2019年9月12日木曜日

Death Stranding TGS 50分動画の雑なまとめ

ゲームの内容などは観れば分かると思うのでざっと


ムービー

ダイハードマン:アメリと第一次遠征隊は東から西へ北米大陸を横断し、孤立した都市に結び目を整備した。だがインフラが整っただけで、カイラル通信はつながっていない。今できるのは無線と有線による音声通話と、わずかなデータ通信という程度だ。

ダイハードマン:君がすべき任務はそれぞれの結び目にそのQpidを接続し、カイラル通信を起動させることだQpidを現地の端末に接続して初めて相互超大容量ゼロ時間通信が可能となる。都市や人の今がつながるだけじゃない。われわれの過去までもがつながる。各地で断片化されたデータが一つに統合される。まるで、恐竜の化石が復元されるようにな

ダイハードマン:これによって46億年にも及ぶ地球の歴史もDS以降に失われた人類の英知も復元されることになる。そしてそれこそが、デスストランディング解明の鍵となるはずだ。通信がつながれば大容量データのカイラルグラムはもちろんカイラルプリンターも使えるようになる

※カイラルプリンターというのは3Dプリンターみたいなもので装備とかを作れる

ダイハードマン:将来的にはかなりのものが通信だけで送れるようになる。

サム:魂ある生物やオリジナルのもの、思い出の代物は送れないはずだ。

ダイハードマン:そうだ。そのために君たちの存在が必要なんだ。つなぐ前もつないだ後も、君たちのような配達人がな。

サム:休む暇は無い、か。



ゲームプレイ

配送端末

配送端末でミッションを受注する


ダイハードマン:対BT兵器が完成したようだな、ママから連絡があった。今回運んでもらう荷物はポート・ノットへの支援物資だ。その中にはこの対BT兵器も含まれている。それから支援物資には薬剤も入っている。それに人間の精子や卵子も。特に精子と卵子は都市の住人に外部の遺伝子を取り入れることで、多様性を確保するためには欠かせないものだ。ポート・ノットへ支援物資を届け、Qpidを接続する。そうすればこのエリア一帯はカイラル通信で一つになる。では、その配送端末で依頼を受注してくれ。これまでで最も長く困難な配送となるはずだ。十二分にそなえて向かってくれ。


配達荷物の受け取り

アイテム一覧
アイテム一覧


カイラルプリンターによる装備作成

荷物の最適化をすることができる


Episodde 2: Amelie


LRでバランスを取りながら行く
体力の使い方も全部バランスで変わる



スキャンすることで深さが分かる


プレッパーズ

何度か荷物を届けることで仲良くなり、いろいろなアイテムを貰えるようになる

カイラルネットワークの境界線


カイラルネットワーク

カイラルネットワークを接続することで、他のプレーヤー(サム)と物資や痕跡を共有することが出来るようになる
※逆に言うと、カイラルネットワークを接続するまでは他のプレーヤーとのストランドはない






休息

あまりに疲れると勝手に寝る
ハーモニカや口笛は吹けば吹くほど上達する
ハーモニカを吹くとBBから「いいね」を貰える


休んだ場所にケルンが出来る(世界中の人から見える)

他人の休憩したところで休憩すると何かあったりする



足跡

他の人の足跡を辿ると獣道になりやがて道になる



ロッカー

プライベートとシェアがある
シェアは他者と共有

パワースケルトン




フローター

2つまでつなげて使うことができる



サムが乗って移動することができる




時雨シェルター

入るとスプレーで汚れを落とせる(時雨を吹き飛ばす?)
曲をかけられる



ミュール

人の命は取らないが荷物を奪う
荷物のタグがセンサーに引っかかる


世界中のサムから奪った荷物をためこんでいる


槍に当たると気絶して荷物を全部持って行かれる
縄のゲーム

スティッキーガン(トリモチ銃。荷物にくっつけて奪う)を使うミュールもいる

ロッカーにあったスピードスケルトン
ロッカーにあったボーラガン


ミュールトラック

後々ブリッジスの制式のトラックが手に入る


ミュールポール

赤いポールのテリトリー範囲から逃げたら追ってこない




充電器

範囲内に入ると充電できる
音楽とかかけられる



BT

あの世のもの。時雨が降ってくるといる
時雨は荷物を劣化させる

時雨を予測する天気予報システムがある
BTが嫌な人は天気予報を見ながら時雨を避けることができる

クリプトビオシス
時雨が降っているところにはクリプトビオシスの巣がある
クリプトビオシスを食べると血が増える



BTが出現すると鳥肌が立ち、レンズについた水滴が上にあがっていく

止まると見える、動くと消える
宙に浮いているのはゲイザー。彼らからもサムは見えないが、音と気配で察知される



Bola Gunにサムの血液を混ぜるとBT用の武器になる
倒すことは出来ないが一定時間拘束することはできる

ゲイザーに見つかると、タールの地面からハンターが現れる
倒されると連れて行かれる



連れて行かれた場所にはキャッチャーというBTがいる(いろんな種類がいる)
キャッチャーは反物質なので喰われるとボイドアウトしてクレーターが出来る

サムの血液の入ったグレネード(BT兵器)によってダメージを与えられる
キャッチャーは一番弱い雑魚

コミュニケーションボタンで助けを呼べる
オンラインでつながっている他のプレーヤーが助けに来てくれたり応援してくれる
一人で戦ってるけど一人じゃない。これがストランド



