう(破壊されたコアに関する考察は後述する)

つまり、あの爆発はワダツミのコアクリスタルを破壊するほどの威力があったことになる
Gサクラの外見にごまかされているが、実は相当に深刻な事態だったのである

間一髪、他の人間が助かったのはワダツミバリアのおかげである
しかもそれは、ワダツミのコアが破壊されるほどギリギリの状況だった

もしネフェルが爆発とバリアの間に飛び出し、身を挺して爆発の威力を低減していなければ、あの場で全滅していてもおかしくはない、という推察もできる

この爆発、そもそもネフェルの肉体が爆散していてもおかしくはない威力だが、おそらくそれを正確に描写するとCERO:Zとかになってしまうので(子供なのでZでも無理かも)表現上致し方ない部分でもあるのかもしれない

もっともワダツミのバリアがわずかにネフェルに届いていた、とする考え方のほうがより自然だろう(ネフェルの飛び出しにワダツミが驚いていないことからも、その存在がうかがえる
その場合、ブレイドのバリア付きの人間が爆発との間に立ちふさがることになるが、これは爆弾と味方との間に鉄板が立てられたようなもので、爆発力は格段に低くなるはずである

つまりネフェルは爆発の規模が分からないあの状況で瞬時に判断し、二段構えの防護策を講じたことになる(スイッチを押させまいとすることも考えると三段構えか)


まとめると次のようなものになる
爆発の威力はワダツミのコアクリスタルを破壊するほどの規模のものである
皇帝の捨て身により爆発が弱まったと考えるのが自然である
・ネフェルはワダツミにバリアを張らせて味方を守らせると同時に、爆発の威力を弱めるため(かつスイッチを奪うため)に身を投げ出したのである

以上のことからネフェルの自己犠牲的行為には理由が存在し、それは妥当なものであるということがわかる

これに関しては、インヴィディアのラゲルトもこう漏らしている

ラゲルト女王に恩を着せるための計算づくの行為であった、という深読みもできる(それを判断できるほどネフェル皇帝の描写がないので判断は保留する)

補足
メレフがネフェルの亡骸を置いて犯人を追ったことに関しては、彼女はそもそも情よりも職務を優先するということが描かれている。よって彼女の職務として犯人の追跡はネフェルの亡骸を守ることよりも優先されるのは当然である

また二国間の首脳会談という性質上、あの場にスペルビア軍人が入ることは禁じられていたと考えるのがふつうである。そうした様々な状況が重なって、あの場に誰もいなくなるという状況が生まれるのである

破壊されたコアクリスタル

次の画像はネフェルが助かってからのワダツミのコアの画像である

ネフェルの傷は癒えたというのに、ワダツミのコアクリスタルは亀裂が入ったままである。これはあの時点でドライバーとブレイドの絆がいったん断ち切れたことを意味する

が、ここに重要な示唆がある

コアが破壊されたのに、この後ワダツミのコアクリスタルは使用可能な状態となりそれはメレフへと受け継がれる

つまり「コアクリスタルが破壊されたとしても再び同調可能な状態に戻る」ことが示唆されている

なにが重要かというと、これによってストーリー中にコアクリスタルが破壊されたブレイドDLCにおける復活の可能性が出てくるからである

次の画像はヨシツネのブレイド「カムイのコアクリスタル」である

コアに亀裂が入っているが、ワダツミとそう変わらないように思える。この後地面が崩壊し雲海の中に消えるものの、おそらく時間が経てば同調可能な状態に修復されるのではないかと思われる

サタヒコ、ベンケイのブレイドに関してはムービー中に破壊されたコアクリスタルが登場しないので断言はできないが、同じような状態ならばやはり修復されるのではないだろうか

