2017年7月28日金曜日

Bloodborne DLC考察 双子の悪夢

1.はじめに

本編ではなくDLCの考察をする理由

1.本編の資料が膨大すぎて手に負えない
2.フロムゲーのDLCは本編を解体・圧縮し再構成したような構造となっている
3.本編とDLCを対比することで、相互に補完できる

1に関して言えば、時間的な制約(ドラクエ11)があり断念したという救いようのない事情があるが、さらにいえばDLCの考察といっても、その焦点はゴース周辺のものだけである

2に関して言えばDS3のDLCに顕著に表れているのだが、フロムゲーのDLCは基本的に本編と鏡像関係にあるといっていい

DS2の本編である王殺しの物語とDLCの王たちの物語に関してもそうであるし、DS1のDLCも今思えば、本編は英雄の成功譚であり、DLCは英雄の失敗譚である

単純にそっくりというわけではなく、構造を解体し、圧縮、再構成した上にさらに別の角度からの視点を導入している

3については、補完といってもごく一部であり、全体として完全に説明できるようになるというものではない
その多くは、DLCのごく狭い範囲、人々の行為を理解できる範囲でこじつけたという程度である

DLCの大まかなストーリーライン

端的にまとめるとDLCのストーリーは、
主人公が狩人の秘密に迫り、その根源を消滅させることで悪夢を終わらせる
となる

実はこれ本編とほとんど同じである。ちなみに本編をざっとまとめると
主人公がメンシス学派の儀式に迫り、その根源を消滅させることで悪夢を終わらせる
となる

要約マジックと言われれば否定しないが、フロムゲーの本編とDLCの関係を見ていると、故意にこうした構造を取っているのではないかと邪推したくもなる

さて、大まかなストーリーがわかったところで、次に小さな考察をいくつか述べていこうと思う

DLCと全く関係のない部分の考察であったり、結論を示さずにぶつ切りだったりするかもしれないが、最終的な考察に繋がるので、外せなかったのである

先に小さな考察を述べるのは一本の考察にまとめようとすると、その都度考察を挿入しなければならず考察が冗長になり、また散漫なものとなるからである

2017年5月15日月曜日

竜の御子(2017/5/17補足追記)

竜の御子

単語だけが唐突に登場し、詳しい説明は一切されない「竜の御子」
ダークソウルシリーズには「3人の竜の御子」がいる

登場順に挙げると
1.DS2に登場した「緑衣の巡礼シャナロット」
2.DS3に登場する「オスロエスの子オセロット」
3.DS3DLC2に登場する「フィリアノールの騎士、シラ」

これを誕生順に並べ替えると
1.シラ(DS1の時代)
2.シャナロット(DS2)
3.オセロット(DS3)
となる。設定的には各作品に一人はいることになる

シラ
彼女が自らいうように、シラは公爵の娘である
私も神の末、公爵の娘、シラ。そして、ミディールの友人です
公爵とはシースのことであると思われる
フィリアノールの騎士、シラの頭冠
繊細な銀細工に、バイバルの真珠があしらわれている(シラの頭冠)
 ここにいうバイバルとはDS1の結晶洞穴に登場する五足のバイバルであり、その結晶洞穴はシースの本拠地だ

つまりシラは白竜シースの娘=竜の御子である
シラという名もまた、白という漢字から取られたと思われる。古い時代の日本では白をシラと呼ぶことが多い(オシラサマやシラヤマヒメなど)

シャナロット
私の名は、シャナロット
それは名を持たずに生み出された私に
あの竜がくれた名前
私は人によって生み出された竜の子
かつて定められた因果を超えようとした者たち…
その者たちが私を生みました
しかし、その思惑は頓挫しました
私は、失敗作だったのです
因果を超えようとした者たちが作り出した竜の子(結局失敗したが)
つまり竜の子とは「因果を超える」ために必要な存在である

因果を超えようとした者たちとはアン・ディールのことと思われる
私は、アン・ディール
かつて因果に挑み、果たされず
ただ、答えを待つ者
玉座を求めよ
光も、そして闇も その果てに…
では因果とは何か
道など、ありはしない
光すら届かず、闇さえも失われた先
何があるというのか
だが、それを求めることこそが
我らに課せられた試練…(探究者エンド)
「光すら届かず、闇さえも失われた先に何があるのかを求める」ことこそが、因果に挑むことであり、因果を超えることである

オセロット
妖王オスロエスが生みだした竜の御子
血の営みから逃れたオスロエスは白竜シースの力に救いを求めた
王はロスリックの血の営みに発狂
大書庫の異端と繋がったという
それは白竜シースの歪んだ信仰だった(妖王オスロエスのソウル)
白竜シースの研究はある程度の成果をあげた
妖王オスロエスの妄執の果ての魔術
白竜シースの結晶のブレスを放つ
結晶のブレスは貫通する
かつて「ビッグハット」は白竜に共鳴し
裸の探究の末、その神の業を己のものとしたという
オスロエスはそれを知り、また啓蒙を得たのだろう(白竜の息)
そしてついに竜の御子を生み出すことに成功する
ああ、愚者どもめ。ようやく気付いたのだろう
愛しいオセロット、竜の御子の力
だが、そうはいかぬ
この子は、私のすべてだ(オスロエスのセリフ)
オスロエスが透明な何かを抱えているが、その姿は解析しないとみられない
忌まわしい何かが生まれたことは、王妃が消え去ったことから確かであると思われる
彼女は先王オスロエスの妻であり豊穣と恵みの女神にすら例えられたが
末子オセロットを産んだ後、姿を消したという(女神の祝福)

※プリシラ
プリシラは半竜であって竜の子とは異なる
半竜は身体に竜の特徴を持つが、竜の子は外見的に人と変わらない

竜の御子考察

竜の御子は因果を超える力を持つ(あるいは持つことを期待された)

シャナロットは失敗作であり、因果を超えることはできなかった

シラは因果を超えている(DLCの最後の舞台に突然、まるで時の流れを無視したように現れるのは、彼女が因果を超える存在であるからだろう。時間という因果を超える存在なのだ)

さて、オセロットはどうだろう?

そもそもオセロットとは何者なのだろうか?

DS3において因果を超える力を持つキャラクターがシラの他にいただろうか?
光すら届かず、闇さえも失われた先に到達できるような存在がいただろうか?