BTが嫌な人はBTがいないところを通ったらいい

血液だけでなく、サムの老廃物はBTに特殊な効果を発揮する
シャワーしたあとの水は敵の行動を遅くする


対BT用のハンドガン

BTを倒すとカイラル結晶を落とす
BTと戦闘中は荷物をロッカーに預けておくのが良い




オデラデク

動きで距離と方向がわかる
フランツ・カフカの短編小説「家父の気がかり」に登場する奇妙な生物が元ネタか



BB

ストレスが溜まると使えなくなるので適当にあやす必要がある

カイラル結晶

雨が降るところにある特殊なあの世の結晶
これでフローターを浮かせたりハイウェイを作ったりできる


温泉

温泉がいくつかありそれぞれ効能も異なる


サムが温泉で歌う歌はザ・ドリフターズの「いい湯だな(ビバノン・ロック)

温泉看板を立てることができる






バイク

ノーマンリーダスのバイクの番組とコラボ


電池式
加速看板を踏むと加速する



橋を架けるのに一番貢献した人の名前が出る(いいねできる)
建設中の構造物は材料を入れることで、自分も建設に参加できる

建設中のセーフティハウス




ライン

ラインを自分で決めるゲーム
装備とかも


演出

道中、音楽がかかってカメラが特殊になって操作ができる場面がいっぱいある
LRでバランス取らないと転ぶ



ポート・ノット・シティ

五万人が壁の向こうに住んでいる
ポーターは配送センターにしか入ることが出来ない
道路が通電している。スケルトンが緑色に光り電気を消費しないモードとなる



配送センター

仲良くなると出迎えが出てくる

納品


カイラルネットワークの接続


プライベートルームがありシャワーもトイレも寝たりもできる
血を採られる


ないところは温泉や自分で作ってもよい
プライベートルームではノーマンと遊べる


シャワーを浴びて出た老廃物やおしっこやうんちも武器になる



2019年9月10日火曜日

Sekiro 考察52 葦名弦一郎 追記:蛇足

当初は弦一郎のみを考察する予定だったのだが、源の水黒の不死斬り丈と巴黄泉返り、などに言及せざるを得ず、最終的にはSEKIROやソウルシリーズの物語の構造竜胤のもたらす歪みにまで話が及んでしまった

ともかくまずは弦一郎の生い立ちから述べたいと思う


生い立ち

弦一郎の生まれに関しては、「戦いの残滓・葦名弦一郎」において『葦名弦一郎は、市井の生まれである』と明言されている

市井とは庶民の住む町のことであり、要するに弦一郎の表向きの身分は町人であった

武士の身分として町に暮らしていたということもあり得るが、武士の身分とはっきりしているのならば、母が他界する前に武士として葦名に引き取られていたように思う

複雑になるのはここから先である。上記した「戦いの残滓・葦名弦一郎」には続いて、『母が死んだのち、葦名に引き取られた』と記されている

この貴種流離譚(あるいはシンデレラストーリー)から考えられるストーリーは二つある

ひとつは、父親が葦名の血を引く武士であったとするものだ。この場合、父親が町人の母親に生ませたのが弦一郎であり、『母が死んだのち』に跡継ぎとして引き取られたというストーリーが浮かんでくる

もともと父親には弦一郎を引き取るつもりはなかったのだが、何らかの事情により跡継ぎが死んでしまったために、葦名の血を引く弦一郎が引き取られたのである

身寄りのなくなった弦一郎を哀れに思った一心が引き取ったということも考えられるが、その場合は跡継ぎにしないであろう
母が死ぬまで手放そうとしなかったとも考えられるが、単なる町人がこの時代の権力者に逆らえるとは思えない

一心が弦一郎のことを「」と呼んでいることから、弦一郎の父親は一心の息子(実子/養子)である可能性が高い

戦国当時は血よりも家門の永続が優先され、血のつながらない者同士の養子縁組が頻繁に行われていたことから、父親が一心の実子である可能性は、現代から考えるよりも低いと思われる


もうひとつは、母親自身が葦名の血を引く者であったとするストーリーである。この場合、母親とは一心の娘となろうか

葦名のであった母親が町人の元へ嫁ぎ、弦一郎を生み、その母の死を期に跡継ぎを失っていた葦名家が引き取ったとするものである

このストーリーでは、弦一郎の本当の父親の生死は問題にされず、まだ町人として生きている可能性すら残る

まとめると以下のような二つのラインとなる
1.一心→父親→弦一郎
2.一心→母親→弦一郎

どちらがより蓋然性が高いかというと、個人的には「1.」の方だと思われる。また弦一郎の父親が一心の実子であるとする方が、よりシンプルであることから、以下の考察は「1.」の実子説を採ることとする


叔父上

さて、話は先になるが最序盤のすすきの原ムービーで弦一郎は「久しいな、御子よ 叔父上の墓前以来か」と言う

叔父とは、「父や母の兄弟、およびおばの夫」のことをいい、父や母よりも年が若ければ「叔父」年上ならば「伯父」と漢字が使い分けされる(伯母・叔母についても同様である)

