2019年11月27日水曜日

Bloodborne 手記6 NPCの名前

日本語名は主にアートワークス、英語名はアートワークスならびにBloodborne Wikiを参考にした。正確な明記のないものは暫定的にアイテムテキストに表記された名前から採用した

括弧は英語版表記、角括弧はプログラム上のコードネーム(ID)、緑字はスタッフロール上の名前

不明な名前や未調査の名前は空欄にしてある
英語名を先に挙げているものは、英語名が語源というわけではなく、たんに参考として挙げたものである


NPC

医療教会の修道女アデーラ(Adella, Nun of the Healing Church)

[ImprisonmentSister] Sister Adella

アデーラというカナ読みはチェコ語形であるが綴りは異なる(Adéa)
アデーラは英語ではAdelineと表記され、実験棟の患者、アデラインと同名である

Adelineの語源は、古高地ドイツ語アーデルハイト(Adalhaid)であり、adal-(高貴さ)と-haid(階級、位)からなる名前である。近代ドイツ語Aadalは「貴族」という意味に使われる

また、オットー大帝の妃アーデルハイトは修道院を建設するなどの功績により、列聖されて聖アーデルハイトと呼ばれている


血族狩りアルフレート(Alfred, Hunter of Vilebloods)

[BloodRelativeHunter] Vileblood Hunter Alfred

読み、綴りともにドイツ語。
Alfredという名前の意味は「エルフの王」であり、アングロ・サクソン起源

歴史上の偉人ではアルフレッド大王がいる


血の女王、アンナリーゼ(Vileblood Queen Annalise)

[Queen] Annalise, Vileblood Queen

ドイツ語の名前。AnnaとLieseの合名
アンナは聖母マリアの母。また、リーゼはエリザベスの愛称でありエリザベスはヨハネの母エリザベトである。よってAnnnaliseとは、極めて母性的な印象を与える名前である


娼婦アリアンナ(Arianna, Woman of Pleasure)

[Harlot]

名前の語源はギリシャ神話のアリアドネであり、「神聖な」という意味がある


血の医療者(Blood Minister)



人形(Doll)



狩人狩りアイリーン(Eileen the Crow)

[Avenger] Hunter of Hunters


英語名。エヴェリンの語源であるAvelineから派生した名前
Avelineは女性名アヴィス(Avis)が変化した語であり、ラテン語のavisは「鳥」を意味する


助言者ゲールマン(Gehrman) 

Old Hunter Gehrman

ゲールマンというカナ読みはロシア語になるが綴りはGermanであり相違がある
Germanだとハーマン(Herman)のロシア語系

ゲルハルド(Gerhard)の派生とも考えられるがその場合でも、綴りはGermanとなり違う


ギルバート(Gilbert) Critically Ill Man

英語名。古代ゲルマン語で「明るい誓約」を意味する


ヨセフカ(Iosefka) Doctor Iosefka

ヨセフカというカナ読みはJosephineのチェコ語名。ただしチェコ語は綴りがJosefkaである

ヨセフカの男性形はヨセフ。新約聖書に登場するアリマタヤのヨセフは、キリストの血を受けた聖杯をイギリスに運んだという伝説がある。聖杯伝説において、重要な地位にいる人物である


偽ヨセフカ(Iosefka)[FalseDoctor] Impostor Doctor



学長ウィレーム(Provost Willem)

英語名ウィリアム(William)のチェコ語形
ただしチェコ語ではVilémと綴る

実在の人物では征服王ウィリアムや、ドイツ皇帝ヴィルヘルム二世などがいる



オドン教会の住人(Chapel Samaritan) Oedon Chapel Dweller

サマリタンとは聖書に登場する善きサマリア人のこと'(wikipedia)

聖書用語がそのまま使用されているのは意外


蜘蛛のパッチ(Patches the Spider)



古狩人デュラ(Retired Hunter Djura)

英語名ジュリアス(Julius)のハンガリー語形(ただしチェコ語の綴りはGyulaである)

歴史上の人物としてはユリウス・カエサルが同名である
Juliusの語源をたどると「ユピテルの子孫」という意味になる


連盟の長、ヴァルトール(Valtr, Master of the League)

英語名ウォルター(Walter)のチェコ語形



DLC

教会の暗殺者、ブラドー(Brador, Church Assasin)


シモン(Simon) Simon, the Harrowed

ヘブライ語名シメオンと同じ名前
シメオンはヘブライ語で「彼は聴いた」から生まれた名前shimon(hearing)が語源
キリストの最初の弟子として有名で、彼は漁師だった


実験棟の患者、アデライン(Adeline, Research Hall Patient)

アデーラを英語にした名前。アデーラとアデラインとは同じ名前を持つ血の聖女とも言える


流浪の狩人、ヤマムラ(Yamamura the Wanderer)



聖剣のルドウイーク(Ludwig, the Holy Blade)

ルドウイークというカナ読みはチェコ語であるが、Ludwigという綴りはドイツ語である
Ludwigはルートヴィヒと読むが、本作に関係ありそうな人物として狂王ルートヴィヒ2世が挙げられる



その他

アーチボルド(Archibald)

英国(スコットランド系)の名前
源流は古代ゲール語、あるいは古高地ドイツ語のErcanbald
Ercanは「本物」「純粋」「高貴」
baldは「勇敢」「強い」などの意味


オト工房(Oto Workshop)※貫通銃

オトというカナ読みはチェコ語形(ただし綴りはOtto、Od)
実在の人物では初代神聖ローマ帝国皇帝オットー大帝がいる

ヴィクトリア期では「鉄血宰相、オットー・フォン・ビスマルク」がいる



筆記者カレル(Runesmith Caryll)

カレルというカナ読みはチェコ語形。ただしやはり綴りは異なる(Karel)
チェコにはカレル大学やカレル橋などカレルの付く名が多い

語源は中世の高地ドイツ語Karl(男、農夫)
実在の人物ではカール大帝が有名
カール大帝はフランス語でシャルルマーニュと言うが、『ローランの歌』のローランはシャルルマーニュの甥である


背教者イジー(Izzy)※獣の咆哮

イジーというカナ読みはチェコ語形だが綴りはJiŕiとなる
英語名ではジョージ(George)



召喚NPC

古狩人ヘンリエット(Old Hunter Henriett)

英語名ハリエット(Harriet)のハンガリー語形
ヘンリエットの男性形はヘンリックである


古狩人ヘンリック(Old Hunter Henryk)

英語名ヘンリーのハンガリー語形
ドイツ語名ハインリヒ(heinrich)から派生した名であり、ハインリヒの原義は「家長」である


マダラスの弟(Younger Madaras Twin)

マダラスはハンガリーの姓(Wikipedia)


メンシスのダミアーン(Mensis Scholar Damian)

ギリシャ語名ダミアノス(Damianos)から派生。「飼い慣らす」という意味


離反者アンタル(Defector Antal)

英語名アンソニーのハンガリー語形
語源はギリシャ神話の英雄ヘラクレスの息子アントン



敵狩人

最後の学徒、ユリエ(Yurie, the Last Scholar)

英語名ジュリア(julia)のチェコ語形
ユリア(Julia)は古代ローマのユリウス・カエサルの氏族の出身者に付けられる名
性別が異なるがデュラと同名である


聖歌の間者、エドガール(Choir Intelligencer Edgar)

エドガールというカナ読みはハンガリー語形(ただし綴りはEdgár)
Edgarの-garは「槍」を意味する言葉

聖杯伝説に関わる人物として、エドガー平和王がいる

彼の遺体が葬られたグラストンベリーに、アリマタヤのヨセフが聖杯を携えてやって来たとか、アーサー王の埋葬地であるという伝説がある



聖杯ダンジョン

墓暴きサー・グレミア(Tomb Prospector Gremia)

シェイクスピアの『じゃじゃ馬ならし』の登場人物Gremioと関係があるかもしれない


墓暴きオレック(Tomb Prospector Olek)

英語名アレクサンダーの愛称の一つ
あるいはOleg(オリェーク、北欧系のヘルゲHelgeの派生)


異常者ワラー(Madman Wallar)

Wallerの変化したものであればアングロサクソン起源(SurnameDB)


獣爪のユゼフ(Old Hunter Beastclow Josef)

Josefという綴りはドイツまたはチェコ語系
ヨセフカと同語源


古狩人ヴィート(Old Hunter Vitus)

ヴィートというカナ読みはチェコ語だが、Vitusという綴りはハンガリー語である(ヴィテウシュと読む)


さまよえる血の狩人、レオー(Vileblood Drifter Leo)

レオーと語尾が伸びるのはハンガリー語形
語源は聖書に登場するライオン


骨炭の狩人、カルラ(Bone Ash Hunter Carla)

カルラというカナ読みはチェコ語形だが綴りが違う(Karla)
英語名でいうシャーロット(Charlotte)



ボス

教区長エミーリア(Vicar Amelia)

エミーリアと読むのはドイツ語とハンガリー語

カタカナのエミーリアはラテン語起源だが、英語のAmeliaはゲルマン語起源である
歴史的にこの両者は混同されてきたらしい

ただしAmeliaがEmiliaとなりエミリアと読まれることもあり判然としない(『テゼイダ』ボッカチオ)


黒獣パール(Darkbeast Paarl)

英語名ポールをパールと読むのはハンガリー語形
ただし英語版では綴りが違う(Pálを書いてパールと読む)


殉教者ローゲリウス(Martyr Logarius)

英語名ロジャー(Roger)のハンガリー語形がローゲリウス(Rógerius)

Rogerは「Ro-(栄光)」と「-ger(槍)」を合わせた名で、「栄光の槍」という意味
語源は古北欧語のHrodger

実在の人物ではノルマンディー出身のノルマン人傭兵で、南方のシチリアの王となったロゲリウス1世がいる


アメンドーズ(Amygdala)

Amygdalaは扁桃体のこと(wikipedia)

扁桃とはアーモンドのこと
アーモンドが訛ってアメンドウと呼ばれる
アメンドーズとは、アメンドウ達という意味か


白痴のロマ(Rom, the Vacuous Spider)

ジプシーと呼ばれてきた集団のうちの主に北インドのロマニ系に由来し中東欧に居住する移動型民族である(Wikipedia)

民族としての名前はRomaである
Romaは英語の man に相当するロマ語 rom の複数形


星の娘、エーブリエタース(Ebrietas, Daughter of the Cosmos)

ラテン語で「酩酊」や「陶酔」の意


悪夢の主、ミコラーシュ(Micolash, Host of Nightmare)