一人だけあてはまる人物がいる

火継ぎの祭祀場の火防女である

火継ぎという因果を終わらせることのできる唯一の存在、それは火防女の瞳を得て、火継ぎの終わりを見た火防女しかいない

※英語版でオセロットが男性の人称代名詞で呼ばれている件は後述する

オスロエスが竜の御子に固執した理由もここにある

彼が発狂した原因であるロスリック王家の「血の営み」とは、薪の王を生み出すためのおぞましい所業だった
資格者を求めたロスリックの血の営みは
やがて人を外れ、おぞましい所業と堕した
正に火継ぎとは呪いの道であろう(王の薪)
王家の悲願、薪の王たる運命に生まれた彼
しかし病を抱え萎びた赤子であった(祈祷シリーズ)
オスロエスはこの「呪いの道」から逃れようとした
そのためには火継ぎという因果に挑む必要があった

つまり、火継ぎの終わりを希求したのだ
だが、火継ぎの終わりはロスリック王家代々の血の営みを無に帰すものだった

ロスリックの正道から外れた王を誅すべく、ロスリック王家の重臣たちは刺客を差し向けたが、結局は失敗に終わる
ロスリックの先王、オスロエスの指輪
背後からの攻撃のダメージを軽減する
オスロエスは晩年竜に魅入られ
正気を失った彼は妖王と呼ばれ
多くの刺客が差し向けられたが
そのことごとくが失敗したという
妖王はそれを竜鱗の加護と呼んだ(竜鱗の指輪)
先王オスロエスは、竜に魅入られ妖王となり
多くの刺客を差し向けられたという
しかし誰一人、無事戻るものはなかったと(影シリーズ) 
暗殺の命を出したのは三柱(騎士長、賢者、祭儀長)だっただろう
王を支えるとされた三柱だが、
古くよりロスリックでは
祭儀長は王を支える三柱のひとつとされた
それは常に女であり、王子の乳母でもあったという(祭儀長の指輪)
実状はそう単純ではなかったようだ
王と三柱との主従関係が危ういバランスの上に成り立っていたことが「狩人の指輪」のテキストからうかがえる
狩人は、古くよりロスリックの黒い手であった
三柱に対抗し、また密かに刑するために代々の王たちは黒い手を頼んだのだ(狩人の指輪) 
さて、オスロエスは火継ぎの終わりを求め、そのために「竜の御子(人造の火防女)」を造り出そうとしていた
大書庫の異端と繋がったオスロエスには、力強い協力者がいた

結晶の古老である
結晶の古老は大書庫の賢者たちの導師であり後に双子の片割れが、不死隊の同盟者となった(結晶の古老のソウル)
結晶の古老はシースの力を受け継ぐローガンの末裔だった
それはウロコのない白竜、シースの力であり
それに見え啓蒙を得たローガンの魔術である
結晶の古老は、その末裔なのだ(結晶のスクロール)
数多くの失敗の果てに竜の御子製造計画は成功しただろう

そうして生まれ出たプロトタイプの火防女にオスロエスは「火防女の瞳」を渡した
火の無い祭祀場で死んでいた火防女が「火防女の瞳」を所持していた理由がこれである

聖遺物ともいえるような貴重な「火防女の瞳」を一介の火防女が入手できるとは考えにくい。やはり何者かが何らかの意図をもって火防女に渡したのだ。「火防女の瞳が見せるものの知識」と「動機」、その両方を持っているのは白竜シースの魔術を研究し、因果を超える竜の御子を造り出そうとしたオスロエスしかいない

火防女は「火防女の瞳」により「火継ぎの終わり」を見た
だが、決して知られてはならないそのことを、他者に知られてしまう
そしてこのことは、固く秘しておきましょう。誰にも知られてはいけません(現在の火防女に「火防女の瞳」を渡した後の会話)
その事実を知ったのは二人。一人はルドレス
…ああ、君は、彼女を見つけたのだね
そしてその内に、暗い瞳を見出した、そうだろう?
懐かしいことだ
あの頃私たちは、ただそれを隠すことしかできなかった
ずっと昔の話だ…
…君に伝えておこう
それはあの火防女に僅かな光を与え、ある光景を見せるだろう
瞳無き彼女が、決して見るべきでない裏切り
火継ぎの終わりをね(火防女の瞳を入手した後のルドレスのセリフ)
 もう一人は祭祀場の侍女である
貴方様、呪いに囚われたくなければ
あまり長居は無用ですじゃ
今は暗く、誰もなくとも、火は静かに消えるもの
…それとも、貴方様、もはや手遅れですかのう?
丁度あの娘のように
フフフッ…フフ(火の無い祭祀場の侍女のセリフ)
「祭儀長の指輪」を販売していることから、この侍女は「祭儀長(おそらく先代の)」か、祭儀長につながる人物だと思われる
そもそも祭祀場そのものが祭儀長の司る領域の可能性も高く、「火継ぎの終わり」を見た火防女の情報は速やかに祭儀長に知らされただろう

薪の王による「火継ぎ」を目指す三柱にとって、「火継ぎの終わり」を見た火防女は極めて危険な存在となった

ただちに暗殺者が送られ、火防女は殺害された
暗殺者は「結晶の娘、クリエムヒルト」と様々な証拠から推測される

当時のロスリック王国は隠遁したオスロエスに代わりロスリック王子が最高権力者になっていたと思われる(王位に就いていないのだとしたら、あるいは三柱が権力を握っていたか)

オスロエスの三柱がそのまま地位を保っていたかはわからないが、オスロエスと結びついた大書庫勢力が処罰を受けたであろうことは想像に難くない
結晶の古老の愛弟子クリエムヒルトは、導師の起こした不祥事の尻ぬぐいのため、また大書庫勢力の名誉を挽回するために、自ら暗殺の任に就くしかなかった

暗殺を果たしたクリエムヒルトだが、肝心の「火防女の瞳」には手を付けずに去っている
事態の根本原因でもある重要なアイテムが放置されているのはいかにも納得がいかない
だが、事実彼女は「火防女の瞳」を放置して立ち去っている

なぜか?
彼女は結晶の古老から「それに触れるな」と厳命されていたからだ

ここでクリエムヒルトの着用している火防女の服が重要な意味を持ってくる
暗殺した火防女の服を奪って着用しているのだ、という仮説も考えたのだが、どうも説得力が欠ける気がするし、そんなことをする充分な理由もない

だとしたらなぜクリエムヒルトは火防女の服を着ているのだろうか?