つまり弦一郎のいう叔父とは、父母の弟か叔母の夫のことを指す

この叔父とは何者か。葦名の跡継ぎである弦一郎と、竜胤の御子である九郎の二人がそろって墓参りするのだから、葦名家と九郎の双方に関係の深い人物である

単純に考えるのならば、九郎の義父であり、葦名家の分家でもある平田家の当主を指すように思われる

死ぬ理由としても平田屋敷襲撃というゲーム内イベントが存在し、また「残影」により平田の者がほとんど残っていないこともわかっている

九郎:エマ殿、平田から逃れてきた者、他には?
エマ:もう、ほとんど、残っておりません

では、平田家の当主(叔父上)は弦一郎の父親の弟か、というとそうではない

もし仮にそうだったとすると、葦名家の跡継ぎがいなくなってしまった場合、叔父上が葦名家当主として擁立されるであろうからだ(主家を存続させるための保険的な立場は、分家の本来的な役割である)

そうすると弦一郎が葦名に引き取られる理由はなくなってしまう

このことから、弦一郎の父親には妹姫がおり、その姫が平田家へ嫁いだ、と考えるのが妥当だと思われる

戦国時代は何よりも男子継承が優先され、例え姫であろうとも女性が家督を相続することはいくつかの例外を除き不可能であった

女性が家督を相続した実例は存在する(日本における女城主の一覧 wikipedia

いくつかの例外とは、新当主が幼すぎたり(二歳など)、男性当主の死亡や追放により、その奥方や妻が代役を務めた例である

これらを考慮に入れると、新当主(つまり弦一郎)が葦名に引き取られたのは、あまり幼すぎない年齢である。元服にあたる12歳あるはその直前の11歳あたりだろうか

また、父親には奥方も娘も、そしてもちろん跡継ぎもいなかったということになる(奥方がいれば代役として立てられるし、娘がいれば婿をとるという方策も残っている)

以上をまとめた家系図が以下である



葦名家

葦名に引き取られた弦一郎の傅役(ふやく、嫡子の教育係)を務めたのが、鬼形部である

戦いの残滓・鬼形部
心中に息づく、類稀な強者との戦いの記憶
今はその残滓のみが残り、
記憶は確かに狼の糧となった
鬼形部は、葦名に名を轟かす賊の頭目であった
だが一心に敗れ、その強さに惚れ込み、
賊党ごと召抱えられた
その後、葦名弦一郎の傅役まで努めた

剣の師となったのは、意外にも一心ではなく「巴」である

一心にどぶろくを振る舞う
隻狼:巴の雷とは、いったい…
一心:カカカッ、それはのう
弦一郎の師の技じゃ
なかなかに、面白かったであろう
隻狼:師とは…
一心:巴… あれほどの遣い手は、そうはおらぬ
まるで、舞いのように、あの女は戦う
あやつの瞳を覗いておると…
水底に引き込まれるような、心地がしたものよ
カカカッ、見惚れて、斬られそうになるなど…
この一心、長く生きたが、あの一度のみじゃ

なぜ一心が直々に弦一郎を鍛えなかったのか。それにはおそらく、弦一郎の境遇が関係していると思われる

というのも葦名に引き取られる直前、弦一郎は母を失っている

その生い立ちから、おそらく母子二人暮らしであった少年が唯一の肉親である母親を失ったのである

その衝撃はトラウマレベルで弦一郎を襲ったであろうことは想像に難くない

ゆえに一心は、巴を剣の師としてだけでなく「母代わり」として遣わしたのである

弦一郎の技のほとんどすべてが「葦名流」ではなく「巴流」であるのは、師が巴だったことだけでなく、巴に対する深い愛着を思わせるものである

人返りルート
エマ:あの頃…
私と弦一郎殿は、良くここを訪れていた
常桜の下で、丈様が笛を吹かれ、巴殿が舞われる…
それを見るのが、たまらなく好きだった
………

弦一郎は葦名に引き取られたことで、剣の師と同時に母親をも得たのである

彼がかたくなまでに葦名の国を守ろうとするのは、単に跡継ぎとして引き取られたからだけではない。彼にとっての「葦名」とは、何よりもまず「巴の思い出がつまった聖域」であり、「母の国」だからである

盗み聞き
一心:弦一郎が、いずれ現れるじゃろう
不死斬りの、もう一振り… それを使うためにな
エマ:葦名を守るためならば…
己のすべてを、投げ打たれるおつもりでしょう
一心:ああ…。我が孫ながら、見事な覚悟よ

母の国

母の国という場所は、『古事記』にも登場する

母であるイザナミを失ったスサノオが、母の眠る「妣國(ははのくに)根之堅州国」へ行きたいと大泣きするのである

この「」という字は亡き母を意味し、妣の国とは死んだ母の国、つまり「黄泉」のことである

 黒の巻き物
 即ち、黒の不死斬り。その銘は「開門」
 黄泉への門を開く刀なり

弦一郎が赤の不死斬りではなく黒の不死斬りを選んだのは、亡き母である「巴」が仙郷ではなく「黄泉」にいることを知っていたからであろう

弦一郎は変若水や不死斬りに関する書物を読める立場にあり、実際、『小姓の日記』は弦一郎の居室にあったという

その過程で源の宮や仙郷についての知識も得ていたであろう

にもかかわらず、弦一郎は「仙郷」にはまるで興味を見せず、変若水や黒の不死斬りに固執するのである

唯一、弦一郎の源の宮に対する感情が見られるのは、竜泉を振る舞った時にエマが言及する、雷の渦雲への態度だけである

エマ:遠く、源の水の流れ出ずる方角…
そちらの方に見える、大きな渦雲(うずぐも)です
渦雲は雷を、纏っています
弦一郎殿は、良く刀を振るっていたものです
その雷の渦雲を、睨みながら…

