最初に断っておくと、前回に引き続きセンシティブな領域に踏み込む
追記「主を縛る」
不死の契り
隻狼と九郎の不死の契りは、三年前の平田屋敷の襲撃時に行われているはずであるはずであるというのは、致命傷を負った隻狼の手を九郎が握った直後にムービーが暗転し、結局なにが行われたのかは明かされないままだからである
弦一郎
そこで、後に九郎に不死の契りを迫った弦一郎の例から手がかりを探してみたい葦名城の天守に到着する際のムービーで、弦一郎は不死の契りを九郎に迫っている
ここで弦一郎はなぜか刀を差しだしている
これを見て、「九郎を刀で斬ってその血を得ることで不死になる」と思いがちだが、実はそれは絶対に不可能である
まず、小姓の手記にあるように通常の刀で竜胤の御子を傷つけることは不可能である(この時に弦一郎が差し出している刀が「黒の不死斬り」でないことは、その柄からも分かる)
しかも、竜胤の御子を傷つけられないことは弦一郎も熟知していたはずである
なぜならば、当の小姓の日記は弦一郎の居室から出てきたものだからである
弦一郎は傷つけられないと知っているのになぜ刀を差しだしているのか
考え得る可能性として第一に挙げられるのは、弦一郎は不死の契りの儀式について何も知らなかった、というものである。だが、まったく何も知らないのであれば刀を差し出すことすら普通はしないのではなかろうか
しかしこの場面で、弦一郎はある確信をもって刀を差しだしているように見える
そこで二つ目の可能性が出てくる
弦一郎は九郎に自らを傷つけさせることで不死の契りを行おうとしている、というものだ
この場面で弦一郎が求めたのは、九郎に自分を傷つけさせることなのである
不死の契りを完遂するためには、対象(生贄)を傷つける必要があったのである
もちろん自傷することでもその要件は満たされたであろう
だが、弦一郎は不死の契りにおいて生贄を傷つけることまでは知っていたが、どこをどのように傷つけるのかといった細かい部分までは知らなかったのではないだろうか
なれば、すでに不死の契りを成功させている九郎に一任するのが最も確実である(井戸底にいる隻狼の様子から、不死の契りが行われたことは弦一郎なら知っていたはずである)
けれども結局、その申し出は九郎に拒絶される
ここで九郎は、「できませぬ」とやんわり刀を押し戻している
「その方法は違う」というのでもなく、「今は儀式を行うことができない」というのでもなく、まるでその方法で合っているのだが、自分は弦一郎を傷つけること、転じて不死の契りを行うことは「できませぬ」と言っているようである
さて、以上のように生贄の肉体に傷をつけることが不死の契りの最初の条件であると考えると、平田屋敷の時の隻狼はその条件を満たしていたことになる
不死の契りの直前に、隻狼は義父の刀で胸を貫かれているからである
竜胤の御子
不死の契りにはまず対象(生贄)の肉体が傷つけられる必要があるその条件が整った後に行われるのが、竜胤の御子側からのアクションである
具体的に何が行われるのか
まず前提として竜胤の御子の血は使えない(不死斬りが無いので)
次に、けれども不死の契りの後、生贄の体内には「竜胤」が宿ることになる
九郎:丈様の竜胤もまた…
そなたと共に、生きるのだ(桜雫イベント:九郎)
変若の御子:桜雫の力、貴方に宿ったようですね
お力になれて、良かった…(桜雫イベント:変若の御子)
血を出せぬ竜胤の御子であるが、何も分泌しないで生きているわけではない
たとえば竜胤の御子の身体からは、稀に「竜胤の雫」なる生きる力の結晶が零れ落ちることがある
けれども不死の契りは、竜胤の雫を生贄に与えることではない
竜胤の雫が不死をもたらすのであれば作中で竜胤の雫を入手した分だけ回生の回数が増えなければならないからである
事実、回生の数を増やすのは「桜雫」なる奇妙なアイテムである