それが彼女の正式な装束だったからだ、というのがその答えだ
「結晶の古老」が「結晶の〇〇」と呼ばれるのは、シースに見え啓蒙を得たローガンの末裔だからである
それはウロコのない白竜、シースの力であり
それに見え啓蒙を得たローガンの魔術である
結晶の古老は、その末裔なのだ(結晶のスクロール)
だとしたら「結晶の娘」もローガンの末裔なのだろうか?
否、彼女は古老の愛娘でもローガンの末裔でもなく、あくまでも愛弟子
結晶の古老として知られる双子の導師が
愛弟子クリエムヒルトに授けた結晶の杖(古老の結晶杖)
彼女はローガンとは無関係だ。だが「結晶の〇〇」と呼ばれている

なぜか?

彼女はローガンとは無関係だが、その上流、シースと関係があるからだ
結晶とはシースの力の片りんであり、シースの力の根幹だった

つまり「結晶の娘」とは「シースの娘」と言い換えることでき、これをさらに言い換えると、「竜の御子」となる

そうクリエムヒルトもまた竜の御子だった。だが彼女は失敗作だった。しかしその魔術の素質を見抜いた古老によって弟子にされ育てられたのだ

だが本質はあくまでも「竜の御子」であり、ゆえに「竜の御子」の衣装を身にまとっている。そして竜の御子である彼女にとって「火防女の瞳」は危険な代物であった
だからこそ結晶の古老は愛弟子を守るために「それに触れるな」と命じたのだ

さて、実は竜の御子の失敗作は彼女だけではない
因果を超えるような凄まじい力を持った竜の御子を、失敗なしに作れるとは到底思えない。そこにはおびただしい数の失敗作が生みだされたはずだ

ここで作品は異なるが「ブラッドボーン」の偽ヨセフカを思い出してほしい
彼女は患者を実験体とし上位者を造り出そうとしていた。そしてその失敗作を診療所の裏手にある禁域の森に捨てていた

類似した構造が頻出する宮崎作品にあって、この偽ヨセフカの構造がダークソウル3では、妖王オスロエスとして現れたのだろう

つまり、オスロエスは竜の御子を造り出そうとして、副次的におびただしい数の失敗作を造り出してしまったのだ

失敗作はどうなったのか?

もちろん裏手に捨てられたのだ

妖王の庭の裏手には無縁墓地があり、そこにある祭祀場の塔には「おびただしい数の火防女の死体」が捨てられている

だが中には火防女の力を有するものや、別種の力に秀でた竜の御子もいた
それが「火防女の瞳を持って死んでいた火防女」や「クリエムヒルト」だった

やがてついにオスロエスは竜の御子の完成体を生み出すことに成功する

アン・ディールにも作ることができなかった、因果を超える力を持つ完全な竜の御子

オセロット」だ

竜の御子であるオセロットは、シース由来の不死身の力と、火継ぎの終わりをもたらすことのできる火防女の力を兼ね備えている

実は「不死の火防女」というのはかなり稀有な存在
DS1の火防女は普通に死ぬし、DS2の巡礼も普通に殺せる
さらに火の無い祭祀場の火防女は、登場時からして死んでいる

殺しても殺しても生き返るような不死身の火防女は、火継ぎの祭祀場にいるあの火防女だけなのだ

そしてついにアンディールの悲願は成就され、世界は因果を超える
灰の方、おかしな話をお許しください
あの瞳の見せる、火の消えた世界は、永遠に続く暗闇です
…けれどそれは、瞳の無い私たちのそれとは異なり
どこかずっと先に、小さな火たちがあるように思えるのです
それはまるで、王たちの継いだ火の証、残り火のように
だからこそ、私はその暗闇に惹かれるのでしょうか?
火の時代の始まりに「裏切り」があり、それに関わったのが鱗の無い白い竜であるように、火の時代の終わりには「裏切り」があり、それに関わるのが光の無い白い竜の子である

補足

オセロットについて
英語版でオセロットは「He」と呼ばれている。男性の人称代名詞だ。
ここからオセロットが男であり、火防女ではない、という論が成り立つ

日本版ではどう書かれているかというと
愛しいオセロット、竜の御子の力に
この「御子」という言葉、古くは「童子」や「子供」を意味する言葉であり、そこに男女の差異は存在しない

例えば酒呑童子、茨城童子などが有名であるが、このうち「茨城童子」には女性説が存在する。つまり童子には男の子という積極的な意味合いはない

だが、童子という言葉にはやや男の子的な意味合いが感じられるのも事実だ
御子を翻訳しようとしたとき、人称代名詞が「he」になってもやむを得ないというものだろう

あの娘について
…それとも、貴方様、もはや手遅れですかのう?
丁度あの娘のように
祭祀場の侍女のいう「あの娘」はクリエムヒルトを指すのではないか、という説が不意に頭をよぎったので自分で否定してみる

無縁墓地は過去の世界だというのがだいたいの定説となっているかと思われる
つまり無縁墓地のクリエムヒルトは過去、大書庫に登場するクリエムヒルトが現在だ
もし「あの娘」がクリエムヒルトを指すのだとしたら、手遅れであったはずの彼女が、ほかの二人の仲間と組み、灰を迎撃してくるということになる

呪いにとらわれ「手遅れに」なってから長い時を経て、まだ戦う力や意思を有しているということになるが、だとしたら「手遅れ」という表現と矛盾しているように思われる

やはりあの娘とは、死んでいる火防女のことだろうと考えるのが自然だろう

竜の御子の母
オセロットの母は言うまでもなくオスロエスの王妃である
だが他の竜の御子については不明である

想像だが、おそらく母体となった女性は数多くいただろう
しかしそのことごとくを失敗し、やがて母体がいなくなってしまった

オスロエスは最後の手段として自分の王妃を母体とすることにした
そうして生まれたのがオセロットだった

火防女について(追記)
必ずしも火防女=竜の御子と言いたいわけではない
あくまでDS3の世界における特定の火防女が竜の御子だといいたいのであって、DS1の火防女やDS3の一部の火防女は、竜の御子ではない