これは巴流を習得するための修練のひとつであるとも考えられるし、渦雲に対して憎しみや秘めた思いがあるともとれる。また、すでに巴がいない時期であるのならば自分の元を去って源の宮へ戻った巴に対する複雑な感情を表出させたともとれる

ただ後に弦一郎が「巴流」を称すること、実際にその剣術が巴のものであることを考えると、巴に対する憧憬が変じた様子はない

もし仮に巴が源の宮に戻っていたのだとしたら、葦名の危急の折に巴に助力を頼みに行こうともしないのは不可解である

以上のことから、弦一郎の認識上では巴は源の宮に戻っておらず、死んだものとされていると考えられる



源の水

弦一郎が傾倒しているのは巴流だけではない。巴に関するあらゆることが弦一郎の生きるための指針となっている

例えば弦一郎が不死の契りを九郎に迫ったのも、巴が竜胤の御子の従者であったからである

他にも弦一郎が変若水に執着しているのは、その水がもとは巴の故郷である仙郷から流れてきているからであろう

源の水に対して淤加美は不思議な耐性を持っている。人のように軟体生物に変化することなく、形を保ったまま長寿の恩恵を受けているのだ

これは、淤加美一族が「女性」であることと関係している

 朽ちた囚人の手記
 淤加美一族の伝承を辿り、ここまで来た
 彼の女たち、まこと源の宮に辿り着けたのか
 それが知りたいが、どうやら叶わぬようじゃ

朽ちた囚人の手記からは、淤加美一族が「女系」かあるいは女しか存在しないことがわかる。実際に源の宮にいる淤加美一族はすべて女性形である

女性に対して源の水は劇的な効果を示さない。それは人であっても同様である。例えば源の宮にいる姉妹は、日常的に源の水に触れていると思われるのにもかかわらず、ミヤコビトにはならず人の姿を保っている

また錆び丸が特殊モーションを発動させることから、淤加美の血を引くと考えられる水生のお凛も、周囲がおかしくなる中で人の姿を保っている

なぜ女性に対して源の水は効果がないのか

源の水が「女性性」あるいは言い換えて「母性」そのものだからである

源の水を凝縮した変若水変若の御子を誕生させたように、水を飲み続けることで体内にお宿り石ができるように、変若水の濃い場所で馨し睡蓮が咲くように、源の水には様々なものを生み育む効果がある

これらの力を一言で言い表すのならば「母性」である

さらにこの曖昧な概念を直接的に表現するのならば、源の水とは「垂れ流された桜竜の羊水」である

アートワークスにおける桜竜の姿は、ゲーム内のものと少し異なり、胸の傷が下腹部までに至っている

そして腹部からは青い水が滝のように流れているのが確認できる

その水の流れた先、葦名の地にいるのが、桜竜の子たる「竜胤の御子」である

竜胤の御子とは未熟児で生まれた桜竜の子(あるいは分身)である。ゆえに丈は現実世界に耐えきれずに衰弱し、九郎は自らが何者なのか、何をすれば良いのかすらわからなかったのである



