2018年6月25日月曜日

Death Stranding 没考察 爆発

一度にすべてを説明しようとして方向性を間違えた没考察
没なので読む価値はないが、全部徒労に終わるのもしゃくなので、戒めとして残しておく

BRIDGESマーク

Redditでちょくちょく見かける「BRIDGESマークに欠損がある」という指摘
拡大してみると確かに東海外のワシントンD.C.のあたりを中心としてクレーターが出来ているように見える

爆心地を中心としてクモの巣のような放射状の線が走っているようにみえる
この爆発がPV3にあった「これが 我々が目撃する 最後の爆発になる」であろうか
(ただしあくまでBRIDGESのマーク、つまりデザインされた図形であるため、象徴的な意味合いである可能性も十分にある)

爆発

これほどの爆発を引き起こすものとしてすぐに思い浮かぶのが核爆発物質と反物質の対消滅が引き起こす爆発、あるいはブラックホールの蒸発に伴う爆発である

ノーマンが歩く大地が放射線に汚染されているようには見えないこと、また黒い巨人に人間が喰われた時に起こる爆発から推測するに、どちらかといえば物質と反物質の大規模な対消滅が起こった可能性もあるが、今回はブラックホールの蒸発に伴う爆発を推してみたい(ブラックホールの生成法については後述する)

話の筋が少しそれるがPV4では「奴ら」に喰われると「ボイド・アウト」し、「一帯がクレーター」になるといわれている。

奴らに喰われることで発生したブラックホールはすぐに蒸発するものの、同時にその一帯が「ボイド・アウト」してしまう。ボイドとは「大規模宇宙構造においてなにも存在しないとされる空間を指す」(超空洞wikipedia

なぜグラウンド・ゼロ(爆心地)ではなく「ボイド・アウト」なのかというと、その空間がボイドのように何もない空間になってしまうからではないだろうか

さて、このブラックホールを発生させる「奴ら」「BT」とも呼ばれている
まずPV3においては「小型の奴ら」に捕まっても即座にボイド・アウトは引き起こされない。ボイド・アウトが起こるのは、巨人に喰われた直後である

次にPV4であるが、黒い小型の奴らに捕まり、地面の黒い水に引きずり込まれたところで映像が終わっているが、おそらくこの後にボイド・アウトがおこったと思われる

優先度でいえば巨人>地面の黒い水ということになるだろうか
BT=Blackhole Titansとか考えてみたがかっこ悪いし違うだろう
あるいはbrane(膜)か

ワシントンD.C.の爆発

次に、そもそもの発端となると思われるワシントンでのブラックホールの蒸発に伴う爆発がなぜ起きたのかを考えてみたいと思う

ブラックホールの生成というと、CERNによる粒子の加速衝突実験が思い浮かぶが、CERNの実験ではブラックホールが生成されたとしても極小のものにしかならず、大規模な爆発に至る可能性はない

また大規模な実験施設必要となるため、ワシントンのような都会で行われる可能性は低いと思われる

小規模な実験施設で可能で、かつブラックホールを生成してしまうような実験が理論物理学的には存在する

それがワームホール(詳細はwikipedia参照)である
ワームホールとは、
時空のある一点から別の離れた一点へと直結する空間領域でトンネルのような抜け道である。(wikipediaワームホール)
ある種の「橋」のような役割をもっているワームホールであるが、このトンネル構造を保つためには、ある物質が必要となる

それがエキゾチック物質(wikipedia)である

負の質量Wikipedia)を持ち、重力に反発するような既知の物理法則を破るような風変わりな性質を持つという(架空の物質であるが)

もしこのエキゾチック物質がなければワームホールのトンネルはつぶれてしまい、ブラックホールに変化してしまうという。

ワシントンで行われたワームホール生成では、このエキゾチック物質の濃度が低すぎた可能性がある(必要というのは理論上分かっているので、無かったとは考えにくい)

こうしてCERNの実験ほどマイクロではなく、銀河の中心にあるような巨大なサイズでもない、非常に手ごろなサイズのブラックホールが生成されたと思われる

手ごろなサイズのブラックホールはすぐに蒸発し、その蒸発に伴い「最後には爆発的にエネルギーを放出して消滅」したと思われる。そうして起きたのがワシントンD.C.における破局的な爆発だったのだろう