火防女には天然の火防女と人造の火防女がいて、DS1の火防女などは天然だろうと思われる
また、シラの例を見るように竜の御子が必ず火防女になるわけでもない

シースと火防女(オセロット)の関係について(追記)
二者を繋ぐ概念は「裏切り」である
シースは古竜を「裏切る」ことで、世界の秩序を変え、
火防女は「火継ぎの終わり」という「裏切り」によって世界の秩序を変えた

シースは白く、鱗がない
火防女は白髪で、瞳(光)がない

火の時代の始まりに「裏切り」があり、それに関わったのが鱗の無い白い竜であるように、火の時代の終わりには「裏切り」があり、それに関わるのが瞳の無い白い竜の子である




2017年5月13日土曜日

図説ダークソウル3の世界構造

文字だけだとわかりにくいうえに自分でも混乱するので図にしてみた

※ダークリングとは「ダークリングが空に浮かんでいるマップ」のこと
※時間軸ではなくて時間。左から右に時間が流れているわけではない。様々な時間相を保ったマップが同じ時代に存在している
※図ではかなりずれているが、生贄の道、深みの聖堂、ファラン城塞はだいたい同じ時間相
※DLCに関しては暫定的なもの
※青空のマップは時間から切り離されている可能性があり、古い新しいという基準が存在しないかも

気付いたことなど
吹き溜まりにはダークリングがあるのに、輪の都は黄昏(薄暮)の世界なのは、時空がそこだけ切り離されているのかもしれない

あまり急激にマップの時間を変えるとプレーヤーが違和感を覚えると思ったのか、それぞれの時間相の間には空の無い「通路的」なマップが挟まれている

青空のマップは、かなり特異な存在といえる



2017年5月4日木曜日

ダークソウル3の世界構造

ロスリックは薪の王たちの故郷が流れ着く地だという

私ははじめこの言葉から、同時代の故郷がたどり着いているのだと思っていた
(例:1970年の日本と1970年のアメリカが連結)

だが、どうも違うらしい

空間的に遠く離れた地が連結されたのと同様に、時間的にも遠く離れた地が連結されているようだ(例:1970年の日本と2017年のアメリカが連結)

この仮説の論拠となるのが、物語が終盤になると空に現れるダークリングだ
確認した限りを以下に分類してみる

ダークリングの時代(ダークリングが確認できるマップ)

ロスリック関連のマップおよび、不死街、生贄の道、深みの聖堂、ファラン城塞、妖王の庭、火の消えた祭祀場(篝火の名前から)、最初の火の炉、吹き溜まり

夜の時代(月が出ていたり夜と思われるマップ)

イルシール、アノールロンド、イルシールの地下牢

青空の時代

灰の墓所、火継ぎの祭祀場、古龍の頂

黄昏の時代

罪の都

火の無い世界

無縁墓地、火の無い祭祀場(英雄グンダのソウルのテキストからこう呼ぶ)
遅れてきた英雄を迎えたのは
火の無い祭祀場と、鳴らない鐘だったという(英雄グンダのソウル)

不明の時代

カーサスの地下墓、燻りの湖

時間という差異の喪失

火の無い時代→青空の時代→ダークリングの時代
上記の時代区分けを大雑把にまとめるとこういう時系列になると思われるが、実はこれは正しくない
なぜならばこの「非可逆的な時間の流れ」を前提にしてしまうと、説明できない現象が多々あるからだ(後述する)

正しくは「複数の時代が共時的に存在しているのがダークソウルの世界」である
過去と現在、未来のある土地の時代相が、同じ時間層(時代)に押し込められているのだ

火が陰り「時間という差異」が失われたためにこのような奇妙な世界になったと思われる

二つの祭祀場の謎

その結果、物理的に同一であるが、存在する時間層が異なっていたはずの「火の無い祭祀場」と「火継ぎの祭祀場」が、同じ時間層に存在してしまうこととなる

そしてこの奇妙な状態が、片方の祭祀場で「銀蛇の指輪」を入手すると、もう片方の祭祀場から「銀蛇の指輪」が消える(入手済みとなる)という現象を引き起こす

一見不可解であるが、時間の差異が消滅したと考えれば説明可能だ

まず、前提として祭祀場は「二つに分裂したわけではない」
あくまでも祭祀場はこの世界にひとつだけあり、同様に「銀蛇の指輪」はひとつしかない

で、あるにもかかわらず、祭祀場は二つあるように思える

なぜか?

過去と現在の祭祀場の「時間の差異(時間の相対性)」が失われ、同一の時代に押し込められているためだ

その結果、因果律的にはひとつである祭祀場が、二つの祭祀場としてプレーヤーの前に立ち現れてくる。しかし両者は根本的に同一であるゆえに、一方の変化がもう一方にも影響を与えてしまう

「銀蛇の指輪」の不可解な挙動は「過去と現在にある祭祀場が時間という差異を失い、共時的に存在しているがゆえに引きおこる必然の出来事」なのである
火の無い祭祀場にいる結晶トカゲも同じ理由で、同じようなふるまいをする

他にも似たような現象が起きる
本編で「深淵の監視者」を倒すと火の無い祭祀場に「スズメバチの指輪」が出現する

「火の無い時代(火の無い祭祀場)」→「ロスリックの時代」という非可逆的な時間の流れを前提すると、これは絶対にありえない現象なのだ

未来の行動過去に影響を与えてしまうことになるからだ

だが、様々な時代相が同じ時間層に押し込められていると考えると、少なくとも不可能ではなくなる
「深淵の監視者」が倒されたことを察知した何者かがそこへスズメバチの指輪を置いた、あるいは、そういう仕組みだった等々

何者かを倒す→どこかにアイテムが出現する、という現象は「過去→現在」の構造を有するか、「それぞれの時代相が同時代にある」という仮定のみにおいて可能である

しかし「過去→現在」という構造を否定する根拠(英雄グンダ関連など)があるために、論理的には後者の仮定のみが可能となるのだ

まとめ

プレーヤーは過去の世界に時間を遡って行くのではなく、同時代層に押し込められた様々な時代相を持つ土地を冒険するのである

たとえるならば、2017年の東京に1945年の神奈川県や1980年の埼玉県が連結しているようなもので、人は空間的な移動を行うことで、「時間を遡ることなく」過去の時代相を保持している土地を旅行することができるのだ

そもそも薪の王とは、その役割から一時代に一人、と考えられる
長い時間をかけて、順々に薪の王となり、そして役割を終えていったのだ

しかしダークソウル3の世界では、6人の薪の王が同時に目覚めている
その6人の故郷を再現するには、それぞれの時代相を保った土地を、時間差を無視して連結するほかなかったのだと思われる