弦一郎

このように、弦一郎の言動はモデルとなる巴の言動をトレースしたものである

弦一郎は理想の母としての巴を求めるあまりに、彼自身が彼女になろうとしたのだ

まさしく師弟の赤成り玉がいうところの
こう在りたいと追い求める理想の姿は、往々にして自らの内にこそある』だ

巴流を操り、変若水により淤加美のような肉体を獲得し、竜胤の御子の従者となろうとしたのは、すべておのれが理想の巴となるためである

理想の巴とは、源の水を背景にした生み育むところの「大いなる母」であり、ゆえに男である弦一郎には超えることの出来ない障壁が存在する

男では子を産むことが出来ない

だからこそ弦一郎は黒の不死斬りを欲したのである

黄泉返りによって、全葦名兵を象徴的に生み直し、おのれの肉体を犠牲にして全葦名を象徴する「一心」を生み直すことを求めたのである

一心を生むことは、葦名一国を生むことと等しく、ゆえにこれは日本神話で言うところの「国生み」である



黒の不死斬り

弦一郎が最後に黒の不死斬りに頼ったのも、巴の行動をトレースしたからであろう

ゲーム上では丈と巴は死んだことになっている。不死たる竜胤の御子とその従者が死んだ、となれば、それを可能にするのは「不死斬り」しかない

ゆえに丈と巴は「もし死んだのが確かならば」、どこからか手にれた不死斬りよって死亡したと考えるのが妥当である

けれども赤の不死斬りは隻狼がそれを抜くまで、仙峯寺の奥の院に秘匿されていた

赤の不死斬りは、一心でさえ「仙峯寺にあると聞く」と伝聞でしかその所在を知らない

だが黒の不死斬りに関しては「黒の巻物」が居室の側にあることに加え、弦一郎がそれを入手していることを前提に話している

一心:弦一郎が、いずれ現れるじゃろう
不死斬りの、もう一振り… それを使うためにな

黒の不死斬りの存在も、その所在も、由緒も一心は知っていたことになる。で、あるのならば客人として滞在していた巴と丈がそれを知らないはずはない

は黒の不死斬りを手に入れ、丈を斬り、そしておそらく自害したのである

ややこしいのだが、竜胤の御子を殺すのに「桜竜の涙」を手に入れる必要はない。九郎はあくまで桜竜を含めた竜胤そのものを消去するために不死断ちを為そうとしたのである。そのために必要だったのは「桜竜の涙」である

たんに竜胤の御子を殺すだけならば、どちらの不死斬りでも可能である。それは不死斬りによって九郎が血を流せたことが証明している(赤も黒も)



黄泉返り

黒の不死斬りに関する由緒の記された「黒の巻物」が存在することから、巴は丈を供物に何者かを黄泉返えらせた可能性はある

黄泉返ったのは九郎であろう

は竜咳のような病気を患っていた。その心身は葦名に降りてきてからは衰弱する一方であった。ゆえに丈の全盛とは、物心つかぬうちの幼い丈であろうと思われる

そもそも丈が葦名に降りてきたのは、「拝涙」を行うための赤の不死斬りを求めてのことだと思われる。なぜ拝涙が必要だったかというと、仙郷にいた時分から丈は竜咳に罹っていたからであろう

人々の竜咳を治すのに竜胤の雫が必要だったように、竜胤の御子の竜咳を治すには桜竜の涙が必要だったのである

丈の全盛とは、葦名に降りてくるという計画すらなかった時代の、おそらくは生まれてすぐの頃であろう

さて、巴の行った黄泉返りの儀式を見ていたのがである。梟の野望はおそらくこのときに生まれたものであろう


巴と弦一郎

巴の言動は残された数少ない書から再構成するしかなく、核心部については隠匿されたものとして解釈するほかない

だが、弦一郎の言動は巴の言動の繰り返しであると考えるのならば、核心部についても推測することが可能である

まず先例があり、それを繰り返す者がいる、というのはソウルシリーズやブラッドボーンでもおなじみの構図である

例えば「火継ぎ」そのものが繰り返しの思想に基づくものであり、DS1からDS3までの主人公はその輪廻の中に閉じ込められているのである

ブラッドボーンに関しては、先任の狩人たちが主人公の先例であり、狩人の夢の中で狩人たちは同じことを繰り返し続けるのである

SEKIROにおいても、まず失敗例として「丈と巴」の物語が存在し、それを繰り返す形で「九郎と隻狼」の物語が語られるのである

そして失敗に終わった「丈と巴」とは対照的に、「九郎と隻狼」は成功例、つまり繰り返しを克服した者となるのである

だが一方で、同じ過ちを繰り返し続ける者がいる。それが葦名弦一郎である

黒の不死斬りにより竜胤を供物とし、黄泉返りを果たす。その先にあるのは、いま現在葦名で起きていることの繰り返しである

この永遠に繰り返される悲劇こそが、竜胤のもたらす「歪み」なのである

九郎はこうした輪廻の苦しみから脱しようとし、ゆえに不死断ちを為そうとしたのである



蛇足

ゲームが異なるので追記の蛇足として
ソウルズボーンやSEKIROの物語構造が螺旋であることは、以前から述べてきた

この構造を踏襲するのならば、Elden Ringもまた螺旋構造なのではないだろうか

そしてこの細部を変えながら「永遠に繰り返す螺旋」を具現化したものが、「Elden Ring」なのではなかろうか

つまるところ、それまで永遠に繰り返し続ける「神々の世界」であったものが
その破壊により輪廻を解き放たれた世界となるのである

不死であった神々は病み衰え、世界は活力を失い滅亡へと突き進む

この構造はダークソウルとよく似ている。だがその理由として世界時間の崩壊(輪廻の終焉)が前提されていることが異なる

要するにElden Ringとは輪廻のことなのではなかろうか、というのがこの蛇足の論旨である

コンセプトアートのキャラクターが持っているのは螺旋剣である
この螺旋は直線であり、輪廻から解脱した姿を現している。逆にタイトル画面の無数の円は繰り返し続ける世界、「螺旋円の世界」を意味しているのではないか

※蛇足にしても思いつきである

2019年8月29日木曜日

Sekiro 考察51 人返り

エンディングには「不死断ち」「人返り」「竜の帰郷」「修羅」の四つが存在する。今回はこのうちの「不死断ち」と「人返り」について考察してみたいと思う


不死断ちと人返り

私見では「人返り」は「不死断ち」の上位にあり、「不死断ち」の完全な形が「人返り」である

これは「桜竜の涙」に加えて常桜の花を入手しなければならないことや、その過程で何体ものボスを倒さなければならないこと、また重要キャラクターであるエマや仏師の深い関わり等から推察することができる

各エンディングをあえてカテゴライズするのならば、以下のようなものになる(※便宜的なものであり、強く主張する気は無い)