英語名ニコラス(Nicholas)のチェコ語形。ただしやはり綴りが異なる(Mikoláś)
語源は勝利の女神ニケ


メルゴーの乳母(Mergo’s Wet Nurse)

ラテン語Mergoは「浸す」や「沈める」という意味


月の魔物(Moon Presence)



聖杯ダンジョンボス

トゥメルの女王、ヤーナム(Yharnam, Pthumerian Queen)



DLCボス

初代教区長ローレンス(Laurence, the First Vicar) Laurence

ラテン語名ラウレンティウス(Laurentius)から生まれた英語名

ラウレンティウスはローマ発祥の地ラティウムにあった町ラウレントゥム(Laurentum)に由来。この名の原義は「ラウレントゥムの人」
ラウレントゥムの意味は「月桂樹(laurel)の町」


時計塔のマリア(Lady Maria of the Astral Clocktower)

マリアの名を持つ者は多いが、Ladyが付くと聖母マリアを連想する
ノートルダム大聖堂のNotre Dameとはour Ladyのことであり、聖母マリアの名を冠する大聖堂である

また、たんに爵位を持つ女性を指す場合もある
貴族的慣習の残っていたカインハースト出身者ならば、Ladyと名乗ることも充分に考えられる


ゴースの遺子(Orphan of Kos)

Kosは不明
ラテン語Orphanusは錬金術における第一質料の異名でもある



蛇足

日本語版のカナはチェコ語、ハンガリー語であることが多い。一方英語版になるとチェコ語の綴りを変更している場合が多い

どちらがよりオリジナルかというよりも、日本人と海外勢それぞれに「異国風」のニュアンスを感じとって欲しかったのだろうと思われる





2019年11月17日日曜日

Death Stranding 胎児の夢

※考察ではなく、レビューとクリア直後の感想のようなもの

人間の胎児は、母の胎内に居る十箇月の間に一つの夢を見ている。(『ドグラ・マグラ』夢野久作)

ゲーム

まずゲームとしてのレビューを書きたいと思う

SSS(ソーシャル・ストランド・システム)による動的な地形変化は、これまで単なる手段でしかなかったオープンワールドにおける「移動」を、ひとつのインタラクティブな「遊戯」として提示するものである

他者との双方向的な影響(建設とそれに対するいいね)によって形作られる世界は各プレイヤーにとって唯一無二のものとなり、その即興性と偶然性を兼ね備えた遊戯によりひとつの世界が創造されるのである

これはまさしくホイジンガがいうところの、「文化は遊びとして始まるのでもなく、遊びから始まるのでもない。遊びのなかに始まるのだ」ことであり、「真の文化は何らかの遊びの内容をもたずには存続してゆくことができない」という、遊戯の「創造する力」によるものであろう

デスストランディングにおけるSSSが現在のような形態であるのは、その特異な世界観によるところも多いかと思われる。例えば肉体(ハー)と魂(カー)の分離やビーチ、それらのビーチを繋ぐカイラルネットワークという設定がある

これらをメタ的に類推するのならば、プレイヤー(肉体、ハー)は、サム(魂、カー)として固有の作中世界(ビーチ)へ移行するが、そのビーチは他のビーチと繋がることでソーシャル・ストランド・システム(カイラルネットワーク)を構築し、その影響で双方向的に影響を受ける、という解釈が得られる

設定をシステムに落としこんだというよりも、システムが先在し、そのシステムに合わせた世界設定が考え出されたような印象を受けるが実際のところは分からない。また、クリアしたばかりなので私の知識があやふやな部分もあり、かなり雑な類推である

以上のように、デスストランディングを遊ぶということは、ゲームを体験すると同時にその世界に偶発的に起きる現象に立ち会うことでもある。プレイヤーは単にストーリーを追っていくのではなく、即興的なナラティブの発生に立ち会い、体験し、そして自らの物語として受容するのである

つまるところソーシャル・ストランド・システムとは、プレイヤーが創造的遊戯を行うための「場」である



ストーリー

では次にストーリーについて触れたいと思う

※ここからネタバレ全開なので注意

ゲームシステムにおける「繋がり(SSSやいいね)」が繋がりの良い面のみを強調していたのに対して、ストーリーにおける繋がりは、善でもあり悪でもある両義的なものとして描かれている

分断された人々を繋げて世界を一つにすることは「善」であるが、一方その繋がりに使用された「カイラルネットワーク」は生物を絶滅させるためにも利用される

これは現実のインターネットがまず軍事利用を目的として開発されたこと、その後の爆発的な普及により世界の人々を繋げたこと、さらにはネットを牛耳る巨大企業や、情報を統制しようとする国家の暗躍などのアナロジーのように思える

さっそく話が逸れたので筋を戻す



BB

BBは複数存在するが、画面に登場するBBは二人である

クリフのBBであるサム(BB-1)と、サムのBBであるルイーズ(BB-28)だ
※28は『AKIRA』のアキラと同じナンバーである(28号)

このうちサムはクリフとリサ・ブリッジズの息子である。サムはブリジットに銃撃された後にビーチでアメリによって臍帯を断たれて「帰還者」となっている

一方、ルイーズはキャピタル・ノット(K2)の集中治療室に脳死状態で眠るスティルマザーの娘とされる(デッドマン情報なのでやや怪しいが)

デッドマンの情報を信じるのならば、サムとは何の関係のない胎児である

たとえルーシーのお腹の子が女の子で、BBになれる28週目の少し前にルーシーがビーチに呼ばれていたとしても、そしてその少し後、ルイーズが28週目に入った頃にルーシーが自殺したとしても、BB-28がサムの娘であるという根拠はない(ルーシーの手記による)

ルーシーが自殺し、対消滅が起きたのは10年前の事である(デッドマンによると)。帰還者の娘であるルイーズが帰還者の性質を受け継いでいて、その事件の後から10年間ビーチに滞在した後にBB-28としてなぜか世界に戻ってきた、ということも考えられるがやはり根拠はない

実際のところ、BB-28がサムの娘であるのならばイゴールに貸与されずアメリが保護していただろう

以上のことから、私の個人的見解としてはBB-28はサムとは血縁関係にない無関係な胎児であったと考える

さて、では焼却炉での蘇生はいかに説明したものだろうか。その後にサムとルイーズは焼却炉から出てくるが、その時に降っている雨は時雨ではない。また、日が差して虹が映るが、その虹は逆さ虹ではなく、青色も確認できる

これはDS(絶滅現象としてのデスストランディング)が終わったことを示している

また、死者の蘇生に関してハートマンが次のように記している

「DSによってこのプロセスが変化した。帰還者のような特殊な能力の持ち主か、よほど運が良くなければ、死者は甦らなくなってしまった」(ハートマン「古代エジプトの死生観とネクローシスのこと」)


つまり、DSが終わったことでビーチ(個人のビーチ)にいった魂が肉体に戻ってこられるようになっており、ルイーズは蘇生することが出来たのである



ビッグファイブ



空に浮かぶ五人の人影は五人の絶滅体なのか、それともサムが絆を繋げた五人(フラジャイル、デッドマン、ハートマン、ロックネ(ママー)、ルー)なのかという問題

後者だとメンバーの人選が難問である。ロックネとママーを一人として見るか、二人として見るならばルーは外れるが、デッドマンの説明によるとサム救出にはルーも関わっている

とすると、ロックネとママーを一人として数え、フラジャイル、デッドマン、ハートマン、ロックネ(ママー)、ルーとなるが、五人の人影のなかに胎児型の人影は確認できない(ルーの代わりにダイハードマンが入ることも考えられるが、繋がりというほど絆が強くないのと、ルーを数に入れない理由が思いつかない)

※ムービー中、デッドマンがサム救出に関わった者として挙げるのは、ハートマン、ママー、ロックネ、デッドマン、フラジャイル、ルー、ダイハードマン、ブリジット(臍帯)である

また空に浮く人影とは別に、海の中でデッドマンとルーが直接姿を現している。デッドマンによると、サムのビーチに飛んだのはデッドマンとルーとのことだから、五人の人影が見るのは少々おかしい

五人の人影は実体ではなく、絆の象徴として現われているとも考えられるが、空に浮く人影はオープニング、時雨を避けて洞窟に逃げる場面ですでに登場している。当然ながら五人と繋がりを持つ前のことである

カイラルネットワークやビーチが時間から切り離されていることを考えると、未来の表象が時雨に白い影として映っているということも、一種の絶滅夢だったとも考えられる



また五人というと、焼却炉に降りてくる「輝く胎児型BT」の数も五人のように見える


ただしこの場面の遠景では五人以上いるように見えることからあまり関係がないのかもしれない




絶滅体

絶滅体といっても、これまでのそれは臍帯のある恐竜やらアンモナイトやらマンモスやらアイスマンであり、アイスマンを除いて人型からはかけ離れている

ここでまた人型である理由を考えなければならない

単純に、絶滅体はその時代の最も繁栄している生物の形を成し、それは過去にいた五体の絶滅体も当てはまる、のかもしれない。

というのも、「彼らの本当の目的は世界の消滅」(アメリ)であったのだが、消滅させることはできず、絶滅からの新たな種の誕生を許してしまっている

役割を果たせずさりとて消え去ることもできず、五体の絶滅体は絶滅体ビーチに存在し続けているのである。だが、絶滅体としての性質は失っておらず、その特性のうち「その時代の最も繁栄している生物の形を成す」だけは律儀に守っている、と考えられなくもない

ゆえに、(六回目のデスストランディングがラスト・ストランディングであることは明言されているが)、もし七回目のデスストランディングがあったとして、その時の絶滅体が猫型であったら、空に浮く六匹の猫影が見えるのかもしれない

※正直、五体の人影が人型である理由は分からない

さて、ではなぜそもそもサムは五体の絶滅体を見ることができるのか。エンディングでアメリが次のように語っている

「ラスト・ストランディングを熾すには“絶滅体”の一部あなたが必要だった」(アメリ)

つまりサムも絶滅体なのである。同じ絶滅体として五体とは繋がっており、ゆえに見ることができるのである


※五人の人影については、どちらともとれるような演出であることから確固たる結論は出せない



胎児の夢

世界を消滅させようという宇宙の意志とは何か

それはリグ・ヴェーダにおける世界を夢見る「黄金の胎児」(ヒラニヤ・ガルバ)である
眠りから覚めると世界を終わらせるというマアナ=ユウド=スウシャイ(『ペガーナの神々』)である
その影響を受けたクトゥルフのアザトースである
また世界の歴史を見続けるドグラ・マグラの胎児である