竜胤の雫と桜雫とは同じ「雫」という字が使われるものの、水滴型の「竜胤の雫」と、やや楕円形をした「桜雫」とでは形がまったく異なる
水滴型 |
やや扁平な楕円形 |
不死の契りとは竜胤の血を与えることでも、竜胤の雫を与えることでもない
では竜胤の御子は何を与えることで、生贄を不死とするのか
結論から先に述べるが、「精子」である
メタファー
そもそもが「契り」という言葉には性交渉の意味合いも含まれており、不死の契りという造語は性的なものを漂わせているさらに上田秋成の『雨月物語』中の『菊花の契り』にもあるように、「契り」は男同士の情交の暗喩でもある
つまり不死の契りとは、不死になるための契りのことであり、それはまさしく性的な交接のことなのである
竜胤の御子と生贄との性交、それは生贄に傷口という女性器を開け、そこに竜胤の御子の精子である竜胤を注ぎ込むことである
九郎は言う
九郎:丈様の竜胤もまた…
そなたと共に、生きるのだ(桜雫イベント:九郎)
竜胤の「胤」という字は、血筋や血統の意であると同時に、「たね」とも読み、つまりは「竜の子種」をも意味しているのである
この解釈で「丈様の竜胤」を読み解くのならば、丈様の竜胤とは、「丈様の精子」のことである
以上のように不死の契りとは、性交のメタファーでもあり、同時に竜と人との交接のことでもある(ここに古い時代の異類婚の痕跡を見ることもできる)
平田屋敷のラスト、隻狼にはすでに傷口が開いていた。あとは九郎が自らの「胤」を傷口に差し入れるだけである
あの場面において、木材の下敷きになった隻狼を小さな子供が引っ張り出すことが不可能であることは、聡明な九郎であれば理解していただろう
にもかかわらず、なぜか九郎は確信を持って隻狼の手をつかみ、次の行動に移ろうとしているかのようである。何かを渡そうとしているように、あるいは隻狼の手を取って何かに触れさせようとしているように見えるのである
血の穢れ
さて、精子と不死との隠された関係は、SEKIROで初めて採用されたものではない(生死と不死という言葉遊びもあるかもしれない)ブラッドボーンに登場する血の穢れと呼ばれるアイテムが、まさに赤い精子のように見えるのである
不死の女王アンナリーゼは、血の穢れを啜ることで「血の赤子」を抱くという
これは受精と妊娠、そして出産のメタファーである
グラフィック的にもその役割的にも「血の穢れ」は精子であり、また精子でなくてはならない
血に宿る精子が、不死の女王に血の赤子をもたらすのである
より詳細に言えば、血に宿る精子が不死の女王の子宮に孕まれるのである
桜雫
血の穢れのメカニズムから、桜雫の正体が見えてくる桜雫とは、生贄の血に宿った竜胤の御子の精子である。それは一種の受精卵として結晶し、代理の不死の契りによって回生の数を増やすのである
竜胤の雫と桜雫を比べると、桜雫の方は不透明でありやや白濁しているのが分かる
桜雫 |
竜胤の雫 |
血液に透明な液体を(水)を混ぜたとしても、赤が薄まるだけで「桜色」にはならない
だが、血液に白い精液が混じった場合、それは「桜色」になるのである
そしてそれはある種の不死の受精卵として働き、保存され、別の生贄に宿ることすらできるのである
また、不死の契約ならざるときとは、たとえるのなら「流産」のことである。何らかの要因により母胎より不死の受精卵が流れ出てしまう
だが、それは「不死」であるがゆえに死なず、桜雫として残されるのである
また桜雫イベント(九郎、変若の御子ともに)において、暗転した後に衣服を脱ぐような音がするが、これは「不死の契り」が性交を象徴する儀式であるがゆえに、形式的でも肌を重ねる必要があるからである
※肌を重ねるという表現は互いの肌を接触させること、転じて性交を意味する