そうして生まれたのが、「無数の時間相が同時代層に押し込められている」というダークソウル3の奇妙な世界なのだ

その他の考察

なぜ私がこんなややこしい考察を主張しているかというと、これ以外に「銀蛇問題」を解決する考察が思い浮かばないからである

以下はいろいろ考えてみたものの却下した仮説。あまり読む必要のないもの

銀蛇問題とはどういうものか
「貪欲な銀の蛇の指輪」とは、火の無い祭祀場(過去の祭祀場)と、火継ぎの祭祀場(現在の祭祀場)、その両方に置いてある宝箱に入ってる指輪だ

この指輪が厄介なのは、過去と現在、どちらかの祭祀場で入手するともう一方の祭祀場から消える、ということだ

これが「過去で取ると現在では取れない」というだけなら説明は簡単だ
時間は過去→現在というふうに流れているので、過去の行為が現在に影響を与えるのは当然だからだ

だが、問題はそう簡単ではない

この指輪、「現在の祭祀場で入手しても、過去の祭祀場から消える」のだ
つまり現在の行為が過去に影響を与えるのだ

たとえるならば、二日前から冷凍庫に入ってるアイスを今食べたとする。そうするとアイスは「二日前から入っていない」ことになるのだ
奇妙というか意味不明すぎる

そこで無い知恵を絞って考えたのが以下の考察群である

時間旅行説
プレーヤーは過去の世界に時間を遡ることができ、その影響が未来へと現れるとする説
この仮説では「銀蛇問題」や「スズメバチの指輪」が解決できない

多世界解釈
二つの祭祀場がパラレルワールド関係にあるとする説も考えたのだが、実はパラレルワールド説を取ってもこの銀蛇問題を解決することはできない

世界は平行(パラレル)に分かれているはずなのに、「一方の世界で銀蛇を取ると、もう一方の世界から銀蛇が消える」のだ。これは明確に平行世界の定義を外れる

バグ仮説
同じマップリソースを使ったために残ったバグ、というメタ的な考察もあるかと思う

白い光として落ちている「スズメバチの指輪」や「混沌の刃」とは異なり、銀蛇は宝箱に入っている。この宝箱の配置/削除がプログラム的に厄介でやむを得ず残されたのだろう。結晶トカゲが銀蛇と同様のふるまいを見せるのも、そうしたプログラム上の処理の問題であろう、とする考察だ

量子論的重なり合い、絡み合った二つの祭祀場説
二つの絡み合った状態にある粒子は、一方を観測により確定すると、もう一方の状態も自動的に確定される(うろ覚え)
二つの祭祀場も粒子の絡み合いに類似した状態にあるのではないか、とも考えた

だが、この説の場合、プレーヤーが必ず「銀蛇指輪」の入った箱を最初に開けるという事実を説明できない(確率が常に100%になってしまう)

二つの祭祀場が重なり合った状態(シュレディンガーの猫的な)とすると、今度は二つの祭祀場の差異が説明不可能になる(一つの事象が確率論的に重なっているだけなのに、差異がある)

まとめ
本音を言うとバグ仮説を取りたい。それが最もシンプルな仮説だからだ

オッカムの剃刀を持ち出すまでもなく、直観的にはバグ説が正しいことを知りながら、どうしても考察せずにいられなかったのは、この世界構造の考察にダークソウル3の根幹が含まれているように感じたからだ

本編を考察しようとすると、どうしても世界構造の問題が立ちはだかって来る。そこを解決しないと、本編の細部すら考察を進められなくなるのである

しかしバグを前提にしてしまうと、今度はゲーム内のあらゆる現象にバグの影が付きまとうことになる。実際、説明しにくい現象はすべてバグやご都合主義で説明できてしまう

銀蛇はプログラム的なバグだし、DLC2にパッチや土の塔がでるのも開発の都合、オスロエスの存在が秘匿されているのは、そのシナリオを自重したからで、その他さまざまな疑問点は納期のデーモンにやられたのだ、と

きっとそれが正しいのだろう
まあいいや

2017年4月21日金曜日

【個別考察】ヨーム

大きく分けて「DS2の巨人の末裔」と「ヴァンクラッド王の末裔」の二説がある

ヴァンクラッド王の末裔説
顔の有無や、征服者という称号、巨大化したヴァンクラッド王の姿、「巨人殺し」の異名を持つ大剣ストームルーラーを持っていることなどがその主な理由

人が巨人になるという設定
個人的にヴァンクラッドの末裔説には抵抗がある
なぜならば、「人が強大な力を得て巨大化すると、巨人というになる」という設定を付け加えなければならないからだ

ソウルを得ると巨大化する、というところまではわかる。だが巨人という「」になるというのが解せない

明確な事実として、ストームルーラーはヨームに特攻を持つが、巨大化した人(サリヴァーンやアリアンデル)には特攻を持たない
やはり、ソウル(力)を得て巨人化した人間と、巨人種とは明確に区別されるべきじゃないかと私は考える

そもそも「ヴァンクラッド王が巨人となってその末裔が~」ということは、ヴァンクラッド王が巨人種に変貌したのちに子供をもうけたことになるが、果たしてそれが可能だっただろうか? 

巨人種になったのだから、相手は巨人しかいないはずである
巨人族の女性とのあいだに生まれた子供の末裔がヨーム、ということになる

そして、もしもヴァンクラッド王の巨人としての子息がいるのだとしたら、デュナシャンドラが見逃すはずがない。子息を利用して玉座を狙ったはずである

だが、DS2においてヴァンクラッド王の子息は登場していない。存在を示唆するテキストもない

征服者という称号
巨人の国を平らげたので、征服者という称号がヴァンクラッドに与えられた、ということなのだろうが、「征服者」という命名はどちらかというと「被征服者」側が新たな支配者に授ける称号だろう

そもそもDS2の時点で、ドラングレイグは滅んでいる
かつてドラングレイグを滅ぼした
巨人の王のソウル
 
海を渡ったヴァンクラッドは
巨人たちを捕え、王城へと連れ去った
その頃から、王の面持ちには
次第に暗い影が差すようになった(巨人の王のソウル)
征服され、滅ぼされたのはドラングレイグであって、 巨人の国ではない
ヴァンクラッドは海を渡り、力の源を奪ってきただけで、征服したわけではない