胎児の誕生は夢から覚めることである。世界を夢見る胎児は、夢という世界を消滅させることではじめて、夢から覚めて生まれることができるのである

この宇宙は胎児の見る夢であり、生物の進化を辿ってきた夢は、進化が人に到達するところで終わらなければならないのである

ラスト・ストランディングとは、胎児が誕生するために見る、最後の夢なのである



胎児の夢
 人間の胎児は、母の胎内に居る十箇月の間に一つの夢を見ている。 
 その夢は、胎児自身が主役となって演出するところの「万有進化の実況」とも題すべき、数億年、乃至、数百億年に亘るであろう恐るべき長尺の連続映画のようなものである。 
すなわちその映画は、胎児自身の最古の祖先となっている、元始の単細胞式微生物の生活状態から初まっていて、引き続いてその主人公たる単細胞が、次第次第に人間の姿……すなわち胎児自身の姿にまで進化して来る間の想像も及ばぬ長い長い年月に亘る間に、悩まされて来た驚心、駭目すべき天変地妖、又は自然淘汰、生存競争から受けて来た息も吐かれぬ災難、迫害、辛苦、艱難に関する体験を、胎児自身の直接、現在の主観として、さながらに描き現わして来るところの、一つの素晴しい、想像を超越した怪奇映画である。
……その中には、既に化石となっている有史以前の怪動植物や、又は、そんな動植物を惨死、絶滅せしめた天変地異の、形容を絶する偉観、壮観が、そのままの実感を以て映写し出される事はいう迄もない。引続いては、その天変地妖の中に、生き残って進化して来た元始人類から、現在の胎児の直接の両親に到るまでの代々の先祖たちが、その深刻、痛烈な生存競争や、種々雑多の欲望に駆られつつ犯して来た、無量無辺の罪業の数々までも、一々、胎児自身の現実の所業として描き現わして来るところの、驚駭と戦慄とを極めた大悪夢でなければならぬ事が、次に述べる通りの「胎生学」と「夢」に関する二つの大きな不可思議現象を解決する事によって、直接、間接に立証されて来るのである。(『ドグラ・マグラ』夢野久作)(改行引用者)


蛇足

いくつかの解釈の違いはあれどもストーリーに関しては作中でほとんど語られているので、考察の必要はないと思われる

2019年11月6日水曜日

Bloodborne 手記5 ガスコイン神父

ガスコイン

ガスコインという名は英国圏、特にアイルランド系の名前と言われることが多い。ガスコイン神父が異邦人でありヤーナム出身ではないことは、神父装備に書かれている

神父の狩帽子
なお神父とは、元々が異邦の聖職者であった故の呼び名であり
医療教会では、神父という敬称は使用されない

また、マーク・ガスコイン(Marc Gascoyne)という実在の人物がおり、彼はTRPG関係、特に「クトゥルフの呼び声」関連の仕事で知られているという

TRPGに造詣の深い宮崎氏が「マーク・ガスコイン」から神父の名を採用したと考えてもおかしくはない
(英語版では「Gascoigne」と綴られるが、内部IDではマーク・ガスコインと同じ「Gascoyne」と綴られている)

つまり、異邦感を出すためにイギリス、アイルランド系の名前を探しているなかで、マーク・ガスコイン氏の名を思い出し(または見つけ)、神父の名をガスコインにしたという推測である


ガリア

しかしながら、このガスコインという名は、そもそもイギリスではなくフランス南部のガスコーニュ地方に由来するという。これは元サッカー選手ポール・ガスコイン氏のWikipediaにも書かれている

ブラッドボーンとは関係の薄い印象のあるフランスの地。しかしフランスはかつてガリアと呼ばれており、ガリアとは「ケルト人の地」を意味する言葉である

ケルト文化がダークソウルシリーズやブラッドボーン、デモンズソウルに与えている影響は大きいが、それは別の機会にまとめたいと思う(一例として、ハベルとはチェコ語で「ケルト人」、ガルとは英語で「ケルト人」をそれぞれ意味する)

ヤーナムの位置を現実世界の地図に重ね合わせると、おそらく中東欧のあたりだろうと推測される
一言に中東欧と言ってもかなり広く、フランスからドイツ、チェコやハンガリーを含む地域である

現代の地図に重ねようとすると複数の国にまたがり、ゲームの世界設定として散漫な感じがするが、これをケルト人の住んでいた地域と考えるのならば、ちょうどハルシュタット文化の起こったあたりが、ヤーナムの推定地域とピタリと重なる(Wikipediaの地図)

つまりブラッドボーンとは、時代背景をヴィクトリア朝にした「ガリア」が舞台の物語なのである
※ただしガリアの地を時間空間的にかなり狭い範囲に圧縮していると思われる


ローラン

さて、ガスコーニュの語源となったヴァスコニアとフランク王国との間に起きた戦いが「ロンスヴォーの戦い」であり、これは後に古フランス語の叙事詩『ローランの歌』として語り継がれていく

『ローランの歌』は後の中世騎士物語の理想的なモデルとなっていくが、その中世騎士物語で最も好まれたのがアーサー王と円卓の騎士による「聖杯探求」の物語である

このローランという名は、ローレンスと語源が同じである

獣の病によって滅んだローランと、獣の病に侵され獣化したローレンスは同じ名前を持つのである。さらにいえば、ローランの聖杯のグラフィックには聖杯に侵食されている頭蓋骨が描かれているが、ローレンスの頭蓋骨もまた聖遺物として祭壇に捧げられ、その骨は醜く獣化している

※聖杯の中で頭蓋骨が描かれているのはローラン系のみである

あるいは、ローランの聖杯とはローレンスの聖杯そのものを意味しているのかもしれない

周回において聖杯ダンジョンが前周回の情報を受け継ぐことから、聖杯ダンジョンは時間や空間と切り離された時空であり、つまり未来も過去もなく、そこにはあらゆる時代の聖杯(ダンジョン)が登場するのである

ゆえに、ローランの聖杯をローレンスの頭蓋を乗せた聖杯とするのも、砂に埋もれたローランをかつてのヤーナムとするのも(ローランは、主人公の狩人が到着せず、ヤーナムが獣の病で滅びた世界線)、聖杯を除く世界全体が周期的に繰り返していると考えるのならば、可能なのである

とはいえ、ローランの歌のローランはRolandであり、ローランの聖杯のLoranや、ローレンス(Laurence)とは綴りが異なる

砂に埋もれたという情報も加味すると、古代中国にあった楼蘭(Loulan)という都市である可能性もある(楼蘭は古代中国ではなく、その西方にあった国の間違いです。ご指摘ありがとうございました)

楼蘭(ろうらん,Loulan,推定されている現地名はクロライナ Kroraina)は、中央アジア、タリム盆地のタクラマカン砂漠北東部(現在の中国・新疆ウイグル自治区チャルクリク)に、かつて存在した都市、及びその都市を中心とした国家である。(Wikipedia)



家族

話が逸れまくったので軌道修正する

さて、ガスコイン神父には家族がいる。それは例えば小さなオルゴールの紙片に残された「ヴィオラとガスコインの名」であり、ヤーナムの少女の母がつけているという真っ赤なブローチに刻まれたヴィオラの名から推測できる

小さなオルゴール
蓋の裏の紙片は、どうやら古い手紙のようで
かろうじて2人の名前が読み取れる
それはヴィオラと、そしてガスコインであろうか
※ガスコイン戦で小さなオルゴールを使うと、ガスコインがもだえ苦しむ

少女:お母さん、真っ赤な宝石のブローチをしてるんだ
少女:お母さんを見つけたら、このオルゴールを渡してほしいの
少女:お父さんの好きな、思い出の曲なんだって

真っ赤なブローチ
女物の真っ赤なブローチ
刻まれたヴィオラの名も見てとれる

まとめると、父ガスコイン、母ヴィオラ、娘ヤーナムの少女という家族構成である。この他に、終盤になって登場する少女の姉が存在する

ここまでは大体の人がプレイしながらなんとなく把握できたと思われる

問題は少女の言う「お爺ちゃん」である

少女:お母さんとお父さんと、お爺ちゃんの次に大好きよ

このお爺ちゃんが古狩人ヘンリックではないか、という説がある


ヘンリック

お爺ちゃん=ヘンリック説では、正気を失っていたのがヴィオラとガスコインの死んだ「オドンの地下墓」であることや、ヘンリックがガスコインの相棒であったことなどがその根拠とされる

ヘンリックの狩帽子
古狩人ヘンリックの狩帽子
かつてガスコイン神父の相棒であったこの静かな古狩人は
強者であったが故に、狩人として死に場所を得られなかった
だが、彼の黄味がかった独特の装束は、特に雷光に強く
獣狩りの遺志を継ぐ狩人を助けるだろう


さて、ヘンリックはお爺ちゃんなのであろうか?