ワームホールの行く先

さて、ワームホールをつくったというからには、トンネルを通ってどこかへ行こうとしたはずである
ワームホールの始点はわかっている。ワシントンD.C.
ここでBRIDGESのマークが意味を持ってくる
ワシントンのグラウンド・ゼロからクモの糸のようなものが全米に伸びている
その横軸と縦軸が交わった結節点が少し膨らんでいるのがわかる

この結節点こそ、ワームホールで結ぼうとした場所ではないだろうか
確かにマーク上の欠損した地点で爆発が起きたのかもしれない。しかし同時にこのマークは、全米を覆うワームホールのネットワークも示しているのではないだろうか(つまりワームホールによる輸送はすでに実現していた)

全米各地を結んでいたワームホールのネットワークだが、おそらくワシントンで事故(エキゾチック物質の濃度の低下)が起き、そうしてブラックホールが生成されてしまった。こうしたワームホールのブラックホール化により、ワームホールの終点にも影響が出たはずだ

具体的には各地のワームホールが小型ブラックホールに変化して爆発、周囲に被害をもたらし、さらにワームホールに満ちていたエキゾチック物質が世界に飛散してしまった
それは大気中に溶け込み、やがて地上へと落ちてくる
つまり、時雨である

時雨

PV内に見られた重力異常や、重力操作はこの「エキゾチック物質」が原因だと思われる
負の質量を持つ物質は、一つ以上のエネルギー条件を破りうる。そして、重力によって引き寄せられるのではなく反発するなどいくつか奇妙な性質を示す。(Wikipedia)

先ほどエキゾチック物質はワームホールのトンネルを保つのに必要だと書いた。そして濃度が低かったためにトンネルが保てずブラックホールに変化してしまったとも書いた。

では時雨が降り注ぎ、エキゾチック物質の水たまりができるほど濃度が高くなるとどうなるか?

ワームホールが形成され、別の場所と繋がってしまうのではないだろうか
ワームホールは水たまりの下に形成されていると思われる(地面の下から奴らが出てきて人間を引きずり込む=PV4におけるボイド・アウト)

さらに言えばワームホールがつながった場所とは、負の世界ではないだろうか
負の世界から負の住人がワームホールを通ってやって来る。ただし彼らは負の質量を持っているので、正の質量衝突して無化されてしまう
質量が正および負で、その他の性質が等しい物質どうしが衝突したとき、いかなるエネルギーも放出しない。つまり、正と負の質量の物体は互いの存在を"相殺"あるいは"無化"すると予想される。(負の質量wikipedia)
だが、エキゾチック物質が濃い場所時雨に濡れた場所負の時空へと変化しているために、干渉が可能である(同様に時雨に濡れた人間その他の物質にも干渉できるようになる。濃度が最大限まで高まると、重力に反発するというエキゾチック物質の性質から、重い物質すら浮き上がり始める=PV3の巨人に喰われる直前あたりの光景)

落としたばかりの時雨に濡れていない写真を奴らが踏んでもなんの影響もないが、その下の時雨がしみ込んだ土には足跡がつく理由は、負の質量と正の質量が衝突した際の無化と、負の質量が創造する特異な時空における物理干渉である

時雨が他の物質に触れると「時間を進める性質を失う」のは、部分的に無化されているからだと思われる

ただし時雨は負の世界の住人とはやや性質が異なると思われる。
時雨も負の世界からの住人も、ともに負の質量をもつが、時雨が無化されないのに対し、負の世界の住人は無化されてしまう。この違いは時雨が液体であることから発生すると思われる。現実世界で負の質量をもつ物質が実際に生成されたという話もあるが、その際の負の質量を持つ物質は流体である(物理学者が生成した「負の質量」をもつ物質の正体とは?

