ブラッドボーンの考察は久しぶりだが、これは本作に対する興味が薄れていたわけではなく、エルデンリングやダークソウルの考察をしている間も残された諸問題について考え続けていた
特にオドンに関してはブラッドボーン最大の謎のひとつであり、解決への糸口さえ見つけられずにいた
しかし不思議なもので、ダークソウルやブラッドボーンは少し離れた場所から謎を俯瞰してみると、近視眼的な思い込みから逃れられ、これまで見えてこなかった、あまりにも当たり前の答えに気づくことがある
今回はオドンに関するそうした筆者なりの一つの結論である。あくまでも筆者なりの結論であり、これが正解であるとか、他の解釈を許さないということではない
オドンの正体
フレーバーテキストに立ち返ってみると、オドンの正体は明らかである
「姿なきオドン」
人ならぬ声の表音となるカレル文字の1つ
上位者オドンは、姿なき故に声のみの存在であり
その象徴となる秘文字は、水銀弾の上限を高める
ここにはっきりと示されているのは、オドンが声のみの存在であるということである
つまり本考察の結論としてはオドン=声ということになる
こんな簡単な結論になぜ気づけなかったのか、というと上述したように近視眼的な思い込みが原因である
しかしその思い込みは、一定程度は宮崎氏に誘導されたものでもある。すなわち、考察者を先入観の罠に陥らせるような構造がオドンの設定には仕掛けられているのである
先入観
先入観による思い込みとは、オドンは「声」なのだから、その根底に発話者が存在するはずである、という臆見(ドクサ)である
声、というのは空気の振動であり、現実においては声が聞こえる場合は必ず「空気を振動させる発話者」が前提される(人であれ物であれ)
この前提から、考察者はオドンの正体を「声」を超えて探究しようとするのである
だが、オドン=声のみと断言されている以上、声の主なるものは存在しない
つまり考察者は、存在しない者の存在を見出そうとして、答えの無い袋小路に自ら飛び込んでしまうのである
これはオドンの探究者が立てる問いを言語化してみると分かりやすい
問い:姿なき故に声のみの存在であるオドンの正体とは何か?
前半部分において声のみの存在、とすでに解答は得られているにもかかわらず、後半に至ってなぜか、それを無視して正体を探ろうとしているのである
中世の神学者が神の存在を証明しようとして、ついにそれが果たせなかったように、オドンの探求者も同じ罠に陥るのである
例えば筆者は過去の考察でオドンを光の粒子と仮定したことがある
しかしオドンは声、すなわち弾性体を伝わる波のことであり、ある種のエネルギーであるが、それ自体は物質として存在しているものではない
よって、オドンの正体として何らかの物質を仮定した時点で、筆者は先入観の罠に陥り、誤った結論に導かれてしまったことになる
フレーバーテキスト
オドンは姿なき故に声のみの存在である、というテキストからは、人には見えないために、それは声のみの存在のように認識されるのだ、という解釈も得られる
だがフレーバーテキストに対する筆者の考え方からは、この解釈は受け容れることができない
フレーバーテキストとは、作中の人物が記したものではない。それはゲームの創造主たる宮崎英高氏がプレイヤーに向けて記したものである
それはゲームマスターがプレイヤーに提示する情報のひとつであり、登場人物のセリフと異なり、虚偽の情報を記すことは許されない
フレーバーテキストの信憑性が保証されなければ、フレーバーテキストに基づいたあらゆる考察は無効になってしまうからである
提示されているフレーバーテキストに誤りや虚偽はない、とするところから初めて考察が可能となるのである
例えばカレル文字「瞳」は「見捨てられた上位者の声を表音したもの」と明記されている。だが、テキストの信憑性が担保されないのであれば、それは見捨てられた上位者の声ではなく、オドンの声である、と極論することも可能である
姿なき故に
姿なきオドンのテキストに戻ろう
オドンは声のみの存在とされるが、それは「姿なき故」のことである
テキストにおける「姿なき」とは、作中の人々がその姿を見ることができない、という意味ではない
ゲームの創造主たる宮崎氏により、「オドンには姿がない」と断言されているのである
であれば、オドンには姿がない、すなわち物質的な実体をもたないことになる