少し話が変わるが、宮崎氏はインタビューで「NPCの命名法」をたずねられ、こう答えている

宮崎:私はちょっと命名オタクだと思う。私にとってはいつも楽しいです。単語の起源、表現でどのように聞こえるか、地域的な考慮事項、全体などを検討します。(Future Pressによるインタビュー)

宮崎氏がかなり名前にこだわっていることが分かるインタビューである

さて、ではヘンリックという名前の起源はどうか

ヘンリックの語源はドイツ語のハインリヒであり、Heinrichの原義は「家長」である

名前にこだわる宮崎氏が、「家長」を意味する名前を持つNPCを単身者として採用するだろうか

家長とは文字通り家族の長である。ガスコイン家で言うのならば、「お爺ちゃん」の地位なのである

つまり、判明している家族構成では「お爺ちゃん」は「家長」であり、その「家長」という意味の名前を持つNPCが「ヘンリック」なのである

※ちなみにヴィオラ(Viola)は、ヴァイオレットのハンガリー語形である
※ヘンリックは英語版では「Henryk」となっているが、内部IDは「Henrik」である。このHenrikはハンガリー語形である


蛇足

少女の姉については再プレイがそこまで進んでいないこともあり、あまり触れられなかった
Wiki等で先回りして考察することも考えたが、これといって思いつかないので、何か閃いたら追記するなりする予定



2019年11月3日日曜日

Bloodborne 手記4 聖職者の獣

考察というよりも情報をまとめたもの

聖職者の獣

剣の狩人証をドロップすることから、獣になる前は医療教会の狩人であったことが分かる

剣の狩人証
かつて医療教会の工房が発光した、狩人証の1つ
銀の剣は、教会の狩人の象徴でもある
ルドウイークを端とする医療教会の狩人は
また聖職者であることも多かった
そして、聖職者こそがもっとも恐ろしい獣になる

なぜ聖職者こそがもっとも恐ろしい獣になるか。宮崎氏はインタビューで次のように語っている
※グーグル翻訳。太字引用者。クレクリックビースト=聖職者の獣

このゲームのテーマの1つは、獣型の敵の中で行われる「内部衝突」です。
獣に変身する衝動は、私たち全員が持っている人間性の基本的な感覚と矛盾しています。その人間性は一種の手枷として機能し、変容をその場所に保ちます。その場で変形する衝動を維持する手枷が強いほど、手枷が最終的に壊れた後の反動が大きくなります。その結果、より大きなクリーチャー、またはよりねじれたクリーチャーに変身します。これら2つの衝動の間の闘争は、ここでの1つの概念です。早い段階でデザインされた獣のキャラクター、特にクレリックビーストは、アイコンのような役割を果たしています。それは、聖職者が本当に彼らの中で最も恐ろしい獣であるという考えに関連しています。(Future Pressによるインタビュー)


聖職者の獣が恐ろしい姿をしているのは、獣化衝動を抑え込む手枷が強固であったからである。手枷とは人間性であり、聖職者として高徳(高位)であるほどに人間性は大きく高く、強く、また手枷が外れた時の反動も大きくなるのである

では聖職者の獣の聖職者としての地位はいかほどであったか

聖職者の獣を見ると、巨大な角が生え、肋骨がむき出しになり、左手は肥大化している


これらの特徴はダークソウルに登場した深淵の主マヌスやSEKIROの怨嗟の鬼と共通するものである
つまり聖職者の獣は、ほぼ裏ボス的な地位にある怪物たちと共通した特徴を有するのである

こうした造形から推測するに、聖職者の獣はかつてはかなり高位の聖職者であったことがうかがえるのである



教区長

また、解析によれば聖職者の獣に割り振られたIDは「Kyoukuchou」であり、内部データでは聖職者の獣は「教区長」と呼ばれていたことが分かる

しかしながらゲームに登場する現在の教区長は「教区長エミーリア」である
彼女が「金のペンダント」とドロップすることからも、エミーリアが正式な教区長であることは確かである

金のペンダント
教区長エミーリアのペンダント
使用により血晶石となり、武器を強化できる
それは医療教会の長、教区長に代々受け継がれた
警句の象徴でもある
それを知りたければ、祭壇の頭蓋に触れるとよい


考えられる可能性としては以下のようなものが挙げられる


  1. 聖職者の獣はエミーリアの前任者、つまり前教区長
  2. 聖職者の獣は別の教区の教区長だった
  3. 「Kyoukuchou」は暫定的・便宜的な命名だった
  4. そもそも教区長ではない


1ならば、なぜ教区長を辞めたのかという問題が残る

単純に獣となってその任を果たせなくなったという推測も出来るが、後任であるエミーリアも獣化していることから、獣となっても教区長であることは可能である(訂正:エミーリアはプレイヤーが到着した後にムービーで獣化する)

教区長に代々受け継がれてきた「金のペンダント」をエミーリアは所持しているが、獣化した聖職者の獣から黄金のペンダントだけを奪い返したとは考えにくい。というのも、剣の狩人証は聖職者の獣が未だに所有していたからである


2ならば、聖堂街の教区長はエミーリアであり、聖職者の獣の教区は旧市街となろうか

剣の狩人証によって「白い丸薬」が売りに出されることからも、聖職者の獣と旧市街とは何らかの関係があったと思われる

3と4はほぼ同じ理由となる。聖職者の獣はそもそも教区長ではないというものだ

と言うのも、剣の狩人証により売りに出される物品のなかに「狩長の印」がある

狩長の印
かつて教会の狩人、その長が持ったという布製の印
大聖堂の円形広場に至る、正門を開く鍵となる
正門は、獣狩りの夜に固く閉じられ
外側からは、ただこの印を持つものにのみ開いたという
長の帰還は、すなわち、獣狩り完了の印だったのだ

聖職者の獣となる前、彼は「狩長」であり、「狩長」と「教区長」とは異なる位階だったのである



教区長と狩長

個人的な結論としては3と4がより蓋然性が高いのではないかと思われる

まず、教区長であるが、教区長の初代はローレンスである
一方、医療教会最初の狩人はルドウイークである

この両者が同時期に存在していたかは定かではないが、教区長と狩人とは区別されていたのである
※ローレンスとルドウイークが同一人物でないかぎり、最初の教区長と狩長を兼ねることは不可能

教区長ローレンスの系譜の最後に位置するのが「教区長エミーリア」であり、狩長ルドウイークの系譜の最後に位置するのが「聖職者の獣」である

剣の狩人証により売りに出される物品からも、聖職者の獣がルドウイークの系統であることが推測できる

剣の狩人証によって売りに出されるアイテム

  • 白い丸薬
  • 狩長の印
  • 教会の石槌
  • 教会の連装銃
  • 狩人の確かな徴
  • 携帯ランタン


たとえば教会の石槌の長剣は、ルドウイークの聖剣と同じデザインであり、連装銃に見られる歯車機構もまたルドウイークの長銃と共通の機構である
銀の剣のデザインは同一である

歯車機構はルドウイークの長銃から受け継がれている

つまりプレイヤーは聖堂街を攻略することで、医療教会を象徴する二人の長、教区長と狩長の末裔と戦うという構図になっているのである(聖職者の獣はスルーできるが)

そしてそれは、瀕死の医療教会にとどめを刺すことに他ならないのである


蛇足

情報の整理と確認のための手記なので、目新しい点はそれほどないと思われる



2019年10月31日木曜日

Sekiro 架空のDLC・続編を妄想する

以下は完全な妄想であって、根拠はない

DLC

これまでの傾向としてエンディング後を描いたDLCは存在しない。発表済みのダークソウルシリーズ、ブラッドボーンのDLCでは、本編とわずかに関連するものの時空の異なる世界が舞台であった

例えばDS1では本編でほのめかされた程度であったアルトリウスの時空が舞台であり、DS2では本編では語られない闇の飛沫と王の物語が語られ、DS3では本編の背後に隠されていた禁足の地を冒険するという趣向であった

ブラッドボーンでは、狩人の誕生とその秘密に関わる悪夢の地をさまよい、本編より古い時代の陰惨な出来事をかいま見たのであった

これらの傾向を考慮すると、もしSEKIROにDLCが出たとしたら本編のエンディング後を描くのではなく、本編と微かに関連するが本編ではほとんど触れられていない出来事、あるいはほのめかされただけの出来事にフォーカスを当てるものと思われる


神の世界

ではそれが具体的に何かというと、丈と巴の物語であろう

SEKIROでは思い出の品を備え「拝んで祈る」と記憶から世界を創造してくれる便利な仏様がいる(あと巫女も)

ゆえにもし、丈と巴の思い出の品(それは鈴の形をしていると思うが)を手に入れることができれば、彼らの記憶をもとに世界を創造し、その世界を隻狼が冒険することも可能であろう

※鈴に関しては葦名流伝場の階下にある竜の像についた大きな鈴が怪しいと思う

ボス候補としては、巴と戦ったことが記録に残っている「葦名一心」は登場する確率が高い。また、仙郷に住んでいた丈が葦名に降りる事態に陥ったことを考えると、その異変が起きるまえの全盛期桜竜もいるかもしれない

となると、舞台は崩壊前の源の宮となろうか。ただし本編で源の宮の大部分の場所は明らかになっていることから、磐座を介して全くの別世界へワープすることも考えられる

※もし源の宮が登場するとしたら水没する前の姿かもしれない

別世界とは、全盛期桜竜の司る仙郷である。そこはおそらく、桜竜の故郷と似た世界であろう。故郷を追放された者が故郷と同じような環境を異郷に構築することはよくあることだ(桜竜の記憶をもとに作られた竜の故郷その場所ということも考えられる)

※桜竜の故郷については諸説あるとは思うが、以下の「続編」の項で触れる


以上が架空のDLCにおける「神の世界」の部分である

SEKIROは神の世界と人の世界という二つの世界が並存しているということは、過去の記事でも述べている

上述した全盛期源の宮、あるいは仙郷が神の世界を描くのだとしたら、人の世界を描くDLCもあると思われる



人の世界

人の世界のDLCとして考えられるのが、「薄井の森」である

梟の本名が「薄井右近左衛門」であり、うらわかきお蝶が修行を積んだ森である
その森は、霧とまぼろしで満ちており、幻術を修めるにはまたとない場所である(「まぼろしクナイ」)

また薄井の森には、正体つかめぬ猛禽が棲むという
なかでも霧がらすは捕らえた者はいないという(「霧がらすの羽」)

その霧がらすはぬしであり、つまり土地神である(「ぬし羽の霧がらす」)

また梟、お蝶、霧がらすと、翼があり飛翔する生物の名がついていることから、おそらくは「川蝉」もまた薄井の森に関係していると思われる

つまり薄井の森を舞台とするのならば、若き日の梟、うら若きお蝶、川蝉とその関係者と思われる「飛猿」こと仏師をも登場させられるのである(鈴を使い過去に飛んだという前提)

霧とまぼろしに満ちた森であるのならば、隔離空間として登場させるのに都合がよく、また本編にはテキスト以外では登場していないという関係上、どのような事件が起ころうとも本編とは無関係で通すことができるのである

※主人公は飛猿その人かもしれないし、仏師の記憶を元に作られた世界かもしれない

まことに都合の良い場所である

まとめると、SEKIROのDLCでは二つの世界を旅することになると予想される

一つ目は「かつての源の宮(含む仙郷)」であり、二つ目は「薄井の森(過去)」である



続編

続編、それも1の物語を引き続くならばという条件付きのSEKIRO2である

前提としては「竜の帰郷」エンディングの後ということになる

では、西へ旅立った揺り籠と竜の忍びの旅路を描くかというとそれはないだろう。というのも、旅をするとなると出発点と終着点を設定しなければならないが、その場合、一度通った場所に戻る必然性がなくなる

つまり、どれだけマップを作り込もうとも使い捨てになってしまうのである

これは徹底的にマップを作り込んで探索させるというフロムソフトウェアの思想と相反する気がするのである

また、広大なオープンワールドを移動させることで旅の雰囲気を出す方法も考えられる(RDR2のように)が、フロムソフトウェアの開発規模からいって難しいのではないかと思われる。そしてやはりマップの作り込みという方法と相性が良くない