ドラングレイグという国を征服したのは、巨人族だ
その征服者の末裔となれば、当然巨人であるのがあたりまえなのである

ストームルーラー
自身に特攻を持つ剣を持つ理由
もちろん自分で作ったわけではないだろう。誰かが作りそれをヨームが受け継いだのだ

ヴァンクラッド王のソウルで創れるのが「ルーラーソード」であり、巨人を平らげた王の剣が巨人殺しの力を得たとしても不思議ではない

だが、何度も言うようにドラングレイグは巨人によって滅んでいる
その征服者が彼の剣を戦利品として入手していてもおかしくはない

顔の有無
顔とは差異の象徴である
元々巨人には顔があったはずだ。だが、ヴァンクラッドにその力(おそらく火)を奪われて、差異が消失し顔を失ったのだ
よって、DS2に登場する顔のない巨人のほうがイレギュラーであり、巨人は元は顔があった。そしてDS2における火継ぎにより、差異が復活、巨人たちは顔を取り戻したのだろう

あるいは征服者の数少ない生き残りがドラングレイグの地に住まい、その火によって差異を得た。その末裔こそがヨームであったと考えられる

まとめ
正直なところ、どちらにも決め手がない
考察しているうちにふと浮かんだのが、巨人(種族ではなく巨大化)となったヴァンクラッドは巨人族の女性とのあいだに子供をもうけたのではないか、そしてヨームはその末裔ではないか、という考えだ

つまり二つの説はどちらも合っていた、とする説だ
ヨームはヴァンクラッド王の末裔であり、DS2の巨人の末裔でもある

巨人という種ではなく、単に巨大化した人と、巨人族の女性とのあいだに子供が生まれる。その末裔がヨームだった

この場合、顔の有無の問題は解消される(人と巨人族のハーフ)うえに、征服者がヴァンクラッドでも巨人族でも、どちらでもよくなる

ダークソウルの手法について2 作者の死

手法については以前「ダークソウルの手法について」でいろいろ書いた
ロスリック王家の構造がイギリス史上の「エドワード懺悔王(証聖王)」と類似しているとか、クリエムヒルトとグンダが『ニーベルゲンの指輪』に登場する等々。

それ以前にも「グウィンという名前について」という記事で、グウィンやサリヴァーン、ロイド、アルトリウス、グウィネヴィアなどの語源を明らかにしたこともある

今ちょうど考察スレに「フィリアノールと小人の王たち=白雪姫と七人の小人」の一致が挙がっているが、おお、となった
眠る姫と小人という要素から白雪姫というストーリーを思い浮かばなかった自分の迂闊さをののしってやりたい

そのうえハーラルド騎士のソースコード上の名がマヌスであるという
白木の弓のテキストからウーラシールが輪の国と交流があったことがうかがえるが、マヌスの意思によるものだったという可能性も示唆される

ここで一つ疑問が思い浮かぶ
ウーラシールは魔術の国であり、マヌス自身も魔術師であった
騎士の要素などないではないか? 

いや、あるのだ。かの騎士の中の騎士アルトリウスである
つまりハーラルド騎士とは、ハーラルド騎士団が深淵に取り込まれて生まれた、アルトリウスの義兄弟のようなものである
強いはずだ

そしてハーラルドは、映画「白雪姫と七人の小人たち」の監督の名でもあるという
だからマヌスは小人の王たちの父であり、マヌスは恋人と再会できない恐怖にとらわれている云々
映画のヒロインはいわば「監督の恋人」のようなものであり「娘」のようなものでもあるこの「構造」を見事に表しているではないか

と、このように様々に考察が展開できるかもしれない

ただ、なんというか製作者が便宜上つけた名をもとに、創作物の重要なストーリー部分を解釈していいのかどうか、いつも悩むところである

要するにマヌスとは、「深淵に取り込まれた者だからマヌスにしとこう」という開発上の便宜的な理由からつけられた名であって、実際の「深淵の主マヌス」と関係があるのかわからないのである

自分で言っといてなんだが、映画監督の名との「構造的関係性」なんて、なんというか一種のうさん臭い精神分析的な印象すら受ける

ハーラルドは監督の名だ、という指摘には私自身は肯定も否定もできないのである。それがわかるのは製作者側だけだからだ

というわけで、私自身は最近はこうした方法を取らなくなってきている

作者の死
ロラン・バルトの言葉に「作者の死」というものがある
ウィキペディアから引用すると
バルトの仕事の中でも頻繁に議論されるのが、『物語の構造分析』に収録されている「作者の死」である。本稿でバルトは、現代においても、大きな支配的な概念となっている「作者」という概念に疑問を投げかける。私たちは、ある芸術作品を鑑賞するとき、その作品の説明をその作品を生み出した作者に求めがちである。これは、作品を鑑賞するということは、作者の意図を正確に理解することであるという発想である。このことから、たとえばボードレールの作品はボードレールという人間の挫折のことであり、ヴァン・ゴッホの作品とは彼の狂気であるという発想が導き出せる。しかし、バルトは、この発想を「打ち明け話である」として批判する。このように作者=神という発想ではなく、作品とはさまざまなものが引用された織物のような物であり、それを解くのは読者であるとして、芸術作品に対してこれまで受動的なイメージしかなかった受信者の側の創造的な側面を本稿で強調した。この概念は、後年のバルトの作品でもよく言及されている。たとえば、『テクストの快楽』においても、この概念についての論考が見られる(『テクストの快楽』p120)

要するに、ダークソウルというゲーム上に示された情報からストーリを解くことと、プログラムソースや元ネタをも含めて「作者の意図」を追求することとは別のことであり、ロラン・バルトは後者の方法を受動的として批判している

私自身もロラン・バルトの意見に賛同しているし、最近では元ネタにはあえて触れないようにしている

例えば阿部謹也さんの著作を読んでいると章題が「鐘の音でつながる世界(うろ覚え)」だったりゲートルードが出てきたりしてにやりとすることがある。だが、これがダークソウルのあれの元ネタなんだ、と強く主張することはない

ほかにも例えばブラッドボーンには「穢れ」という概念が登場するが、『ケガレ』を著した波平恵美子氏の論文に『水死体をエビス神として祀る信仰―その意味と解釈』というものがある。これをゴースの遺子(とそのマップ構造)の元ネタだろうと主張することも可能だろうが、するつもりはない(参考程度に触れるかもしれないが)