物質的な実体がないにも関わらず、しかしオドンは声として存在している。しかもあえて強調する形で「声のみ」と限定されている
もし仮に、オドンを何らかの粒子であると仮定するのならば、「姿なき」にも矛盾するし、「声のみ」にも矛盾してしまうことになる
姿なき故に声のみの存在、という言葉から矛盾するものを排除していくのであれば、オドンは物質的なものであってはならないし、それは声のみの上位者と考えるしかないのである
クトゥルフの呼び声
本作のモチーフのひとつにラヴクラフトの『クトゥルフの呼び声』がある
読んだ人なら分かると思うが、呼び声の主であるクトゥルフは邪神であり、大雑把にいえば邪神は本作おいては上位者に位置づけられる存在である
よって、オドンに声が関連づけられた段階で、『クトゥルフの呼び声』と同じく、その声には発話者(発声主体)が存在するのではないか、という思い込みが発生する
しかし「姿なきオドン」のテキストからも明らかなように、またこれまで延べてきたように、声のみの上位者であるオドンには発話者は存在しない
宮崎氏は「邪神クトゥルフとその声」という組み合わせから、邪神を削除し、それを声のみの存在としたのである
これはホラー作品における創作テクニックを応用したものであろう
平たく言えば、怪物の正体は明らかにしないほうが怖い、のである
例えば映画『エイリアン』の一作目において、エイリアンの姿は終盤になるまで、ほとんど映らない。怪物を映さないことで観客の恐怖は倍増される、というのは有名な話である
これと全く同じことを、世阿弥は「秘すれば花なり、秘せずば花なるべからず(秘密にすれば花となり、秘密にしないと花にはならない)」という言葉で示している
ダークソウルにおける「ダークソウル」、SEKIROにおける「竜胤」、ブラッドボーンにおける「オドン」、これらはすべて「秘すれば花」の思想が貫かれている
いうなれば、ゲームの中心にある最も重要な概念なり設定が、すっぽりと抜け落ちているのである
これをSEKIROの時にSEKIROの中空構造として考察したこともあるが、あまりに巨大な穴であるが故に、考察者は穴の存在に気づかず、しかしその空隙の底にあるものを探究しようとして、底なし穴に落ちるのである
このように、オドンを探究しようとする者を答えの無い永遠の迷宮に引きずり込む仕掛けは、恐らくは意図的なものであるし、効果は絶大なのである
オドンの本質
オドンの正体は「声」である。それ以上のものは存在しない。にも関わらず発話者を探究しようとすると、堂々巡りの陥穽に落ちることになる
しかし「声」(音の波)というある種の形なきエネルギーであるオドンは、作中において、物質的な赤子を産ませている
3本目のへその緒(アリアンナの赤子)
すべての上位者は赤子を失い、そして求めている
姿なき上位者オドンもまた、その例外ではなく
穢れた血が、神秘的な交わりをもたらしたのだろう
声のみの存在であるオドンが、どのようにして穢れた血と神秘的に交わったのであろうか。これに関してはオドンの本質が関係している
「姿なきオドン」
人であるなしに関わらず、滲む血は上質の触媒であり
それこそが、姿なき上位者オドンの本質である
故にオドンは、その自覚なき信徒は、秘してそれを求めるのだ
つまりエネルギー体であるオドンは、血を触媒とすることで物質的なものに干渉することができるのである
血を触媒にすることで物質世界に干渉するエネルギー上位者、それがオドンの本質である
電子レンジを使用した際、マイクロウェーブが水分子を振動させることで対象を加熱させるように、オドンという音波(声)は、血液に干渉することで物質的世界にさまざまな影響を及ぼすのである
月
カレル文字「月」にはオドンの在り方を比喩によって表わした一節がある(悪夢の上位者をオドンとする根拠は後述する)
「月」
悪夢の上位者とは、いわば感応する精神であり
故に呼ぶ者の声に応えることも多い
いわば、とあるように、ここでオドンは感応する精神という比喩によって表わされている
比喩ということは、それ自体を表わした言葉ではない。つまり感応する精神とは「声のみ」の上位者オドンを、それでも比喩によって表わそうとして使用された言葉なのである
それは物質的なものではなく、精神という非物質的なものである
そして、感応する精神は、呼ぶ者の声に応えることが多いと続けられる
オドンは呼ぶ者の声にどのように応えるのか?