とするとやはり、SEKIROと同じようにフィールドをある程度の広さに限定し、その中でタスクをこなしていくスタイルを取るのではないかと思われる

であるのならば、すでに旅はほとんど終えているはずである(出発地点だとしたらエンディングに至れない)

問題は舞台となる場所である

そこはおそらく竜の故郷に近い場所であろう

この竜の故郷については諸説あり、私個人としては深海の底にある神殿(竜宮)という考察もしたことがある

ただ、深海とするとそこに至るまでの移動手段がなさそうなのと、深海を舞台にして果たして楽しいかというと、楽しくはなさそうである

やはり竜の忍びらしく、鍵縄を駆使してびゅんびゅんと飛び回るような地形が良いであろうと思う

現実的に考えると舞台は地上であり、かつ鍵縄を駆使できるような高層建築や高い地形のある場所が適していると思われる

このうち中国の都のような巨大な都市は舞台として選ばれないであろう(開発リソース的にも)

となると、高低差のある土地、例えば峻険な山奥。しかし無人の大自然ではなく人工物もわずかに存在し、人も住んでいる場所となる(店などを考えると)


崑崙山

候補としては第一に天竺(インド)の山奥が挙げられる。しかしながら玄奘三蔵の旅した唐の時代は過ぎ去り、SEKIROの舞台はそれから約1000年後の明朝の時代である。その頃のインドではすでに仏教は完全に衰退しており、西遊記を再現しようにも仏教の聖域はとうの昔に無くなっている

そしてそもそも桜竜は仏教系なのかという疑問もある

不老不死の神仙(竜胤)や不老不死を得た仙人(ミヤコビト)の思想は、仏教というよりも、道教のそれである(道教自体が仏教からの影響を受けているが)

道教では東の海の果てに蓬莱山があるとされ、西の果てに崑崙山があるという

東の蓬莱山を仙郷と考えるのならば、西にあるのは崑崙山であり、竜の故郷があるという方角と一致するのである

またSEKIROの世界に見られる陰陽道の思想はもとをたどれば道教のものであり、陰陽道で使用される「符」や鬼の使役、五行思想なども道教由来である

つまり道教には、源の宮や仙郷で見られる宗教的文化のほぼすべてが含まれているのである

上で桜竜は故郷の環境を再現したのではないかという説を述べた。桜竜の膝元である源の宮にそれが反映されていると考えると、源の宮に見える道教思想は桜竜の故郷のものだった、と考えられるのである

つまるところ、竜の故郷とは道教における神の山「崑崙山」となる

この崑崙山がいかなる場所かは、Wikipediaを読んでもよく分からない

しかしながら、崑崙は『山海経』にも登場する山である

山海経といえば、奇怪な神々、怪物群がこれでもかと登場する書物である

例えば燭陰(しょくいん)という神は

『北海の鍾山(しょうざん)という山のふもとに住む神で、人間状の顔と赤い蛇のような体を持ち、体長が千里におよぶとされる』(wikipedia)

他にも
鹿蜀(ろくしょく)
 その状馬の如くで白い首、その文(あや)は虎の如くで赤い尾、その声はうたうよう。
九尾狐
 その状は狐の如くで九つの尾、声は嬰児のよう、よく人を食う。
彘(てい)
 その状は虎の如くで牛の尾、その声は犬がほえるよう。
蠱雕(こちょう)
 その状は雕(わし)の如くで角があり、その声は嬰児のよう。
英招(えいしょう)
 神。神の状は馬身で人面、虎の文あり、鳥の翼をもち、四海をめぐる。

等々、奇妙な神や怪物の宝庫である

こういった奇妙な世界にある崑崙には西王母が住んでいるという

西王母とは

『西王母とは、西方にある崑崙山上の天界を統べる女性の尊称である。天界にある瑶池と蟠桃園の女主人でもあり、すべての女仙を支配する最上位の女神。』(Wikipedia)

である

西王母は漢代に入ると神仙思想と結びつき、やがて道教へと受け継がれた

その道教の影響を受けた仙郷が東の海の果てにあり、それを蓬莱山とするのならば、西にあるという竜の故郷とは崑崙山のことであろう

つまりもしSEKIROの続編が出るのならば、それは崑崙山を中心としたエリアであり、山海経に登場するような異形異類の神や化け物たちの跋扈する世界なのではなかろうか

※もちろんちょくせつ「崑崙山」の名や化け物たちの名は採用しないだろう

さて、この項の最初に「1の物語を引き継ぐならば」と条件をつけた
しかしながら、シリーズとなったダークソウルでは主人公が直接続いた作品はない

世界観はなんとなく共通するけれども、前作とは直接には関係のないストーリーが展開されている
けれども、「最初の火の炉」や火防女、またグウィンドリンや王たちの化身など、前作や前々作と共通する、あるいは彷彿とさせる場所や人物が登場する

こうした前例を踏襲するのならば、SEKIRO2の主人公は「隻狼(狼)」ではないであろう

けれども、竜胤の御子や竜の忍び(伝説の)、揺り籠といったSEKIROと共通するような概念なり存在がそこには登場し、プレイヤーはそのゲームがSEKIRO2であることをすんなりと理解できるものになるかもしれない


出雲

さて、SEKIROは固定主人公なので、前例を踏襲せず主人公は隻狼のままかもしれない

そうした主人公継続の前提で妄想すると、いきなり海を渡って大陸へというのはプレイヤーの心情的にも物語の展開的にも考えにくい

北国(公式サイトに一心が「北国の雄」として紹介されている)から西へ向かったと考えると、日本列島全土がほぼ範囲内になるが、そのなかから個人的に可能性が高いと思うのが「出雲」である

出雲は言わずと知れた神話の地であり、大和朝廷との関係も考えると得体の知れぬ異形の神を祀っていても不思議ではない

また、葦名の白蛇の社にかけられた注連縄のかけ方が出雲と同じ珍しいかたちであることや、落ち谷に痕跡が確認できる製鉄場の日本における最も古い形が出雲にあったことなどを考えると、葦名と出雲とはなぜか共通点が多いのである

そしてなにより、出雲には葦名城に劣らぬ難攻不落の名城「月山富田城」がある

残念ながら標高の高い山はないが、代わりに海がある

異形の存在が海岸に漂着、または上陸することは、ブラッドボーンDLCや蛭子神話、またラヴクラフトの『インスマウスの影』でもお馴染みである

海は山と同じく、古代の人間にとって異郷であり、そこからは神や神に近い何者かがやってくると考えられていたのである

桜竜も「故郷を放たれ、この日本(ひのもと)に流れ着いたもの」(変若の御子)と言われることから、雲に乗って来たのでなければ、日本海側の海岸に漂着したものと考えられる

しかしながら、「故郷を放たれ、日の本に流れ着いたもの」が一体だけであるとは限らない

その神もまた故郷を放たれ出雲に流れ着き、そこに根付いたのかもしれない

葦名と出雲とは奇妙なほどによく似ている。中央から離れた辺境にあり、中央とは異質の信仰が残り、製鉄を行っていたと思われるふしがあり、難攻不落の名城がある

さらに言えば、SEKIROを開発する際にかき集めた資料を再利用できる、という利点もある。これは時間的にも人件費的にもかなりの節約になるはずである

また出雲であれば、古代出雲大社をモチーフにすることが可能である(その本殿は高さ48、または96メートルもあった)

フロムソフトウェアの巨大建築への情熱は過去作をプレイすれば理解できるかと思う。そのフロムが古代出雲大社本殿のような巨大建築を見逃すであろうか

北にある山の葦名、西にある海の出雲

日本とは言うまでもなく島国でり火山国でもある。山と海がそろって初めて日本を十全に描いたことになるのかもしれない


蛇足

もしDLCがあるのだとしたら、過去の傾向からいって竜の忍びルートのその後を描くのではなく、おそらく源の宮の深部や竜の故郷、それから薄井の森に焦点が当てられるだろう

また続編で竜の忍びルートが描かれるかもしれないが、前例を考えると可能性は低い。けれども竜胤や竜の忍びは引き続いて登場し、西にあるという竜の故郷が描かれるかもしれない。また主人公が継続するのならば、2の舞台は出雲であろう

程度のことを書くつもりが冗長になってしまった

2019年10月26日土曜日

Sekiro 考察54 道教

道教

まず道教についてであるが、簡単にいうと「神仙思想を源流に、種々雑多な思想、民間信仰を取り込み、やがて仏教によりその体裁を整えた中国古代より続く宗教現象」となろうか

よりわかりやすい解説はWikipediaの概要を読んで欲しい

ともかく、とりとめもなくその時代その時代の勢いで様々な思想、信仰、宗教を取り入れてきたので、定義するのもままならない、ひとつの宗教と呼べるかどうかもわからない宗教なのである

それはともかくかくとしてSEKIROと関係のありそうな要素を抽出すると以下のようになる


  1. 神仙思想
  2. 陰陽五行説
  3. 煉丹術(錬金術)
  4. 呪符
  5. 医薬
  6. 庚申信仰



神仙思想

このうち神仙思想は、煉丹術や医薬と密接な関連があり、その究極の理想は「錬丹術を用いて、不老不死の霊薬、丹を錬り、仙人となることを究極の理想とする」(Wikipedia)である

昇仙(仙人になること)にはいくつか方法があり、上記の霊薬を飲むというもの、善行を積み功績を立てること、一度死んで天上で再生する(尸解仙)などいろいろある

要するに神仙思想の第一の目的は、不老不死の仙人となることである

そうした仙人たちが住んでいるのが「仙郷・仙境・仙界」であり、これらは神山の上にあると考えられていた

また天界も山の上にあると考えられており、崑崙山(こんろんざん)という神山には天界に通じる天門があったという

この崑崙山上の天界ならびに全仙人を司るのが、天帝の娘であり、最高の女仙である西王母である(Wikipedia)

『山海経』の西山経によると西王母は以下のような姿をしている
「西王母はその姿は人のようでありながら、豹の尾、虎の歯をもっていて、嘨(しょう、声を長く伸ばす歌い方)がうまい。天の災厲(さいれい)と五残(刑罰としての五種の斬殺)を司る」(『道教とはなにか』坂出祥伸)
また後の大荒西経には、「崑崙の丘(やま)には、人面虎身で白い文様があり、白い尾がある神人がいて、西王母という名である」と記されているという