ちなみに次の画像はスザクのものである
光が失われる直前であるが傷は確認できない


2018年1月7日日曜日

ゼノブレイド2 考察3 トリニティ・プロセッサとクラウスの計画

トリニティ・プロセッサ

トリニティ・プロセッサとはもともと扉(ゲート)を制御するために構築された、「ウーシア」「ロゴス」「プネウマ」からなる三対のプロセッサの名称である

扉(ゲート)とは、多元的な世界をつなぐ物「マルチバース・ジョイント」であり、その制御により神の力にも等しい力を行使できるようになるものである

ゼノブレイド2の世界においては、「ウーシア」時空転移現象により失われている

クラウスは残った「ロゴス」と「プネウマ」「ブレイド」を管理させることで「ブレイドシステム」を稼働させた
「ブレイド」を管理する機能をもつこの2つのプロセッサは後に地上世界で「天の聖杯」と呼ばれるようになる

しかしながらトリニティ・プロセッサは、歴史を通じて登場し、さらに様々な呼び名や役割があるので一度プレイしただけでは理解しにくい

そこで図にしてみたのが以下の画像である


各欄の一番上がトリニティ・プロセッサとしての呼称、二番目が三位一体論に当てはめたときの名称、三番目が地上世界での呼称、四番目が物質的な形相を示したものである
※アルヴィースに関しては参考程度

ちなみに「ブレイド管理機能をもつ2つのプロセッサ」と、それらの地上世界における呼称である「天の聖杯」とは分けて考えたほうが良い(「天の聖杯」とはおそらくマルベーニが名付けた名であり、2つのプロセッサにブレイド管理機能を付与した際にクラウスがつけた名ではないだろう)


クラウスの計画

初見では何言ってるんだか分からなかったクラウスの計画。再度見直してみると、クラウスは2つの計画を実行していたことがわかった

1つ目は、雲海とコアクリスタルを使用した世界再生計画である(以下がその図である)


この図で重要なのは、アルスは未だコアクリスタル(と雲海)の影響下にあるということだ
アルスとは、コアクリスタル(と雲海)によって構成された疑似生命、ともいえる

コアクリスタルの影響を離れるのは「純粋な生命体」の段階だ

本来ならば、この段階で自然に委ねてしまえば生命体は勝手に進化していくのだが、クラウスは「そうして誕生した世界」信じていなかった

ある疑念」が払しょくできなかったのだ
それは「このまま進化を自然に委ねてしまったら、また自分のようなものが誕生してしまうのではないか」という恐怖にも似た疑念である

そこで彼は進化に介入することにしたのである
※クラウスはただ単に「進化を促進しただけ」という意見もあるが、その場合、進化とは何をもって「進化」とするかをまず定義しなければならない。キリンのように首が伸びることか、あるいはのように足がヒレに変化することなのか。体を大型化することが進化の場合もあれば、小型化することが進化の場合もある。進化という言葉は非常に曖昧でその方向性は一定ではない。つまり「進化の促進」という言葉の中には、すでに「進化の方向性の制御」という意味が含まれている。なぜならまず初めに促進させる方向を決めなければ「進化を促進」することができないからである(その時点で進化に介入したことになる)

人類が危険な方向に進まぬよう、その進化を統御し積極的に介入していくという、ある種の優生学にも似た方法を彼は思いついたのだ

(↓は介入の意思をはっきりと明言した場面の画像)
もう一つの計画と断言している。計画は2つあったことになる)


それがブレイドを利用した第二の計画「命の記憶の循環」である


進化に適さないとされた個体はドライバーになれない(全身から血が噴き出すなど拒絶される)
適した個体だけがドライバーとなり、次代へ続く情報を繋いで行ける
※トラ一族がドライバーになれないのは、そのオタク志向が生命進化にって不適切とされたからかもしれない

※少し話はそれるがマルベーニの洗礼はこの進化の選択機能を弱らせる作用があったのかもしれない。なぜなら天然のコアからのブレイド発生率が低いとインヴィディアの関係者が述べているからである