まとめ
紆余曲折して無駄に長くなったが、要するにもっと自由に考察してもいいのではないか、ということだ
ダークソウルはゲームなのだから、ゲームをプレイしたときの印象もテキストと同様に大切にしなければならないのではないか
あまり元ネタ探し、プログラムコード漁りに血道をあげても、それは作者の意図を理解するには適正かもしれないが、ダークソウルというゲームの考察としては、不十分なのかもしれない
以上


2017年4月19日水曜日

【個別考察】罪の都

考察スレで罪の都に関する考察が盛り上がっているので便乗して考察してみる
自分は以前に「ヨーム=ニト説」として罪の都を扱ったこともあるが、これはDLC発売前の余興という単なる戯言に近いものでもあった

まずはアイテムテキストを重視して考察してみたいと思う

罪の都の辿った歴史

1.神官の家族(女性)の呪いが切欠となり罪の火が生じる

異形と化した罪の都の住人
その中にあった異様な武器
彼女たちはある神官の家族であり
その呪いが、罪の火の切欠になったという
だが当人たちは、のうのうと生き続けていた(エレオノーラのテキスト)

2.罪の火が罪の都を焼く

冷たい頭蓋の器に納められた
罪の都を焼いた火の残滓(罪の種火)

3. 巨人ヨームが罪の火を鎮めるために薪の王となる

孤独な巨人は、罪の火を鎮めるため薪の王となった
彼を王と呼ぶその声に、心がないと知っていても(ヨームの王の薪)

4.ヨームを王として罪の都は敵対者と戦う

ヨームは王として一人先陣に立ち
決して揺るがず、その大鉈を振るったという
そして守る者を失い、彼は盾を捨てたのだと(ヨームの大盾)
大盾と一対で常に先陣にあったというが
ヨームが盾を捨てた後、左の持ち手が追加された
それは独特の叩き潰す剣技を生み
彼の晩年、その凄まじい戦いの語り草になった(ヨームの大鉈)

5.罪の炎が罪の都を滅ぼす

罪の炎に由来する呪術
離れた敵を炎で包み、焼き払う
巨人ヨームが薪の王となった後
罪の都は炎により滅びた
それは空より生じ、人々だけを焼いたという(罪の炎)

補足

・神官とは宮廷魔術師のことである
その黒く高い帽子が示唆するように
彼らはまた、神官でもあったという
その儀礼的な金刺繍が示唆するように
彼らはまた、神官でもあったという
罪の都、その宮廷魔術師たちの絹の手袋
彼らはまた、神官でもあったという
罪の都、その宮廷魔術師たちのズボン
彼らはまた、神官でもあったという(宮廷魔術師シリーズ)
 ・宮廷魔術師はローガンの魔術を継承すると主張していた
大賢者「ビッグハット」ローガンの魔術
その継承を主張する魔術師は多いが
罪の都は、その大きな二派のひとつである(宮廷魔術師シリーズ)
宮廷魔術師たちは
かの「ビッグハット」ローガンの継承を主張し
その杖もローガンのものに似せたという(宮廷魔術師の杖)
・事実、ローガンの魔術を継承していた
罪の都の宮廷魔術師たちの秘蔵の書
魔術師に渡すことで
ローガンの魔術を学べるようになる
それは確かに、かの「ビッグハット」の魔術であり
ローガンの後継を名乗った宮廷魔術師たちにも
三分の理ていどはあったようだ(ローガンのスクロール)

 考察

以上の記述から罪の都の歴史が大まかに理解できるかと思う

最盛期の罪の都は、おそらく魔術の国であったと思われる
宮廷魔術師(神官)が権力を握り、王は軽視されていたか、存在していなかった

ある時、ある神官の家族(女性たち)の「呪い」を切欠として、罪の火が生じる
罪の火は都を焼き尽くす勢いで燃え広がり、その「決して消えない罪の火」を鎮めるために人々は巨人ヨームにすがった
ヨームは人々の心が虚ろであることを知りながら、薪の王に就く

そこへ敵国が侵攻してくる
 ヨームの大盾のテキストによれば、彼は守る者を失ったのち大盾を捨てたとされる=おそらく味方の軍が全滅したのだろう。もし侵攻していたのであれば、そうなる前に撤退するはずである。また、罪の火に焼かれた罪の都には、他国を攻めるほどの国力はないはずである

ヨームは大盾を捨て、大鉈を用いて戦った
そして勝利したのだろう。そうして彼は「孤独な王」となった

敵国とはどこか?
ヨームの玉座を狙う高台に「鬼討ちの大弓」と「鬼討ちの大矢」が落ちている
東の地に伝わる独特の大弓
彼らの神話によれば、角を持つ巨人
鬼を討つために使われたという(鬼討ちの大弓)
東の地で鬼を討つために使われたという大矢
大弓でしか射つことができない
老カラスの羽を用いたというその矢は
羽の主と同じく真っ直ぐに飛ぶという(鬼討ちの大矢)
このことから推察するに罪の都は「東国」と戦ったと考えられる
 奇妙なことにイルシールの地下牢やアノールロンドには「東国関連」のアイテムが落ちている(アルバや東人の遺灰など)。古い時代には東国と罪の都やイルシールがわりと近い位置にあったのかもしれない

自軍が全滅した後、大盾を捨てたヨームは凄まじい戦いを繰り広げ、侵略者を追い返す
大盾と一対で常に先陣にあったというが
ヨームが盾を捨てた後、左の持ち手が追加された
それは独特の叩き潰す剣技を生み
彼の晩年、その凄まじい戦いの語り草になった(ヨームの大鉈)
孤独な王は、心無い者たちにかしずかれながら、罪の都を統治する
だが罪の都の人々の、冒涜的な行いが破滅をもたらすことになる
罪の都の侍女たちの短剣
攻撃命中時に、ほんの少しFPを回復する
その女たちは愉しみに人を傷つけたという(侍女の短刀)
このような行為が平然と行われる罪の都に「罪の炎」 が降り注ぐ
罪の炎に由来する呪術
離れた敵を炎で包み、焼き払う
巨人ヨームが薪の王となった後
罪の都は炎により滅びた
それは空より生じ、人々だけを焼いたという(罪の炎)
罪の都はついに滅び去り、宮廷魔術師はその顛末を物語に記し、それは奇跡となった
「フォース」の古い原型
強い衝撃波を発生させる
「神の怒り」は非常に長い物語であり
「フォース」はその略述である
原型となる深い怒りの物語は
衝撃波に大きなダメージを伴うものだ(神の怒り)
やがて一人の若き魔術師が罪の都を訪れる
遥か昔、イルシールのはずれ
その地下に罪の都と消えぬ火を見出したとき
若き魔術師サリヴァーンの心にも
消えぬ野心が灯ったのだろう(罪の大剣)