天界へ通じる天門は崑崙山にあり、この天に通じる山を守るのが、天帝の娘である西王母なのである

これをSEKIROに当てはめるのならば、崑崙山は源の宮、天上は仙郷、西王母は巫女であり、天門は磐座となろうか(後述するが、どちらかというと源の宮は崑崙山というより蓬莱山である)

また、そもそも仙郷とは神仙思想の用語である
さらにSEKIROには道教の仙人と似たような者たちがいる

ミヤコビトである

だが、長生不老を追い求め、権力争いに耽るミヤコビト(壺の貴人)と、賢者然とした仙人・神仙ではイメージがやや異なるように思える

しかしながら、道教における仙人はむしろミヤコビトに近いのである

上大山禽獣博局鏡という後漢時代の銅鏡には以下のような文字が読める

『泰山に上り、神人を見るに、玉英を食い、澧泉(れいせん)を飲み、官秩を宜しくし、子孫を保ち、長き楽しみは央(つ)きず、富貴は昌(さか)んに、天と極まることなく、飛ぶ龍に駕し、浮雲に遊ばん』

また同じ時代の呂氏五乳羽人龍虎鏡にも

『呂氏の作る鏡自ずから紀有り。長く二親□孫子を保ち、不祥を辟(しりぞ)け去り古市(?)を宜しくす、吏と為れば高く升(のぼ)り人の右に居り、寿は金石の如し』

とあるように、「天界にあって俗界以上の栄楽と昇進を保とうというのが、仙人なのである」(『道教とはなにか』坂出祥伸)



陰陽五行説

陰陽五行説はSEKIROでは陰陽道として姿を見せる

この陰陽道の駆使する陰陽五行説はもともと道教のもの(かつて道教が取り込んだ)であり、また、陰陽道の使う呪符もまた道教のものである。さらに鬼神を使役することも道教の方術を取り入れたものである

つまり日本の陰陽道は道教の影響が強いのである

源の宮に確認できる霊符も『道蔵』に収載された道教の呪符である

また陰陽五行説をもとにした風水説では、名山や霊山の頂上に竜神が住むと考える。山頂の竜神から流れ出るのが竜脈であり、竜脈が集結する地点を竜穴という

これをSEKIRO的に解釈するのならば、桜竜から流れ出る竜脈の化身が「白蛇」となり、それが住む洞窟が竜穴となろうか。竜脈が集結する洞窟であるからこそ、岩潜りなる不可思議な敵がいるのかもしれない



医薬

道教における本草学の基となっているのは『神農本草経』(しんのうほんぞうきょう)である。中国最古の薬物書であり、365種類の漢方薬が記されている

薬は上品・中品・下品の三つに分類され、このうち上品(上薬)の最上位にある金丹と呼ばれる薬は、「久しく服用すれば寒暑に耐え、飢渇せず、不老にして神仙となる」という

道教の医薬書『黄帝内経医学』によれば、病は気の流通が滞ることから生まれ出るという。この気は血と根源的に同一のものであり、血の滞りも病を引き起こすという

これは停滞した血、あるいは淀んだ血により病が発生するという竜咳のメカニズムを道教側から説明したものである

道教において医を始めたのは「神農氏」とされている。彼は全国を回って多くの草をなめ、毒草と薬草とを区別し、365種の薬を考案したという

SEKIROに当てはめるのならば、神農氏とは道玄であろう。そしてその弟子であるエマが作り出したという薬水瓢箪もまた道教における金液還丹(飲むと病が治ったり神仙になれたりする液体)の流れを汲むものであろう

もとは九郎のために作ったとされる薬水瓢箪。なぜ不死である九郎にそれが必要だったかというと、道教において金丹や金液還丹は天界へ昇仙した仙人の食べ物(飲み物)でもあるからである

薬水瓢箪のかさを増やすものが種であるのは、西王母が不老長生を求めた前漢の武帝に与えた桃と、その種の逸話をモチーフにしたものかもしれない

その桃の種を植えても3000年に1度しか実がならないという

エマのモチーフを道教に求めるのならば、王夫人(太真王夫人)であろうか

王夫人は西王母の末娘であり、絶世の美女(ここ重要)であり、東岳泰山を司る神仙である。彼女は後に神仙となる男に怪我が直る丸薬を与えたりもしている

そして東岳泰山といえば、閻魔大王の司る山でもある。エマと閻魔大王の関係については「エマの秘密」で触れた(道教では泰山府君と閻魔は同一のものではないらしいが)



煉丹術

煉丹術は中国古代の錬金術と呼べるものであり、その主な材料は鉛や「丹砂」(硫化水銀)などの鉱物である

その目的は服薬すると不老長生をもたらす「神丹」を人工的に錬成することである

煉丹術には火法と水法があり、火法では鉛や丹砂を加熱、昇華、蒸留といった科学反応により性質を変化させていく手法がとられる。そうして得られるのは、水銀や砒素という劇毒物である

一方、水法は鉱物を水の中に溶解させて水溶液とし、その水溶液を放置冷却することにより結晶(丹)を析出する方である

煉丹術の観念をSEKIROに応用するのならば、変若の澱とは水法で得られる丹の一種となろうか

変若水を濃縮した際に生成される「変若の澱」とはつまり、水法によって生成される「神丹」のことであり、それを食らった虫が「不死」となるのも当然といえる

また、煉丹術は鉛や丹砂という劇毒物を原材料とすることから、それを服用した生物、人間に重金属中毒の症状が現れるはずである(即死しなければ)

不死の効能と重金属中毒の症状、この二つの結果を重複させると「ミヤコビト」になるであろうか(水銀中毒へのある種の好奇心は、DS3に登場する魔術「致死の白霧」が元は「致死の水銀」であったことやその効果などからもうかがえる)

煉丹術には神丹(金丹)の他に金液というのもある。中身は神丹と大体同じであるが、丹が固形物であるのに対し、金液は液体状である

道術には薬草由来の金丹や金液と鉱物由来の金丹、金液が存在するが、この二つの流れが薬水瓢箪の薬水と、変若水や変若水の澱という違いとなってSEKIROに現れているのではないだろうか



庚申信仰

庚申とは以下のような虫のことである

「人の身中には、三尸という虫がいる。三尸とは形がなく霊魂や鬼神のたぐいである。この虫はその人を早く死なせたいと思っている。人が死ねばこの三尸は鬼となって、思いのままに遊び歩き、死者を祀る供え物を食べることができる。そこで、庚申の日になると、いつも天に昇って司命(人の命数を司る神)に、その人の犯した過失を報告する」(『抱朴子』内篇)

この思想が日本に来ると、庚申(かのえさる)から申(さる)が連想され、庚申待を行う庚申堂には三猿(見ざる、聞かざる、言わざる)が脇侍として置かれることになった

SEKIROの四猿との関連は定かではない。あるいは変若の御子さまがたを三尸とし(三尸とは形がなく霊魂や鬼神のたぐい)、猿をその見張り役としての脇侍とみたてたものだろうか



蓬莱山

仙人たちの住まう仙境や仙郷、天界があるのは神山の上であることが上で述べた
神山のうち、多くの仙人が住むとされたのが蓬莱(ほうらい)、方丈(ほうじょう)、瀛州(えいしゅう)の三神山である

このうち蓬莱山は徐福伝説を介して日本と関わりが深い

徐福は秦の始皇帝の時代に生きた人である。彼は秦の始皇帝に願い出て、東の海の果て(渤海沖)にある三神山に向かったという。そこには長生不老の霊薬があるという

その後、徐福は海を渡って蓬莱山に漂着するのだが、この徐福が日本に到達していたという伝説が日本各地に伝わっているのである(Wikipedia)

つまりここでは蓬莱は日本と同一と考えられていたのである



崑崙山

道教において、東の海の向こうにあるとされたのが蓬莱山であり、西の果てにあるとされたのが「崑崙山」である

上述したように崑崙山には西王母が住み天界へ通じる門があるという。西王母を記録したもっとも古い書物は『山海経』であるが、この山海経にはおびただしい数の異形奇怪の怪物たちが記載されていることで有名である

以下はその一部

開明獣天帝の下界の都である崑崙の丘にある九つの門を守っている。その姿は大きな体で虎に似て、九つある首は全て人間の顔だという
燭陰(しょくいん)北海の鍾山(しょうざん)という山のふもとに住む神で、人間状の顔と赤い蛇のような体を持ち、体長が千里におよぶとされる
女媧(じょか)姿は蛇身人首であると描写される文献が残されており、漢の時代の画像などをはじめそのように描かれている
貫匈人(かんきょうじん)貫匈人は人間の姿をしているが、その胸に大きな穴があいていたという[2]。また『異域志』によると位の高い者はその胸の穴に竹や木の棒を通し、それを二人が担がせて(駕籠のように)移動するとされる。
夔(き)『山海経』第十四「大荒東経」によれば、夔は東海の流波山頂上にいる動物である。その姿は牛のようだが角はなく、脚は一つしかない。体色は蒼である。水に出入りすると必ず風雨をともない、光は日月のように強く、声は雷のようである。

とりあえずWikpediaにページがあるものから適当に選んだが、その姿の奇怪さが分かるかと思う

で、何が言いたいかというと、この中に入れば「桜竜」の姿もそれほど奇異ではないということである

※ちなみに『山海経』には応竜という名の竜も登場する。桜竜を「おうりゅう」と読むのならば、同じ読みである



竜の故郷

なぜ源の宮や仙境に道教思想が見られるのか?