その直後、隻狼はなぜか少し驚いた息づかいになり、やがて儀式は終わる。この時、竜胤の御子は隻狼の手を取って自らの肌に触れさせているとも考えられるし、あるいは桜雫を隻狼の口に含ませているとも考えられる
※桜雫はすでに受精卵の状態にあるので、本式の不死の契りのように傷口に入れて血を混ぜる必要はない
※余談だがブラッドボーンにも桜雫に対応するアイテムが存在する
それが「レッドゼリー」である(ややグロいので注意)
グロいので小さめの画像で。 |
植物の種
さて、その名が示すとおり、桜竜とは桜と竜の合成獣(キメラ)である一般的に植物はその種子を飛ばすために、進化によって様々な手段を獲得している
例えば種子を羽根のような形状にして遠くへ着地させようというものや、風に乗れるよう綿毛をつけたもの、他の生物に運んでもらうよう果実を付けたものもある
桜竜もまた同様のアプローチを生み出したのである
それが、人を種子の運び手にすることである
竜胤の御子によって撒かれた種子は人に宿り、人の移動によって遠くへと運ばれ、そこで根付く
従者が種子の運び手なのだとしたら、主である竜胤の御子とは、種子の撒き手なのである
主を縛る
人返りルートでエマはいうエマ:巴殿は、こう言っていました竜胤が精子であり、それを宿すことが不死の契りであるのならば、不死が主を縛るのは当然である
「竜胤の血を受けた不死は、その主を縛る」と…
というのも、不死に宿る竜胤とは竜胤の御子にとっては畢竟、自らの血を分けた愛児だからである
子が、その存在ゆえに親を縛る
そして親は愛情ゆえに子を見捨てることはできない
この親子の情という名の「鉄鎖」が、不死とその主とを縛りつけているのである
この鉄鎖を断ち切るには、呪われてしまった我が子を黄泉に返すほかない
不死断ちによって、子の竜胤を断つこと。それが人返りにおける隻狼の最後の任務だったのである
※呪われた者を黄泉に返すという構造は、ブラッドボーンにおけるゴースの遺子と同じ構造である
変若の御子
以上のような事情から、九郎が不死の契りを行えて、変若の御子が代理としてしかそれを行えない理由もわかる男性型の竜胤の御子のみが精子を作り出すことができ、不死の契りを交わすことができるのである
一方、女性型の竜胤の御子は精子を作り出せないので不死の契りを行うことはできないのである(桜雫、つまり受精卵があれば代理としては行える)
だが、女性型の竜胤の御子は「揺り籠」になることはできる
当然ながら「揺り籠」とは「子宮」のメタファーである
そしてこの構造は、不死の女王アンナリーゼと酷似している
ブラッドボーンでは、「血に宿る精子が、不死の女王に孕まれ、血の赤子となる」のに対し、SEKIROでは「竜胤の御子が、揺り籠に孕まれ、竜の赤子となる」のである
すべての上位者は赤子を失い、そして求めている(「3本目のへその緒」)
(いや、まだカルピスの可能性もある…)
返信削除刀で、生贄を九郎殿に切ってもらう事と、
黒の不死切りで、生贄(竜胤)を切る(捧げる)のは似ていますね…
フロイト的に言えば刀とは男根の象徴であり
削除刀による相対行為は性交のメタファーなのです
そして黒の不死斬りによるそれは、年老いた赤子を誕生させるのです
お蝶さん何やろうとしてんでしょうねー
返信削除不死の契りという人工授精により、不死の代理母になりたかったのかもしれません
削除今回の考察も面白かったです。
返信削除今回は中々直球な表現に笑いもしました。が、これまでのフロムゲーを考えると、龍胤の血とは白いのではないかと思いました。
赤子の龍胤の見分け方や、の日記で血の色の表記がない事や狼の右目と白髪や白い痣などから言えます。
そして、狼の右目を中心にした白い痣などから不死の契りとは龍胤の御子が不死にする人物の血を口に含み、その人物の目に落とすのではないかと思いました。