つまり時雨は負の質量をもちながら、条件次第では無化されずに世界に存在することのできる状態を保っている。さらに負の質量をもつ物質に触れると、その物質が無化されることを防ぐ性質も持つ(ただし正の物質に衝突すると無化される)

また負のエネルギーは時間をさかのぼることも可能とする
スティーヴン・ホーキングは、負のエネルギーは空間の有限領域内の重力場を操作することによって時間的閉曲線を創造するために不可欠な条件であることを証明した(負の質量wikipedia)

時間的閉曲線とは簡単にいうと、輪状になった時間のことである。未来が過去と繋がっているという奇妙なモデルだが、理論上はあり得るという。
(時間的閉曲線の詳細は「相対性理論における時間と宇宙の誕生・・・佐藤 勝彦」のタイムマシンの項)

さてこうして時雨によってワームホールが作られるが、その最も大きなトンネルがあるのは、巨人の口の中である

ただし時雨によって生成されるワームホールは人類が制御していたワームホールとは異なり、制御されていない一方通行的なワームホールである
その場合、負の質量をもつエキゾチック物質が満たされたトンネル内に、正の質量をもつ人間が入るとワームホールはつぶれてブラックホールに変化してしまう(そして爆発が起きる)

後に、ソーンの考えたワームホール解は不安定解であることが数値計算から報告されている。数値計算ではワームホールを正の質量をもつ粒子が通過した場合、ワームホールは加速度的に潰れてブラックホールに変化してしまうという結論が得られている。そのため通行可能なワームホールは自然なままでは一度きりしか使えない一方通行の道になってしまう。しかしもし通行のたびに旅行者が加えた擾乱の分だけワームホールに人工的な補正を加えて恒久的に維持し続けられるなら、相互通行に使用できるということも数値計算から導かれている。(ワームホールwikipedia)
制御されていないエキゾチック物質は黒い水としてあらわされ、制御されているエキゾチック物質は透明の水であらわされていると思われる

おそらく人類は制御されたエキゾチック物質に満たされた制御されたワームホール有している。そのワームホールはタイムマシンの機能もあり、ノーマンはワームホールを通って過去の世界へ赴く、未来からの帰還者であるのかもしれない


蛇足

負の世界という曖昧な用語を使ったが、正確にはCPT対称性から導かれる「反宇宙」の存在である可能性もある(詳細は蛇足2で)

負の質量をもつ粒子と正の質量をもつ粒子は、カイラル(対掌的)な螺旋軌道で動く(空に向かって伸びる黒いねじくれたヒモ)

カイラル濃度とは時雨の降りが激しいことではなく、時雨に触れた負の住人、つまるところ鏡像異性体(キラル分子Wikipedia量が増えることで濃度が高まるのではないだろうか

触れると時間が進むという現象に関する考察はまったく思いつかない(ワームホール内は時間の流れが異なり、その影響を受けて時雨が触れるとワームホール内の時間の流れに巻き込まれるか)

時雨に関する考察が不完全なので、この考察は根本的な部分で何か間違っていると思われる

蛇足2 CPT対称性

CPT対称性とは、例えば我々の宇宙に対し「粒子と反粒子を入れ替え(C)、鏡面反転(P)し、さらに時間反転(T)」といった変換を行ったとしても、その鏡像宇宙は我々の宇宙と寸分たがわぬ物理法則を有する宇宙である、とする理論である
CPT対称性によると、 我々の宇宙の"鏡像" —すべての物体の位置が虚数平面で反射され(パリティ反転に対応する)、すべて運動量が反転し(時間反転に対応する)、そしてすべての物質が反物質に置き換えられた(チャージ反転に対応する)鏡像宇宙— はわれわれの宇宙と全く同じ物理法則によって発展していくであろう、ということが示唆される。CPT変換はわれわれの宇宙をその"鏡像"へと変換し、その逆もまた行う。CPT対称性は物理法則の基本的な性質として認識されている。(wikipedia CPT対称性より)
ところが、物理学においてはこのうちのCP対称性が破れることが判明している
なぜならば、この対称性が破れなければ我々の宇宙そのものが存在しなかったからである
現在の宇宙では、物質が反物質よりもはるかに多い。 宇宙の歴史の中でこの非対称性を生成するためにはCP対称性の破れ必要条件(wikipedia CP対称性の破れ)