【竜の帰郷】True End - 神なる竜と隻狼の物語
【人返り】Good End - 九郎と隻狼の物語
【不死断ち】Normal End - 九郎と隻狼の物語
【修羅】Bad End - 修羅と隻狼の物語

このうち、「九郎と隻狼の物語」と言えるのが人返りと不死断ちである。竜の帰郷は「神なる竜(としての九郎)と隻狼の物語」であり、ゆえにエンディングで「竜の忍び」と呼ばれるのである


人返り

さて前置きが長くなったが、本題に入ろう

人返りエンディングを迎えるためには、「桜竜の涙」と「常桜の花」が必要である

なぜ涙と花が必要なのか物語内では明かされない。ただそれが必要であるからという理由で桜竜の涙と常桜の花を追い求め、それを九郎に飲ませるのである。結果として主を縛る不死である隻狼は自刃し、九郎は人に返ることができたのである


桜竜の涙

ではまず桜竜の涙から考察してみよう

画像やテキストからもわかるように、「涙」といってもその形状は「石」や「結晶」に近いものである

また「常しえ」と言われているが、これは神の属性のひとつである
桜竜の涙
桜竜のその身は常しえ
一度流れた涙もまた、形を保ち
常しえに乾くことはない
源の瑠璃
源の瑠璃には、常しえがある
瑠璃で鍛えたものとは、
常しえに砕けることも、錆びることも無い
神なる竜の恩寵を受けるがゆえだ

神や神の恩寵を受けるもの、あるいは神に等しいようなものは「常しえ」なのである

常しえとは、半永久的に変化しないもの、要するに「永遠性」のことである。神という概念は永遠性とつながり、永遠だからこそ神なのである
※永遠性を生物学的な用語に置き換えると「長命」となろうか


常桜の花

ひるがえって常桜の花はどうか

人返りルートで判明するように、常桜はその名に反して枝を手折られただけで枯れ果ててしまう。これでは「常しえ」とは言えない

常桜が常と呼ばれるのは「春に限らず、常しえに咲いていた」(エマ)からであり、その身が常しえであるからではない

※SEKIROに登場する「常しえ」には二種類ある。神の永遠性による「常しえ」と、竜咳に至るような、他者の犠牲の上に成り立つ「常しえ」である(厳密には九郎や桜竜も後者)

また手折られた枝についていた花も、三年も経つと枯れ落ちてしまっている


ここで「花」は散りゆく儚いものか弱きものの象徴として提示されている

」は豊穣や繁栄を示すと同時に、その脆弱性や短命を象徴するのである


石と花

永遠性(長命)を象徴する石と、繁栄や短命を象徴する花の組み合わせは、日本神話にその前例が存在する

イワナガヒメコノハナノサクヤビメの神話である

簡単にまとめると以下のような神話である

アマテラスの孫である「ニニギノミコト」が日本に降臨した際に、山の神から二人の娘を嫁に差し出される。ところが、ニニギノミコトはイワナガヒメが醜いことを理由に、彼女だけを送り返してしまう

山の神の言い分は、岩の女神であるイワナガヒメが永遠性を、花の女神であるコノハナノサクヤビメが繁栄を天孫にもたらすはずであった

だがイワナガヒメだけを送り返してしまったことで、天孫の永遠性は損なわれ、それ以来、天孫の寿命は人のように短くなったという


神話学的には人の寿命や死を説明する「バナナ型神話(wikipedia)」に属する神話である


桜竜の涙と常桜の花

では、SEKIROにおいて涙(石)と花はどういった役割を果たしたのか

桜竜の涙とは、それが「常しえ」であるように神の属性を帯びている。また液体でありながら結晶状の様態を有する性質は「竜胤の雫」と酷似している


拝涙」という儀式の存在や、竜胤の雫が「生の力」を秘めていたように、桜竜の涙もまたそれに比類した「何らかの力」を秘めていると考えることができる

竜胤の雫が「人が、人として生きるための当たり前の力」(エマ)であるように、桜竜の涙も「神が、神として生きるための当たり前の力」、つまり「神の生の力」を秘めているのである

神の生の力とは、神を神とする力、つまり「神魂」である


荒魂と和魂

竜の帰郷ルートでは、「生の蛇柿」と「乾き蛇柿」の二つのアイテムを入手する必要がある。蛇柿とは「神たる御魂を宿す臓」(生の蛇柿)であり、それが二つ必要なのは「神たる御魂」が二つ存在するからであると考えられる

二つの神魂とは、桜竜竜胤の御子のことであり、その二柱の神は「荒魂と和魂」という神の霊の二つの側面なのである(荒魂 wikipedia)

荒魂は神の荒々しい側面、荒ぶる魂である。勇猛果断、義侠強忍等に関する妙用とされる一方、崇神天皇の御代には大物主神の荒魂が災いを引き起こし、疫病によって多数の死者を出している。(wikipedia)

和魂は神の優しく平和的な側面であり、仁愛、謙遜等の妙用とされている。(wikipedia)
また、単に同一の神の二つの側面というだけでなく、別々の神として祀られている例も多い