それは例えば仙郷がそもそも神仙思想の用語であるとか、桃源郷や常世の国を源の宮に投影している。あるいは平安期における陰陽道の隆盛を表しているのだとかいろいろと考えられる

しかしながらそれらは、制作者の美学というか思想から選択されたものであって、ゲーム内の必然性から選ばれたものではない

SEKIROの主たる舞台は戦国期である。主人公の身分やストーリーを考えると戦国期である必然性がある。だが、源の宮が平安期である必然性はない。もっと古い縄文時代でもよいのである

けれども、源の宮はどうやら平安期あたりの時代設定であり、そこには陰陽道や陰陽五行説といった道教思想が見受けられる

このように源の宮に道教思想が見られる理由、そのゲーム内における必然性がこれまでどうしても納得できなかった。しかしながら道教思想を軸に蓬莱→崑崙→西王母ときて、『山海経』にまで至ったとき、ようやく答えを見つけた気がしたのである

つまり、源の宮に道教の思想が見られるのは、桜竜がそこに故郷の環境を再現しようとしたからではないだろうか

葦名に降りてきた丈が、仙郷の名残にと常桜を持ってきたように、追放された桜竜には故郷への懐郷の念があったのであろう

ゆえに桜竜は根付いた葦名の地に故郷を再構築しようとしたのである

桜竜の故郷とは、西王母の住まう崑崙山を含む『山海経』の世界であり、それは神仙が山に遊び、奇怪な鬼神が闊歩する、道教(神仙思想)の世界なのである

そしてそうした道教の世界観は、神仙思想が広まり不老長生を望む貴族たちが生きていた平安期の日本と重なるのである



蛇足

『十二国記』の新刊は、時間軸を使った叙述トリックだと思われる
同じ時代の同じような場面を複数描写しているように思えて、実はそれぞれ起こった時代は異なっているのである

現代において大人である人物が、その場面では子供として描写されていたり、現代では大人である人物が、そこでは若者として描かれていたりするのである

読者はそれを同じ時代の場面だと認識し、重大な認識の誤認を引き起こす
歌は、それぞれの時間を繋げる縦糸として用いられていると思われる

なぜ『十二国記』の話をしているかというと、特に理由はない

麒麟と王の関係が、竜胤の御子と従者の関係の裏返しになっているとか、泰麒と驍宗の二人の面影がなんとなく九郎と隻狼に重なったように思ったりとかはしていないし、妖魔は玉を食らうけどその玉は水の中にできるのか、とか考えてもいない

ただ蓬莱とか崑崙とか考えていたら書きたくなっただけである

2019年10月24日木曜日

Bloodborne 手記3 物語の構造

ブラッドボーンはゴシックとクトゥルフという二つの側面を持つ

このことはインタビュー(Future Press)において宮崎氏により明言されている

Bloodborneにはゴシックとクトゥルフの両方のホラーの側面があると思いますが、最初から描かれているのは前者であり、ゲームの視覚的な感覚のガイドを提供します。(上記インタビューの翻訳)

このうちゴシックの側面がゲーム上の基盤とされるのは、より現実に基づいているからである

それは、ゴシックホラーがより現実の世界に基づいているためです。(同上)

こうしたゴシック・ホラー的な世界がクトゥルフ的なコズミック・ホラーに侵食されていく、というのがブラッドボーンの物語構造である

※コズミック・ホラーとは宇宙的恐怖を描くジャンルのことで、ラヴクラフト作品に代表される

あなたはそのような世界を持っていますが、それはクトゥルフ風の恐怖によって徐々に侵食されています。そのようなイメージ。(同上)

要するにブラッドボーンの世界では、ゴシックとクトゥルフという二つの世界が存在し、後者が前者を侵食していくのである

「衝突」ではなく「侵食」であるのは、二つの世界の接触が世界の即時的な崩壊を招くのではなく、ある種の菌糸類や宿り木のように徐々に宿主(ゴシック)に融合・同化していくからであろう



ゴシック・ホラー

では、そもそもゴシック・ホラーとは何かというと、ゴシック小説を源流にもつホラーのことである
そしてゴシック小説は以下のようなジャンルの小説のことである

ゴシック小説(ゴシックしょうせつ)とは18世紀末から19世紀初頭にかけて流行した神秘的、幻想的な小説。ゴシック・ロマンス(Gothic Romance)とも呼ばれ、その後ゴシック・ホラーなどのジャンルも含むことがあり、今日のSF小説やホラー小説の源流とも言われる。 (Wikipedia)

ゴシック・ホラー作品として有名なものにエドガー・アラン・ポーの諸作品やブラム・ストーカーの『ドラキュラ』、メアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』といった怪奇小説がある

このうち宮崎氏がインタビューで言及しているのはドラキュラである

そうですね。ブラム・ストーカーの「ドラキュラ」とか,まずは,そういう雰囲気を感じてもらえればと思います。辺境の古都,その街は古い医療の街なのだけれど,風土病である「獣の病」が流行っていて――という感じですね。(4gamerインタビュー)

本作におけるゴシック・ホラーのモチーフとなったのはドラキュラの雰囲気であり、「獣の病」や「血の医療」といった言葉からも、吸血鬼との強い関連性がうかがえる



人狼

このうち獣の病と吸血鬼が関連付けられるのは、人狼と吸血鬼とがしばしば同じものとされていたからである

バルカン地方では狼人と吸血鬼とはしばしば同類として混同されるが、ブルコラカスと相似た響きのセルビア語のヴコドラクもやはり「狼の皮」を意味しており、さらにアレクセイ・トルストイの吸血鬼小説『ヴルダラク家の人びと』を引き合いにだすまでもなく、スラヴ語でもこの言葉は吸血鬼を意味している(『吸血鬼幻想』種村季弘 河出文庫)

セルビア語の「Vrolok」「Vlkoslak」という単語は、人狼もしくは吸血鬼という意味がある(『吸血鬼ドラキュラ』)。また吸血鬼を意味するギリシア語の「ヴリコラカス、ブルコラカス」はもともと人狼を意味する言葉であり、「完全に死んでいない者」をそう呼んだという(『吸血鬼幻想』)

このほかに一般的な吸血鬼の特徴として、オオカミやコウモリに変身したり、狼の群れを使役するといったようにオオカミは吸血鬼の眷属あるいは変身後の姿として考えられていた。これは、吸血鬼の牙がオオカミの牙を連想させるからであろう

16世紀後半のドイツでは吸血鬼は「ナハツェール(Nachzehrer)」と呼ばれていた(「死んだ後でむさぼり喰らう者」というほどの意味である)(『吸血鬼幻想』)

ナハツェールになるのは出産の時に胎盤や羊膜を被って産まれてきた赤子ともされる。一方、そのようにして産まれた赤子は人狼や吸血鬼になったり、吸血鬼ハンターになったりするとも言われる(『吸血鬼幻想』、『ヴァンパイア 吸血鬼伝説の系譜』、『精霊の王』)

ここには、人狼/吸血鬼/吸血鬼ハンターが類縁にあるという観念が見受けられる

※吸血鬼ハンターになる者として最も有名なのが、吸血鬼と人の間に生まれた子が吸血鬼を滅ぼす力を持つという観念であろう


吸血鬼の宿敵としての人狼という構図は昨今のフィクションで頻繁に見られる構図であるが、人狼のみならず狼も吸血鬼の宿敵と見られていた

ルーマニアでは、ジプシーの村の墓場には白い狼が棲んでおり、ヴァンパイアが発生すると貪り喰らうといわれている。ユーゴスラビアでは地上をさまようヴァンパイアは最後には狼に出会い、ばらばらに引き裂かれる(『ヴァンパイア 吸血鬼伝説の系譜』 森野たくみ)

吸血鬼との関連とは別に、人が狼に変身する「獣人現象(ゾアントロピー)」は古代から知られている

北欧神話におけるウールヴヘジン(あるいはベルセルク)、ヘロドトスの『歴史』にあるネウロイ人、『ダニエル書』にあるネブカドネザル王の伝説、ギリシア神話のリュカオン等々、挙げていくときりがない(ゼウス自身もゼウス・リュカイオンという異名を持つ)

その解釈としては、法から追放された者のことをそう表現したというものや、毛皮を被るなどして象徴的に獣に変身することが儀礼の一部であったというもの、麦角菌(ばっかくきん、LSDの原材料)による幻覚作用、狂犬病による症状等々がある

このうちの狂犬病は吸血鬼現象の原因とされることもあり、ここでも人狼と吸血鬼の類縁関係をうかがうことができる

要するに獣の病という現象は、人狼を介して吸血鬼現象とリンクしているのである

※吸血鬼関係の書籍を読むと必ずと言っていいほど人狼も一緒に取り扱われるのは、歴史的に両者が混同されてきたという事情がある



吸血鬼

吸血鬼現象に関しては古今東西、おびただしい数の伝承・伝説が存在するので、詳細はWikipediaを参照して欲しい

さて、人の血を吸うイメージの強い「吸血鬼」であるが、もうひとつの重要な要素は「生ける屍体」であることだ

その原因としてエドガー・アラン・ポーの『早すぎた埋葬』や『アッシャー家の崩壊』にもあるように、強直症(カタレプシー)や仮死状態の生体を死亡状態にあると誤診したことが挙げられる

医学の発達していなかった当時、人が本当に死んでいるのか、それとも仮死状態であるのかを判別するのは非常に難しかったのである

そのような誤診を受けて「早すぎた埋葬」を被った人間は、墓の下で息を吹き返しても地上に出ることが出来ず、もがきながら死んでいったのである。後に墓を暴いた者が目にしたのは、墓の下で生き続けていた死者であり、つまるところ「生ける屍体」なのである

そうした生ける屍体という観念を引きずる吸血鬼、その代表たるドラキュラ伯爵が棺桶で眠るのも彼が屍体だからであり、吸血鬼退治の最も有効な手段とされるのが墓を暴いて杭を心臓に打ち込むことであるのも、吸血鬼がまず「屍体」だからである

「夜ごとに死者が蘇り、生きている人間の血をすする」

これがゴシック・ホラーにおける吸血鬼の骨子である

なぜ死者が生者の血を必要とするのかというと、血に生命の源が含まれているからであろう

血に生命の源が含まれているという考え方は古くから存在する

すべて肉の命は、その血と一つだからである。それで、わたしはイスラエルの人々に言った。あなたがたは、どんな肉の血も食べてはならない。すべて肉の命はその血だからである。すべて血を食べる者は断たれるであろう。 (レビ記17章14節)
わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者には、永遠の命があり、わたしはその人を終りの日によみがえらせるであろう。(ヨハネによる福音書6章54節)

レビ記では血を飲むことは禁忌とされ、一方、ヨハネ福音書ではキリストの血は永遠の命をもたらすとされる

血に対するこうした二律背反的(アンビバレンツ)な感情が、吸血鬼現象への人々の忌避と憧憬という矛盾した反応として現れるのである

血液への恐怖と崇拝はブラッドボーン内にも確認される。血を恐れあくまで瞳を求めたウィーレムと、血を利用することで血の医療への道を突き進んだローレンスである

「…我ら血によって人となり、人を超え、また人を失う 知らぬ者よ かねて血を恐れたまえ」


オドの力

さて吸血鬼に話を戻す。吸血鬼は人の血を吸うことで生命の源を摂取するとされているが、生命の源の正体とはそもそも何であるか

科学が発達していない時代ならば、それは神の力として説明出来たであろう。しかしブラッドボーンの時代はヴィクトリア朝であり、産業革命の時代であり、科学の時代であり、啓蒙の時代である