声によって応えるのである
そしてその声がある種のエネルギーとして血液に干渉し、物理現象を引き起こすのは上述したとおりである
さて、悪夢の上位者をオドンとする根拠であるが、一つにはこのカレル文字が「月」と名づけられ、また「月」のカレル文字がすべてメンシス学派(月の学派)のいるエリアに落ちていることが挙げられる
またそのメンシス学派の得たメンシスの悪夢の最も高い地点から臨めるのは「青ざめた月」である
このことから、メンシス学派は「赤い月」を呼んでいたのではなく、彼らの目的は「青ざめた月」であったと考えられる
よって「月」に言及された悪夢の上位者とは、「青ざめた月」に棲まう上位者のことであると考えられるのである
青ざめた月
筆者の過去の考察では、青ざめた月をオドンとしてきた(詳細は後述)。しかしオドンが声のみの存在であるというのなら、青ざめた月はオドンそのものではない
ただしオドンとは無関係ではない
月の魔物が赤い月に棲むように、月は上位者の棲む世界(悪夢)である。このことから青ざめた月もまたオドンの棲まう世界(悪夢)であると考えられる
オドンは青ざめた月という悪夢に棲まう、声のみの上位者である。それは悪夢の中にこだまする声の響きとして存在し、呼ぶ者の声に「声」によって応えるのである
乳母の月見台から見える青ざめた月も、ゲールマン戦で現れる青ざめた月も、オドンの棲む悪夢(世界)である
ゲールマンが両手を広げて青ざめた月を見上げると、次の瞬間に爆発を起こし青い光が放たれる
この爆発は、ゲールマンが青ざめた月に棲むオドンに呼びかけることで、オドンがそれに声によって応え、その声がゲールマンの血を触媒に、現実世界に干渉することで引き起こされた現象である
さて、オドンを青ざめた月とする根拠であるが、乳母の月見台から青ざめた月が見えること、その場にいるはずのメルゴーがオドンと同じく「姿なき」状態であることが挙げられる
メルゴーもまた姿なき上位者であり、また「声のみ」の存在である。この特徴的な一致からメルゴーはオドンの子であると考えられる
またアートワークスにおいて、青いモヤに包まれた月の魔物のイラストに、「姿なきオドン」のテキストがキャプションされていることも示唆的である
青は神秘の色であり、また青ざめた月の色であり、そしてオドンの色でもあるのである
星
姿なきオドンが見えることはない。それは声のみの存在であり、聞くことしかできないのである
よって実験棟の患者アデラインの見たという「声」はオドンのものではない
ああっ! あああっ! それが、形なのですね
導きよ、あなたの声が見えました。はっきりと歪んで、濡れています(実験棟の患者アデライン)
実験棟の成果が「失敗作たち」であることからも分かるように、それはオドンではなく別の上位者である
また青ざめた月=オドンとするのならば、時系列的にオドンはすでに狩人と邂逅を果たしていることから、アデラインによりふたたび邂逅する必然性はない
3本目のへその緒(古工房)
故にこれは青ざめた月との邂逅をもたらし
それが狩人と、狩人の夢のはじまりとなったのだ
アデラインのドロップする「苗床」によって、プレイヤーが「星輪の幹」となるように、それは「星」の声(形)なのである
「苗床」
この契約にある者は、空仰ぐ星輪の幹となり
「苗床」として内に精霊を住まわせる
過去の考察では、解析された没データをもとに星とオドンを同一視してきたが、ここで訂正する
それによれば、エーブリエタースは没設定では「月の落とし子」という名前であった。この情報をもとに星と月とを同一視してきたのであるが、没データということは既にその設定は変更されたもの、と考えることもできる
つまるところ、星と月とはその名前からして違うように、別々の上位者である
星の正体については、また別の機会に論ずる
肉体なきオドンとなら声だけの存在なんだなって思うんですが、姿なきオドンとか言われると姿を探したくなりますよね…
返信削除よく考えると鐘の音とかフロムゲーは音に意味を持たせるの好きだったなと。
英語版でも「姿なき」は「Formless」と訳されていて
削除「実体のない」の他に、「不格好な」や「形のない(不定型)な」
という意味にも取れるので、正体を探りたくなりますね
ただ本文中は「lacking form(実体を欠いた)」と記されているので
そのあたりが、海外(例えばReddit)でオドンの正体探しが盛んではない理由なのかなと思います
一応、オドン水銀説などはあるのですが、主流とは言えないようです
まず最初に長文失礼です。