荒魂と和魂は、同一の神であっても別の神に見えるほどの強い個性の表れであり、実際別の神名が与えられたり、皇大神宮の正宮と荒祭宮、豊受大神宮の多賀宮といったように、別に祀られていたりすることもある。(wikipedia)

桜竜を荒魂九郎を和魂と見るとその個性・性質がぴたりと合うのは偶然ではない


不死断ちEND

竜胤の御子が桜竜のを飲むということは、和魂である御子と荒魂である桜竜が一体化することであり、その結果として和魂と荒魂とが再統合された完全体の神が顕現するのである

この完全なる神を不死斬りにより断てば、当然ながら神はそのすべての力と共に「消滅」する

これが「不死断ちEND」である


人返りEND

では神となった御子に、もうひとつ常桜の花を与えるとどうなるか

永遠なる神は、神の属性である永遠性を剥ぎ取られ定命の者となるのである。つまり、永遠であった神は寿命を有する「人に成る」のである

寿命を持たない永遠なる神に、儚さや短命を象徴する「」を与えることで、寿命を持つ人に返す儀式、これが「人返り」なのである

「私も、人として懸命に生き そして、死のうと思います」(九郎)

人返りエンディングで九郎が口にするセリフである。ここには、不死の神から死ぬことのできる人間に成れたことへの感慨がこめられている


※おそらく九郎も桜竜も神の半身のような状態であり、完全な常しえを備えているわけではないと思われる

「花」の効果を得るためには完全な常しえが必須だったのであり、そのために「花」だけではなく「涙」も必要とされたのだ(九郎や桜竜が花だけ飲んでも人に返ることはできない。完全な常しえを得るためには二者の統合が必要だった)

※完全な常しえであるのは、桜竜の涙を飲んだ状態の九郎だけであると考えられる


主を縛る不死

だが、不死の契りを交わした従者がいるかぎり、人返りは不完全であるという

「竜胤の血を受けた不死は、その主を縛る」(人返りルート、エマ)

竜胤がその持ち主と強いつながりを持つのは、「桜雫」を使用し回生の回数を増やした際の会話からわかる

九郎:丈様の竜胤もまた…
そなたと共に、生きるのだ

桜竜の涙と常桜の花を飲むという「人返り」によって、神は人となった。けれども、九郎の竜胤が残っているかぎり、神の力はこの世界にとどまり続ける

上述したように九郎は神の「和魂」と考えられ、そのもまた「常しえ」であることから神に属するものである(これは竜胤の御子が傷つかないことからわかる)

ある意味で竜胤の血とは、九郎から分け与えられた神魂の欠片(あるいは飛沫)といえる

飛沫とはいえ、それは「神」であることにかわりなく、「あるべきでないものがあるがゆえ」(変若の御子)に、歪んだ生命を生み出す存在のままである

そのうえ「竜胤の血」はその本来の持ち主(九郎や丈)と強いつながりを持つ(魂の飛沫と考えると強いつながりを持つ理由がわかる)

九郎の神魂が隻狼の中に残っているかぎり、九郎は完全には人には戻れず、神としての自分に縛られることとなる

ゆえに、最後に残った竜胤の血をも断たねばならない。それには竜胤の血を受けた不死、つまり隻狼が死ななければならなかったのである

そうすることではじめて、九郎ならびに世界から「神なる竜」の力を完全に消滅させることができるのである

※ちなみに隻狼が常桜の花を飲むという手段は無効だと思われる。なぜならば隻狼は、それ自身が永遠である神ではなく常桜的な不死(偽りの常しえ)だからだ

※竜胤の力は常に九郎という神を介して発揮されるがゆえに主を縛るのであり、その従者の不死は「神の永遠性」による不死ではなく、竜咳に至るような、他者の犠牲の上になりたつ「偽りの常しえ」である。ゆえに「永遠性に寿命をもたらす花」を飲んだところで、人に戻るわけではないのである


蛇足

ややこしい「常しえ」関連の補足を入れるために、やや冗長になってしまった

基本的に葦名にある「常しえ」は偽りである。桜竜や竜胤の御子の常しえは、やがて歪みを生み竜咳を生みだす

結局のところそれは、神が「あるべきでない場所にある」のが原因である

神を消滅させるためには、分かたれた二つの魂を統合させた後に不死斬りでそれを断つか、寿命を象徴する「花」を飲ませることで、神を人にするしか方法がなかったのだと思われる

不死は主を縛る」に関しても特にこれと言った説明はなく、なぜそうなるのかを考えていたら、かなり迂遠な論になってしまった
一応の理屈はつけてみたものの、「主を縛る」を説明する明確な理由や理屈には至っていない