さらにT、つまり時間反転対称性までもが破れるという

ではそもそも時間反転対称性とは何か?
時間を反転させても宇宙の物理法則は変わらない」という対称性である
T対称性(ティーたいしょうせい、英語: T-symmetry)または時間反転対称性(じかんはんてんていしょうせい、英語: time reversal symmetry)とは T : t → −t となるような変換に関しての物理的対称性である。(wikipedia T対称性)
時間順行してようと反転してようと、物理学的に引き起こされる現象は同一であるということだ
地球上で観測される反粒子が、時間に逆行する粒子であると解釈できて矛盾がないならば、われわれの宇宙とまったく同じであるが、ただ三つの対称性(電荷、パリティ、時間)がわれわれの宇宙と反対向きになっている宇宙を、容易に考えることができる。何だかまだよくわからない意味で、もし電荷が左右対称であれば、反宇宙は単に空間および時間の向きが逆転した世界である(『自然界における左と右』マーティン・ガードナー)
より詳しくは「量子力学と時間反転(PDF)

この時間が反転した反宇宙は下記のようなものである
 相互に作用しあうことのできる宇宙が存在しないかぎり、「反対向き」の世界に住んでいる知的生命体は、自分たちは完全に正常な形で前に進んでいると思うのである。(『自然界における左と右』マーティン・ガードナー)
これまでの説明を要約すると、時間が反転した宇宙が存在する可能性は理論的にはありえる。さらにその宇宙の物理法則はわれわれの宇宙と同一であり、その宇宙は彼らの主観的には「正常」に時間が進んでいる宇宙である、となる

前回の考察において「砂時計」の比喩で表した二つの世界が、これら宇宙と反宇宙に対応すると思われる

1.反宇宙においてはパリティ変換によって世界が鏡に映したように反転している
その結果、虹が対称性をなすように「反転」することとなる(「反虹」)である
※「鏡は左右を反転するが上下は反転しない」という説は厳密には誤りである(長くなるのでここでは触れないが、パリティの変換により上下左右前後はきっちりと反転される)

2.また反宇宙を構成する粒子は反粒子である
その結果、宇宙の粒子と反宇宙の反粒子が接触すると対消滅を引き起こす

3.そして反宇宙時間の流れが反転している
ただし時間の流れというのはそもそも相対的なものである。宇宙から反宇宙を見た時、あるいはその逆の場合にのみ初めて時間が反転していることがわかる


蛇足3

最後に。ゲーム内のコミュニティは分断されているように思える。これはおそらくアメリカ社会の分断という社会情勢が反映されたものであろう

911以後のネオコンの台頭、キリスト教原理主義の暗躍、そして正義なき戦争へ突入していったアメリカ。さらに貧富格差の拡大や白人至上主義の復活を経て、その帰結としてのトランプ大統領の就任。もはやアメリカは南北戦争以来の分裂の危機に瀕している。

こうした分裂の綻びを取り繕い、アメリカをもう一度一つにする者として要請されたのがノーマンなのだろうとも思う。いわばアメリカ建国史をもう一度繰り返すようなストーリーであり、ノーマンは新しいアンクル・サムなのかもしれない

2018年6月16日土曜日

Death Stranding 考察4 世界を繋ぎとめること

本来であればある程度の筋道を決めてから書くべきなのだが、どう考えてもうまくまとまらないので場当たり的に考察することにした。よって結論めいたものは特に存在しない(あるのは思い付きと単なる想像である)

逆さ虹

空にかかる逆さ虹。これは現実にもみられる現象で「環天頂アーク」と呼ばれるものであるが、よく見ると通常の虹と「色の順序が逆」である

現実の虹は弧の外側が赤色であるが、画像の虹は弧の外側が紫である
この順序は環状になっても保たれる


また、環天頂アークは太陽の上に出るのが通常であり、画像のようにに出ることはない

PV2にもこの逆さ虹は登場している
実はこの「色の順序が逆」の虹も現実に存在する現象で、「副虹」wikipedia虹)と呼ばれるものである。ただし、この副虹は主虹と同時に出るのが通例のようで、画像のように副虹単体で出ることはないようだ