※ちなみに科学の世界には「観測者効果」というものがあり、観測者の観測という行為が観測対象に変化をもたらす、と言われている。つまりブレイドシステムにおいては、情報を得た段階で人の世界に介入しているということになる(科学者であったクラウスが知らないはずがない)

この第二の計画はしかしながら不首尾に終わった
人類は相変わらず互いに相争い、戦争ばかりしている(クラウスの失望も理解できる)

そのうえマルベーニという不届き者がこともあろうに世界樹を昇り、トリニティ・プロセッサを盗んでいってしまった(失望中のクラウスにとってもはやどうでもいいことだが)

トリニティ・プロセッサといえどもコアクリスタルでもあるので、それは人と同調し実体化してしまう。そうして生まれた「天の聖杯」は、人類を滅亡させかねぬほどの大規模な戦争(聖杯大戦)を引き起こすのだった(再度いうが、クラウスの失望も理解できる)

もはやクラウスには世界を再生しようという積極的な意思はなく、新しい人類の行く末にも興味を抱かなくなっていった
そこで初めてクラウスは、人類の行く末を彼ら自身の手(自由意志)に委ねたのである

早い話が、自分の思うとおりに事態が進まなかったので「放り投げた」のである(なんという幼児性の発露だろうか)


だが、この創造主の卑屈な隠遁事態を好転させる。なぜだかわからないが、世界にレックスという少年が生まれ、彼は天の聖杯とともに楽園を目指し始めたのだ

その強い意志の輝きに心を動かされたクラウスは、最後に少しだけ人類を助けるのだった

エンディング後の世界

上記の説明の通り、実は2つの計画にゲートの力は関与していない(世界の消滅後、ゲートは動いていなかった、とクラウスも言っている)



エンディング後、世界からゲートの力は失われたが「世界再生計画」および「命の記憶の循環計画」機能を維持したままである

雲海が晴れたのは再生計画が終了した楽園(最後にたどりついた大地)とその周辺部のみであり、他の地域はいまだに雲海に覆われているのである(再生計画は続いている)

同様に「命の記憶の循環計画」の基幹である「ブレイド」もまた存続しているのである
楽園に住むブレイドはやがて寿命を迎え、アルス(最後に大地に結合した)へ帰り、やがてアルスとなる

そうやって大地はその面積を拡げてゆくのだ
そして気の遠くなるほどの時間の後にそれは大陸となるのだろう

生命の進化は残った最後のトリニティ・プロセッサ「プネウマ」が担当するだろう。それはクラウスの手を完全に離れ、より自然な進化システムとして機能してゆく(もともとクラウスの関与を必要としないシステムなので、彼がいなくなっても問題ない)

後記

トリニティ・プロセッサ、とくに「ロゴスとプネウマ」は時代や状況によって呼称が代わるのでとても混乱する。特にプネウマなどはプロセッサ名であると同時に、実体化した天の聖杯の三人目の人格の名称でもある

なぜプネウマなのかというと、「ゲートを制御する」というトリニティ・プロセッサと同様の役割を担うからであろう

つまり役割によって名前が決まるのだ(ゲートが消えると同時に、彼女もいなくなるのは必然である)

要するにプネウマとは、天の聖杯がゲートの力を行使する時にだけ現れるヒカリとホムラの人格を統合(止揚)した人格である(プロセッサとしての人格ではなく、プロセッサが果たす役割により発生したゲートの力が生んだ人格である)

ヒカリとホムラの肉体を借りているものの、その本質はゲートの力そのものである

ちなみにアデルがゲートの力を受け入れられなかったのは、それが本質的にヒカリに属するものではなく、異質な宇宙の力であることに気付いたからだろう

ただし「トリニティ・プロセッサとしてのプネウマ」存在理由は、「ゲートを制御する」ことであるから、それを拒絶されたことでヒカリは傷ついたであろう(再び拒絶されるのが怖いのか、レックスにはずっと秘密にしていた)