妄想

「罪」「呪い」「巨人」といった単語群から、どことなくダークソウル2に関係が深そうな場所であるが、結論を先に述べると「罪の都とはドラングレイグの別称である

ヨームは「古い征服者の末裔」である
これについてはDS2において「最後の巨人」が打ち倒されたのだから、その末裔であるはずがないという疑問が浮かぶが、これについてはDS2本編ですでに「巨人兵」なる巨人が登場するという矛盾が生じている
そして「最後の巨人」とは別の巨人(しかも征服者にふさわしい兵士である)が登場するのだから、その末裔が存在しても不思議はない

ヨームはヴァンクラッド王の末裔説
ヨームをヴァンクラッド王の末裔とする説もある
顔の有無や「征服者」の称号、巨人殺しのストームルーラーを二本持っていたことも併せて考えると腑に落ちる点も多い

篝火の近くにギリガンの死体がある
梯子をかけるのを仕事としている彼がなぜそこにいるのか
当然ながら仕事で梯子をかけに来たのである

誰のために?

サリヴァーンだろう

最後の梯子をかけたあとで、彼はサリヴァーンに殺害されたと思われる

ドラングレイグから罪の都までの流れ
DS2の火継ぎエンド後、王国は活力を取り戻したと思われる
だが、王になるべき者は姿を隠したままだった(ピザ窯に入ってる)
そこで王のない国としてドラングレイグは新たな秩序を必要とした
それが、宮廷魔術師たちによる統治である
ゴーレムの技術はやがてガーゴイルを生み出した

神官たちによる統治はやがて腐敗してゆく
王妃デュナシャンドラを矮小化したような女性たちが富を渇望し、やがてそれは「呪い」となった
デュナシャンドラのソウルから生み出された弓
かつて深淵にあった者は
滅びと共に、無数の破片に分かれ散った
闇と光は一体であり、ソウルと呪いもまた然り
かつて王たらんとした者たちの前に、それは現れた
その強く、眩い力に惹かれて(渇望の弓)
これによるとソウルと呪いは表裏一体。ソウルを集めることは呪いを集めることと同義。
彼女たちは貪欲にソウルを集めた果てに、「始まりの火」を生みだそうとする
だが「始まりの火」を生み出すことは
その牢獄のずっと奥に「忘れられた罪人」がいるのよ
はじまりの火を生み出そうとした、バカな罪人がね(愛しいシャラゴア)
とあるように、罪と直結する
彼女たちが始まりの火を作り出すことができたかどうかはわからない
だが、その「切欠」となった
罪の火(始まりの火、あるいは闇)は王国を焼き尽くそうとするが、一人の巨人に救われる

「古い征服者の末裔ヨーム」だ
王は彼でなければならなかった。「罪の火」を一身に引き受ける存在が必要だった
それは古い時代には「王」と呼ばれていた。ゆえに「征服者(王)」の血を引く存在が必用だったのだ

薪の王となり、始まりの火に身を焦がされ続ける運命を受け入れたヨームは、王国のために戦い、そして勝利する

しかし王国は結局「罪の炎」によって滅亡してしまう
王国の名は忘れ去られ、その消えることのない罪の火から、罪の都と呼ばれるようになった

罪の炎とはなにか?
罪の炎がおかれているのは、イルシールの地下牢にいる巨人囚人の足元である
あの巨人はイルシールの地下牢の最初の囚人だ
イルシールの地下牢
その最も古い牢の鍵
地下牢最初の囚人は一匹の巨人であり
その足元に人のための牢が作られたという(古牢の鍵)
 侍女が囲んでいる罪の火ではない
遥か昔、イルシールのはずれ
その地下に罪の都と消えぬ火を見出したとき
若き魔術師サリヴァーンの心にも
消えぬ野心が灯ったのだろう(罪の大剣)
罪の都のガーゴイルの持つ灯火の石槌
消えることのない罪の火を灯し
炎属性の攻撃力を持つ (ガーゴイルの灯火槌)
サリヴァーンが見たのは、消えることのない罪の火であり、罪の「炎」ではない

「神の怒り」とも異なる。神の属性は雷であり、炎ではない。「罪の炎」に由来する「罪の炎」という呪術がある以上、そして「神の怒り」という奇跡がある以上、それらは区別されなければならない

では「罪の炎」とは何なのだろう
罪の炎は「消える」「空から生じる」「人々だけを焼く」といった特徴を持つ

あまり自信はないが、ひとつだけあてはまるものが存在する
「空に浮かんだダークリング」
である

ダークリングの周囲は炎が象っている
さらにそれが人にも現れることがある
人々はダークリングの炎に焼かれ、呪い人となった
(罪の炎のテキストには人々を焼いたとだけ書かれている。焼き殺したとは書いてない)

呪術「罪の炎」は、「罪の炎」に由来するだけであって、「罪の炎」そのものではない
人々がダークリングに焼かれる、その烙印を押される様を、呪術として再現したものが「呪術の罪の炎」である

お決まりの流れ
始まりの火が現れ、やがて火が衰えてダークリングが現れるというのはシリーズ定番の流れのようなものである
そして火継ぎをして火勢を復活させたとしても、結局は火は衰え、世界は滅亡に向かってしまう
滅亡の寸前、空に巨大なダークリングが現れる、その黒い穴を象る炎こそ「罪の炎」なのだろう

罪の都は始まりの火(罪の火)を起源としダークリング(罪の炎)を終局とする、その「流れ」を象徴する場所だと思われる

後記

テキストによる考察と、考察、それと妄想、それぞれ矛盾した部分、齟齬がある
というかそもそもテキストによる考察からして正しいとは思っていない
いろんな読み方があり、ある部分は妄想で補うことしかできない
罪の都の考察はなかなか難しい。だからこそ人が惹きつけられるのだろうか