このことからPVに登場する逆さ虹は環天頂アークでも副虹でもなく、「色の順序と弧の向きが逆」の特殊な虹であると思われる

この虹が何を意味するのかは不明である
例え世界を逆さまにしても、現実の虹と色の順序が異なってしまうので、単純に世界が逆さまになっているとも思えない

ある種、現実の虹と対称性をなす「反虹」とでもいうべきものだろうか

世界


後ろにある運搬機がわずかに浮いている
このことから重力を操作するような技術が存在すると思われる。荷物の下にある白く光る装置がそうだろうか。ノーマンの背負う荷物の下部にも同じ光がある。おそらくノーマンが背負う荷物の重量を軽減しているのかもしれない

バイクが崖下に落ちる。乗って移動するようなビークルが存在するということだろう

ハシゴをかけて崖を渡ることが可能

人が住んでいると思われる建築物と、それを見てを取り出すノーマン。
この銃の詳細図が以下である

注目すべきは下の銃の弾倉の上の部分に張ってある注意書きである
人の図には×が付き、右のスライムのようなものに赤字で〇スラッシュが描かれている
人に使うなという注意なのか、それとも右のスライムに使えということなのか不明


画像だとよくわからないが、黒い石のようなものが空へ上昇していく重力異常が起こっている。ということは上空に巨大質量が存在するということか(ブラックホールのような)。あるいは世界の時間が遡っている現れだろうか。それとも何かに引き上げられているのだろうか

廃墟で「奴ら」に包囲されている場面
ノーマンが着用しているのは、BRIDGESのオレンジ色の防護服である
このことからPV4には、PORTERの防護服を着用している時間軸と、BRIDGESの防護服を着用している時間軸があることがわかる(紺色の防護服もBRIDGESと記されている)

黒い影(「奴ら」「BT」)に襲われる場面である。黒い影のへそから延びる紐の先端が空中で消えている。おそらくこの黒い影は「繋がり」を失っている

死体を運ぶノーマン。BRIDGESとしての任務だろう
伝説の配達人(PORTER)」として働いていたノーマンがやがてBRIDGESと出会い、その役目を担うこととなる、ということだろうか

FRAGILE(割れ物注意)と記されたスーツを着ているレア・セドゥ
彼女も運び屋だと思われる

また右奥に高層建築群のようなものが見える。ざっと調べてみたがアイスランドには高層建築群のようなものはないらしい(アイスランドで最も高層の建築物はスマラトルグ・タワーの77.6メートル)。おそらく地球が寒冷化した後のアメリカではないかと思われる


ノーマンが持っていた写真
左の女性は妊娠している(写真の下部、Beの下、下腹部に左手が添えられている)
また写真が撮られた場所はアメリカ、ホワイトハウスの大統領執務室である
何となく、単なる憶測だが中央のリンゼイ・ワグナーが大統領のように思われる
リンゼイがヒロインとのことなので、ノーマンがその夫左の女性は二人の娘だろう
となると娘の子供の父親が問題となるが、本命マッツ、対抗その他、大穴デル・トロ


ここも逆さ虹である
クジラや魚類が浜辺に打ちあがった場面…と言いたいところだが、これはもしかすると海が干上がった状況なのかもしれない
「海」とは、ノーマンが死んだ時に行く場所である。逆さのクジラが泳ぎ、海面上に謎の化け物がいる場所である

世界を繋ぎとめること

これまでの動画を見ていると、世界が二つあることが示唆されているように思われる
おそらく世界の構造は、上世界と下世界に分かれると思われる

下世界は時間が正常に進むのに対し、上世界は時間が逆に進む(遡る)
そしてこの二つの世界は密接に連関している

イメージとしては「砂時計」である
砂時計の砂の代わりとなるのが、「水」である
この水は上の世界では透明であるが、下の世界では黒い(タイムフォールを起こす)

さらに砂時計が時間を表すように、上の世界から水が減るに従い、上世界の時間は遡ってゆく。反対に黒い水が降り注ぐ下世界は時間が進んでいく

上世界の水が完全に下世界に落ち切ったとき、上世界では海が干上がりリンゼイが若返った姿となる

ゲームの舞台は「砂時計」が一度ひっくり返された状態にある。すなわち上世界はもともとあった世界、つまり時間が正常に進む世界であったが、何か重大な事件が起きた結果それがひっくり返り、時間が遡ってしまうようになった