返信削除考察記事を読んで個人的にオドンは想像上にしかいない非物質的な上位者(感応する精神)ということから人間の妄想や想像の産物というふうにも感じました。
私なりの考察なのですがアリアンナや偽ヨセフカが妊娠した理由について、あれは想像妊娠というやつなのではないかと思いました。もちろん実際に星の子っぽいものが生まれてますが、ヤーナム自体が夢の世界なのであれば夢の中で妄想も想像も実現してしまうなんてこともあるのかもしれません。
根拠として、まず実体を持たないオドンがアリアンナやヨセフカに子どもを作らせるには想像妊娠以外に方法がなさそう(というかオドンこそ想像上の産物という仮説も立てているので)ということ。
またオドンや信徒が求める滲む血とは妊娠した際の少量の出血なのではないかということです。多量出血でなく少量出血なので“滲む血”なわけです。これを着床出血といいます。
大ざっぱに言えば『想像力✕滲む血(少量出血)→想像妊娠』ということです。実際に想像妊娠は少量の出血を着床出血かもと勘違いしたり、強すぎる出産願望が引き起こすとされています。ある意味、想像妊娠は想像(オドン)との間に子どもを作ってしまった状態と言えるのではないでしょうか。
信徒が滲む血を求めるということはおそらく出産願望があるのでしょう。アリアンナの場合は望んだ出産ではなかったのですが職業柄ゆえに妊娠したかも?という勘違いが想像妊娠を引き起こしたと考えられます。
またオドンが滲む血を求めるのは出産願望のある者や妊娠したと勘違いした(妄想した)人物を見つけ、実際にその願望を叶えてしまう、想像妊娠によって子どもを産ませることにあるのではないでしょうか。
まとめるとオドンは子授けの神ということになりますね。
オドンを人の想像が生み出した上位者、とするのは面白いかもしれません
削除というのも、宮崎氏が影響を受けた作品として『エターナル・チャンピオン』シリーズを挙げたのですが
そこでは神々は人の恐怖やら何やらが生み出した産物、みたいなことも書かれているからです
(その世界の神々の在り方は、ブラッドボーンの上位者と結構似ています)
赤子を失った上位者たちが最後にすがったのは、人の出産願望というか
想像妊娠に乗じることなのかもしれませんね
感応する精神としてのオドンが、意図せずとも
人の欲望に感応した結果が、赤子だったのかもしれません
はてしない物語のウユララのオマージュなのかなと思ってました
返信削除まあ、声のみの存在だということくらいしか共通点はないのですが
久々のブラボ考察面白かったです!
返信削除artworksの月の魔物にオドンのテキストは気になっていいたのでそれについても触れられていて嬉しかったです。
この先長文になってすいません
今回の考察で青と赤の月がそれぞれ上位者と関係があることに触れられていましたが狩人の悪夢にある月は何を表しているものでしょうか?あの月だけが明確なが無いですがブラボの世界観で月に意味がないものとは思えません。個人的に①呪われた血晶石のデザイン②時計塔の時計(アストロラーベ?)③胎内にいる遺児の視点からゴースの体を透かして見えた月(月のギザギザは遺児と一緒に出てきた骨)だと思ったのですが、①と②は狩人の悪夢の月の無造作なギザギザとは違う規則的ものである事と上位者の感応する精神から来る悪夢の世界である故の遺児の意思から③が由来だと個人的に思っていたのですが、狩人の悪夢の月についての考察は既にされていましたらすいません。
このコメントは投稿者によって削除されました。
返信削除トゥメルの女王ヤーナムは腹から取り出された赤子を取り戻すような姿勢をメンシスの悪夢にて見せていますが、メルゴーの母がヤーナムであり、父がオドンであることを示しているのではないかと思いました。
返信削除同じくオドンに子を授けられたアリアンナは、教会で禁忌とされた血(=ヤーナムの血)と近しいものを持っており、オドンはこの種の血に干渉することで赤子を授けることができるのでしょう。
カインハーストもヤーナムの血を取り入れることで、オドンにより血の赤子を授けられることを狙ったとも考えられます。
しかしアリアンナの赤子は実態を持ち、一方でヤーナムの赤子であるメルゴーは実態を持ちません。
これは、アリアンナの血はカインハーストの血が混ざることでヤーナムのものに対して穢れており、その赤子はオドンとは異なり実態を持つ不完全なものとなってしまった可能性があると思います(3本目のへその緒の存在も、その不完全な交わりを示しているよう思えます)。
一方でヤーナムの血は穢れておらず、それによりオドンの性質を強く受け継いだことで姿の持たないメルゴーが産まれたのではないでしょうか。