啓蒙主義の時代にあって生命の源を神に求めることは嫌忌され、それはあくまでも科学的な力でなくてはならなかった

その答えのひとつが、ドイツの化学者カール・フォン・ライヘンバッハが提唱した「オドの力」である(wikipedia)


宇宙に存在するすべてのものは、あるエネルギーを放出しているという。そのエネルギーをライヘンバッハはオーディンにちなんで「オドの力」と名付けたのである

オドの力は厳密には科学とは言えず現在からみれば疑似科学である。しかしながら当時まだ存在していた錬金術師や魔術師たちは、その曖昧さゆえにこぞって自説に取り込んでいったのである

いわゆる動物磁気やオーラ(アウラ)といった霊気がそれである

吸血鬼は血液を吸うことで犠牲者のオドを吸っているとするのが「オド・ヴァンピリスムス」である(『吸血鬼幻想』種村季弘 河出文庫)。

これによればオドという液体状の発光体が人間の肉体をすっぽりと包み込んでいるという。吸血鬼はそのオドを吸収することによって生命エネルギーを得ているのである

その際に血液をも吸わねばならないことから、オドは血液に最も多く含まれるものであり、血液のもつ生命エネルギーの本質でもあると考えられた

「人であるなしに関わらず、滲む血は上質の触媒であり それこそが、姿なきオドンの本質である 故にオドンは、その自覚なき信徒は、秘してそれを求めるのだ」(カレル文字「姿なきオドン」)

またオドンは、姿なき故に声のみの存在であるという

「人ならぬ声の表音となるカレル文字の1つ 上位者オドンは、姿なき故に声のみの存在であり」(カレル文字「姿なきオドン」)

旧約聖書『創世記』第4章において、カインは弟のアベルを殺害する(人類最初の殺人とされる)。このとき殺されたアベルの体から流れ出た血が、神に向かって兄の罪を叫んだという

 『主は言われた、「あなたは何をしたのです。あなたの弟の血の声が土の中からわたしに叫んでいます。』(創世記4章10節)

殺された者の流した血が叫ぶという観念は古代より存在し、まさしく血の遺志が声となって殺人者を告発したのである



キリスト教

このようにゴシック・ホラー時代の吸血鬼にはキリスト教の影響が色濃い。土俗的な吸血鬼の弱点としてしばしば挙げられるのが、杭(心臓に突き立てる)や、ニンニク(臭いによる悪霊避け)、また断首するための剣や斧、あるいは銀などである

ゴシック・ホラー時代の吸血鬼にはこれらに加えて、十字架や十字架の描かれた銀硬貨を溶かして作った弾丸、イコン(宗教的な図像)、聖水、聖餅といったキリスト教由来の弱点が増える

血は永遠の生命(キリストの血)であると同時に、飲んではならない禁忌のもの(レビ記)というキリスト教の二律背反的な観念が転写されるのである

また血は遺志を叫ぶ性質(アベルの血)があり、アベルの殺害時に発生した罪は、原罪と共にキリストの血によって贖われる

そのキリストの血を受けたのが、聖杯である

血という物質を媒介にして、吸血鬼現象は聖杯にも至るのである

※やや話がそれるが小野不由美の『屍鬼』に登場する屍鬼には吸血鬼や人狼によく似た性質が確認できるが、屍鬼の誕生にはキリストの血が関係している


ブラッドボーンにおける血や聖体、聖杯や地下に広がる神の墓地の関連性は以上のようなキリスト教の観念から生じたものである

「血の救い、その源となる聖体は、大聖堂に祀られていると聞いています」(アルフーレト)

「ヤーナムの地下深くに広がる神の墓地 かつてビルゲンワースに学んだ何名かが、その墓地からある聖体を持ちかえり そして医療教会と、血の救いが生まれたのです」(アルフレート)




擬生体

吸血鬼の一風変わった解釈として、吸血鬼を擬生体とする考え方がある

後期ロマン派のカトリック主義者ヨーゼフ・フォン・ゲーレスがその著作『吸血鬼とその犠牲者』において説いたという吸血鬼=植物性動物説である

簡単にいえば、ゲーレスの考えでは、吸血鬼の屍体は精神生活や動物的生活こそ失ったが、そこで完全に死に移行することはなく、植物の段階に退行して、いわば「植物性動物」の陰々滅々たる生活を送っている擬生体だというのだ。だから吸血鬼の血は「温かい生命の血」ではなくて、「冷たい植物の液汁」である。(『吸血鬼幻想』 種村季弘 河出文庫)

擬生体である吸血鬼は、植物の根に相当する毛細管から大気中の湿気を吸うという。湿気は静脈を通じて心臓へと至り、肺を通って動脈へと流れ込み体内に環流していく

※ドラキュラ伯爵の棺を運搬するとき、棺の中に故郷トランシルヴァニアの土が必要であるのは吸血鬼が何よりも植物的であるからではないか、と種村季弘は推測を述べている

「地下に咲く死の花たる吸血鬼」(種村季弘)にふさわしい敵がブラッドボーンには登場する

まず思いつくのは蛍花である
これはビルゲンワースの個体だが、地下の聖杯ダンジョンに多く見られる


眷属の多くが植物的な特徴を有することは、眷属の姿をいくつか思い浮かべてみると分かるかと思う。例えば「蛍花」「瞳の苗床」といった姿や名前からのもの。あるいは、巨大な星輪草と共にある失敗作たち、ロマの体から生える発光性の菌糸(あるいは植物)、脳喰らいの根状のヒゲなどである

ただし実際には「植物」そのものというよりも、「植物性動物」であると思われる

この植物性動物とは、要するに植物のような動物であるが、その性質を生物界において最も強く体現しているのが「深海生物」や「菌類(とくに粘菌)」である

例えばウミユリや、ヒトデといった棘皮動物は動物であるが極めて植物的な生態をしており、もっとも早くに誕生したと思われるウミユリなどは、その名の通り深海に咲く花そのものである

棘皮動物は基本的に五放射相称の形を取るが、これはクトゥルフ神話に登場する「古のもの」の特徴とも一致する

また環形動物門に属するチューブワームの形状はエーブリエタースの顔から伸びる筒状の触手のそれとうり二つである

星の子らの形状はウミウシに酷似しており、「ウミウシ」の名の由来たる牛角に似た突起という特徴まで備えている(基本的にウミウシは浅い海の底にいるとされるが、深海にすむウミウシも確認されている)

そして深海にはウミグモと呼ばれる生物も生息しているが、水の中に棲むクモという生態学的な特徴は、白痴の蜘蛛、ロマと共通するものである(ただしウミグモは地上の蜘蛛の仲間ではない)

次に粘菌であるが、粘菌の仲間、とくに変形菌は動物と植物の性質を強く併せ持つことが知られている(ナウシカの原作にも登場するあれ)

変形菌(へんけいきん)とは、変形体と呼ばれる栄養体が移動しつつ微生物などを摂食する“動物的”性質を持ちながら、小型の子実体を形成し、胞子により繁殖するといった植物的(あるいは菌類的)性質を併せ持つ生物である。(Wikipeida)

さて深海生物や菌類の一部は「生物発光」することで知られているが、眷属たちの多くも発光能力をもつ

深海生物や菌類に似た形状、そして発光するという能力、「蛍花」や「瞳の苗床」などの名前、植物的な生態などから鑑みるに、眷属とは「植物性動物」の特徴を持つものがそう呼ばれるのではないかと思われる

また眷属は英語版では「kin」という単語が使われているが、これは日本語の「菌」とかかっているのかもしれない(遺志、石、遺子、医師と同じような言葉遊び)

とすると、眷属とは植物性動物の特徴をもつ個体のうち「菌(Kin)」の特徴を有するものとなろうか



コズミック・ホラー

長くなったが以上が吸血鬼現象を中心としたゴシック・ホラーの基本的な世界観ならびに知識である

吸血鬼という広範な現象が内包する要素をまとめたものが以下の図である



こうしたコズミック・ホラーにクトゥルフ的なコズミック・ホラーが浸食してくる、というのがブラッドボーンの物語構造であることは上でも述べた

それは一体どのようにして浸食してくるのか

吸血鬼現象に不可欠な「血」によってである

吸血鬼というゴシック・ホラー的な概念が、血を媒介にすることで、一気にコズミック・ホラーの侵入を許すのである

それまで単なるゴシックの恐怖であったものが突如として変貌し、まったく異質な宇宙的恐怖として現前するのだ

人狼、つまり獣の病はその頂点としての「月の獣」となり、キリスト教は聖杯(古い血)を通じて「上位者の赤子」へと至り、オドの力は滲む血を本質とする「オドン」へと繋がるのである

また生ける屍体は死後の出産という早すぎる埋葬を経て「ゴース」やゴースの遺子となり、植物性動物は生態的に類似した深海生物や粘菌を経て「エーブリエタース」へと繋がっていく(そして眷属とは植物性動物のうち「菌類」の特徴をもつもののことである)

まさに「血はすべてを溶かし、すべてそこから生まれる」(儀式の血)のである

これらの関係を図にしたのが以下の画像であるが、これは暫定的なものですらなく、たんに私の頭のなかにある漠然としたイメージを図にしたものである
さらに外側にクトゥルフの神々が存在する


個々の関係性については、説明を詳細に書き入れることができるものもあればできないものもある。星海からの使者の位置は大きな課題である。植物性動物を粘菌と深海生物に分けるべきだったのかもしれない。いっそオドンを菌類にしても良いのかもしれないが…


※また今回は取り上げなかったが、フランケンシュタイン博士の怪物は「再誕者」として現れる

これがゴシック・ホラーの要素をコズミック・ホラー的に解釈した結果であり、その唯一の媒介項は「血」なのである(Bloodborneとは日本語に訳すと「血液感染」の意)

つまるところ、ゴシック・ホラーは血によってコズミック・ホラーに感染したのである

※Bloodborneのborneには「生まれる」という意味も含まれていると思われる


蛇足

ブラッドボーン本編の考察というよりも、宮崎氏のインタビューの考察である。よって上記の図はゲーム本編との一致を目的としたものではない

あくまでもゴシック・ホラーにコズミック・ホラーが侵入する際の「浸食の仕方」を考察したものである
ゲーム本編の考察が進めばまた違った結論が出てくると思われる