そして、不死の契約ならざる時に生まれたとされる桜雫が誰に渡される筈かというと葦名一心ではないかと考えます。
巴や丈との関係性や葦名を治める国主として不死である事はメリットが大きい物だからです。
しかし、龍閃や葦名無心流のテキストから死地を忘れてしまう可能性がある不死を断ったのではないかと思いました。
確かに白色はフロムゲーで特別な色として利用されていますね
削除そこまで考えが到っていませんでした。鋭い指摘だと思います
そう考えると口に含ませるよりも、白い痣がのできた目と関連させるのがより適切かもしれません
白い血についても、説得力があると思いました
アートワークスに記載されている桜竜は身体の中央あたりから、白いような青いような水を流出させていますし、ブラッドボーンにおける上位者との類似点ともなりますね
ただ一点だけ、拝涙の際の際の血が赤いのが気になります(これはゲーム的な都合かもしれません)
桜雫に対する反応も、一心ならそうしただろうと思えます
不死や竜胤への一心の考え方が分かった気がします
とても洞察に満ちたコメントありがとうございました
返信ありがとうございます。
削除私の考察で不備がありました。龍胤の血が白いのかという点です。
龍胤の血は物語の終盤、弦一郎の黒の不死斬りにより、御子様は脇腹を斬られて、出血していました。
これにより、龍胤の血も赤色であると思われます。
しかし、白い痣などや龍胤の脅威的再生力を考えて、赤い血の原因を考えると不死斬りに理由があると思いました。
そこで、考察の付け加えとして、赤と黒の不死斬りには桜龍および龍胤の白い血を赤に変える(龍の再生力を打ち消す)力があるという物です。
だから、拝涙の際に桜龍は赤い血を流すのではないかと屁理屈をこねてみました。
すばらしい考察
返信削除プレイ中いろんなところで感じていた性的なニュアンスに、ここまで一貫した考察を与えてくれた文章は初めてです
変若の御子と竜胤の御子のもっとも大きな差異が性差であるというのが特に印象深いですね
あまりにも自明すぎて気が付きませんでしたが、とても重要な指摘だと思います
精子の複数性と受精卵の単数性という非対称性の構図はいろんな表象で使われますが(例えば絡新婦などはまさしくその非対称性を逆転させた脅威的奇形のイメージ)、この構図を使って、変若の御子が偽りの竜胤として単なる竜胤の下位互換(もしくは欠陥のある竜胤)ではなく、正しく人工的に産み出された竜胤でありながら単にその性を異にしているだけだとすると、蟲と竜の関係や仙峯寺の実験についてまた新たにいろいろ想像できそうです
迷走気味の考察を上手くまとめていただいて、ありがとうございます(そういうことだったのか、となぜか本人が得心しました)
削除考察するのがはばかられる話題であり、なんとなく避けてきたものを年末の勢いで書いたものでしたが好評のようなので良かったです
変若の御子を「人工的な竜の御子(女性型)」と解釈すると、ダークソウルシリーズの火防女と通じるところもあるのかなと思います(視力を失う等の身体的特徴も一致します)
そうして変若の御子から逆算すると、火防女たちの真の役割みたいなものが見えてきそうです。それはつまり、神の子を産む(孕む)ことです。そしてこれはブラッドボーンにも繋がります
白竜シースの聖女を使った実験、医療教会による血の聖女実験、そして仙峯寺による変若の御子の製造と並べると、それらがどのように開始されどのように歪んでどのような結果が生じたのか、というのが浮かび上がるような気がします(アンディールも含まれるかもしれません)
とはいえ、これはかなり飛躍させた解釈なので妄想の域かもしれません
非情に納得のいく考察でした。
返信削除九郎は狼にとって主であると同時に、或いはそれ以上に親であったと考えると、
「親は絶対」「主は絶対」という掟がより大きな意味を持ちますね。