2018年1月5日金曜日

ゼノブレイド2 考察2 エンディング

自己同一性の問題

エンディングであの二人が戻ってきてめでたしめでたし、と言いたいところだが何も犠牲がなかったわけではない

犠牲となったのはプネウマである

というのも、あのシーンでとあることを実行するためにプネウマはその場に残り、その結果として彼女は死んでいる(エンディングの最後で復活する二人とは肉体的にも精神的にも別物である)

その後二人が復活したために「ああ生き返ったのだ」とプレーヤーは感じるが、そこにいたプネウマという存在はそこで確かに死んでいるのだ
だからこそ「もう一人で大丈夫だね」というセリフが意味を持つ(実質的に別れの言葉)

話は少し変わるがスタートレックの映画に『ネメシス/S.T.X』というのがある。物語のクライマックスでアンドロイドであるデータ少佐は、エンタープライズを救うために敵艦に乗り込み、そこで自爆的な死を遂げる

この映画のエンディングには「B-4」と呼ばれるデータ少佐の兄弟機が登場するが、彼はデータの記憶を受け継いでいる(観客はデータが復活したように感じる)

しかし、自爆したデータとB-4は本当に同じ存在なのだろうか?

ここに自己同一性(アイデンティティ)の問題が発生する

同一の記憶と自我を持つ二つの存在者は、果たして同一の存在といえるのだろうか?
片方は確かにその記憶を体験しているが、片方は単にその記憶を有しているだけである

ここに差異はあるのかないのか?

複雑になるのでこれ以上は踏み入らないが、プネウマとホムラ/ヒカリの関係もこれとほぼ同一である
筆者的にはオリジナルの記憶を持つプネウマは死に、その記憶を受け継ぐホムラとヒカリが誕生した、と考える

※例えば「あなたはこれから死ぬが、明日からはあなたの記憶と人格を持ったコピー生きてゆくので、死んだことにはならない」と言われたらどうだろう? それは自分ではないと言いたくならないだろうか? プネウマの死はそういう意味でのである

なぜ復活したのが二人だったのか?

この疑問にも自己同一性の問題が絡んでくる
この件の場合、どちらかというとアイデンティティという言葉の方がよりニュアンスが正確であろう(同義反復的であるが)

つまりブレイドのアイデンティティの問題となってくるのである

ブレイドはその誕生時に、名前だけを憶えている(前世の記憶はない)
この名前こそがブレイドのアイデンティティであるといえる

ブレイドにとって自分が自分であることの確固たる証左が「名前」なのである
人格は同調したドライバーによりやや影響を受けるので、確固たるものではない

さて、そう考えるとホムラという名前を持つブレイドの異質性が際立ってくる

なぜなら「一つのコアクリスタルの中に、二つの名前が存在する」ことになるからだ
精神分析的にいうのならば、解離性同一障害の状態である(いわゆる多重人格)

並のブレイドならばアイデンティティが崩壊し存在が消滅してもおかしくない事態である
しかしながら天の聖杯の力ゆえか、二人は同一のコアクリスタルに宿ってしまっている

この異常な事実はヒカリが目覚める場面から「伏線」としてずっと描かれてきた事柄である(その異常性を悟られぬよう、プロットがきわめて巧みに練られている)

ここで重要なのは、二人に分裂したのがアデルと同調した後であるということだ
つまり、ブレイドとして同調を果たしたのはヒカリであり、ゆえにその後に生まれたホムラはヒカリの肉体を借りることでしか存在することができないのである

そしてエンディングである

二つの「名前」が宿った例外的なコアクリスタルが、初めてドライバーと同調を果たすのである(上述したが、アデルの時は正常だった)

どうなるか?

二つのアイデンティティが二つのブレイドとして誕生するのである

これは奇跡でもご都合主義でもない。「一つのコアクリスタルに二つのアイデンティティが宿った」という、物語の序盤から提示されてきた「伏線の回収」である