2019年8月28日水曜日

Sekiro 考察50 君の名はSEKIRO

SEKIROフロム版『君の名は』だった、という仮説を検証したものである
先に断っておくと私は大真面目である。大真面目にふざけている


キャラクター

『君の名は』の主人公は、宮水三葉と立花の二人である

このうち三葉の名前の由来は「みつはのめ」という水の神である
またの名前も、「滝」や「」のイメージからつけられている

つまり、この二人は「水の神/龍」という組み合わせなのである

一方、SEKIROにも同じ組み合わせの登場人物がいる

巴と丈である

巴は「淤加美」であるが、淤加美とは日本神話における「水の神」である
また丈は「竜胤の御子」であり、その意味は竜の血を引く御子、要するになのである


このように「三葉/瀧」と「巴/丈」は「水の神/竜」という同一の組み合わせとなっている



隕石湖

『君の名』に登場する糸守湖は、隕石によってできたとされる湖である。その形は丸くクレーター状になっており、湖を作った隕石はおよそ1200年前に地球に衝突したという

1200年前といえば、日本では平安時代である

さて、SEKIROにも隕石湖に似た形をした湖が存在する。源の宮の湖である。この源の宮の設定上の時代は、建物や文物の様子から「平安時代」のころである



葦名に隕石が衝突し、直後に建物が建てられ始めたとするならば、糸守湖を作った隕石と、葦名に落ちた隕石は同時期に地球にやってきたことになる

また、糸守町に落ちる彗星はその名を「ティアマト彗星」というが、ティアマトとは、メソポタミア神話に登場する海の女神であり、その姿は「」であるともされる

さらに宮水神社の巫女装束の頭飾りや神楽鈴には「竜」の装飾がほどこされていることから、1200年前に墜落した隕石を「竜神」であると考えていた節がうかがえるのである

宮水神社の御神体は、山頂にできたカルデラ地形の中心部の「カクリヨ」と呼ばれる神域に存在するが、その正体は巨石と巨木である

同じように葦名に「漂着」した神もまた「」であり、山頂近くにある磐座をその依り代としており、さらに神域たる仙郷においては「巨大な桜竜」の姿をとるのである(あるいは大桜)
もとはクレーターの底にあったと思われる隕石が「磐座」である

折られた大枝は隕石の飛来を示唆する(数百年前)

西から飛来した神なる竜が隕石に依り憑くことで、桜竜となった



組紐

『君の名』において、時間の概念を形にしたものとして「組紐」が登場する。この組紐の力により、三葉と瀧は時間を超えて邂逅することになるが、SEKIROにも同じ役割を持つアイテムが登場している

守り鈴である

組紐が「編まれる」ことにより「時間の流れ」を視覚化しているのに対し、守り鈴は「」により時間を表すものである(これはDSの鐘の音から続く伝統でもある)


しかしながら両者は共に、神の業により時を超える力を持った「時間を象徴するアイテム」なのである



口噛み酒

口噛み酒は作中、「三葉の半分」なのだといわれる。その残った半分を飲むことで、瀧は三葉の記憶を追体験することになる。つまり完全に三葉と一体化するのである

同じ作用を持つアイテムに「桜竜の涙」がある。不死断ちのために必要とされ、それを飲んだ竜胤の御子を不死斬りで斬ることで不死断ちが成るという

つまり桜竜の涙とは、神の半分なのである。もう半分である竜胤の御子がそれを飲むことで、神と一体となり、ゆえに不死断ちがなるのである




二つの世界線

『君の名』には二つの世界線が存在する

隕石が墜落し多数の死者を出したいわば失敗した世界線と、瀧と三葉の行動により人々が救われた、いわば成功した世界線である

SEKIROにおいては、失敗した世界線は過去として存在し、それは「三葉/瀧」と同じ組み合わせである「水の神/竜」の「巴/丈」によって演じられている

九郎/隻狼は、失敗した世界線を前例として行動し不死断ちに成功することになるが、これは『君の名』において人々を救うことができた世界線に存在する三葉と瀧と重なるのである

三葉の姓を「宮水」という。「宮の水」という意味である。源の宮にいた貴族は「宮の貴族」と呼ばれていた。で、あるのなら源の宮の水とは、「宮の水」と呼ばれておかしくはない


その宮の水の根源とは、竜胤である

九郎:その源は竜胤にある、というのだな(残影)

つまりSEKIROの世界において「宮水」は「竜胤」を意味し、九郎とはその体現者たる竜胤の御子なのであるから、宮水三葉と九郎とは同じ「宮の水」を象徴するキャラクターなのである

また、隻狼とは当初は「」と呼ばれている。「狼」を音読みすると「ロウ」となるが、「」という字を音読みしても「ロウ」となる

以上のことから、「三葉/瀧」とは「宮の水/ロウ」を介し、「九郎/狼」と重なるのである


物語

瀧は三葉を救うことだけを考え、三葉は人々を救うことを考える
これは、隻狼が九郎のためだけに行動し、九郎が人々のために竜胤を断とうと決意することと同じ構造である

物語の結末も、小破局(葦名の滅亡 or 変電所の爆発、山火事)を是認することで、大破局(歪みの氾濫 or 彗星の衝突による被害)を防ぐことに成功するが、けれども最も大事な者を失ってしまう、というややビターなものである

もちろん『君の名』のほうは最終的にはハッピーエンドに至るが、監督の作風からすると本来的には二人は再会しなかったのではないか、と考えられもする


結論

結論のようなものはない

この考察を本気にする人はいないと思うが、最後に追記しておく

細部に類似した点はあるものの、偶然の一致レベル以上のものではない
日本神話という同じ題材を元にしたものであるから、似た部分があるのも当然である

『君の名は』の主題である「入れ替わり」に関しても書いたのだが、操作ミスで消えてしまった。再び書く気力もないので大雑把に触れておくと、「平田屋敷」における過去と現在の隻狼の入れ替わりのことである