時間がそれ以上未来に進まない。これが「未来が座礁した」ということと思われる

これまでは、現実世界に何かが侵入してきたのではないか、と思ってきたが、本当はなのではないか。つまり、ノーマンたちPORTERやBRIDGESのほうが下世界に侵入しているのではないか

その目的は、下の世界に落ちてしまった大地を繋ぎとめるためである
そのつなぎとめるためのこそが、ねじくれた黒い紐なのだ

完全につなぎとめることが出来れば、画像の黒い小石のように上の世界に引き上げられる
ただし、その前に下世界の住人に捕まってしまうと対消滅を起こしボイドアウトしてしまう。復元すべき世界がそれだけ失われてしまうのだ

充分に大地を繋ぎとめることに成功した場合、下世界との通路がふさがれ、上世界は再び時を刻み始める。だが、それが不充分だと通路がふさがれずすべての水を失い、世界は時間を消失してしまう(未来が座礁したまま)

リンゼイのいう「遅すぎた」というセリフは、上世界の水が失われてしまったことを意味するのである。それは同時に時間が失われたことも意味するのである

おそらくノーマンは、世界をつなぎとめるための装置を運んでいると思われる
展開するとフルトンのように上空へと延びてゆき上世界との連繋が復活するのだ

また、大地が下世界に落ちた時、同時に人間や兵器も落ちてしまっている。彼らは上世界との繋がりを失い、下世界の住人となってしまっている

彼らと接触しても対消滅を起こすことはないが、繋がりを求めるがゆえに、上世界との繋がりを保つ帰還者を襲うのである

「奴ら」を銃で殺してもいいが、彼らの分だけ復活する世界が損なわれる(よって得策ではない)

断片化した世界繋ぎとめようとするのがBRIDGESだと思われる
彼らはクモの糸のようなもので世界を繋ぎ、それによって元の世界に復帰させようとしている。BRIDGESのマークは、彼らのそんな働きを示すものかもしれない








2018年6月15日金曜日

Déraciné(デラシネ)

デラシネ(根無し草)という言葉、時の止まった(ような)世界、古典的少女漫画電撃オンラインのインタビュー)、寄宿舎ときたら『ポーの一族(wikipedia)』かなと

デラシネの方は完全に時の止まった世界のようですが

読んだことのある人なら知っているでしょうけど、吸血鬼の話です
吸血鬼と言えば血族ですし、血族と言えばカインハーストですし、女王ですし、マリアですし、人形ですし、ブラッドボーンですね


2018年6月1日金曜日

Death Stranding 考察3 「PORTER」と核の冬 ※2018/06/05 Sorrowsの綴りを訂正



クトゥルフ神話であるとか、エジプト神話であるとか、の写真から舞台がアイスランドではないかという推測が出ているDeath Strandingであるが、ここではウィリアム・ブレイクとの関係から考察してみようと思う

ウィリアム・ブレイクといえば、PV第一弾の冒頭にその詩が引用されていた詩人だ
PVで引用されていたのは「無垢の予兆」と呼ばれるブレイクの代表作ともいえる詩の最初の四行である

対訳 ブレイク詩集』の解説によると「ブレイクの神秘思想を説明するのによく用いられる最初の四行」だという

ブレイクの時代(18世紀~19世紀頃)といえばロマン主義の全盛期であり、詩人や作家が各々の神秘思想を体系化することがよく行われていた

ブレイクにも彼独特の神話体系があり、その神話は『ティリエル』『セルの書』『アルビヨンの娘たち』と題された幻想詩の三部作として構想されていたという

このうちの『セルの書』から、その第四章引用してみたいと思う


The eternal gates’terrific porter lifted the northern bar:
永遠の門の恐ろしい門番北の閂(かんぬき)を 持ち上げた。

Thel enter’d in & saw the secrets of the land unknown.
セルは中に入り、未知の国の秘密を 見た。

She saw the couches of the dead, & where the fibrous roots Of every heart on earth infixes deep its restless twists:
彼女は死人の床(とこ)を見、そこに地上の死者のあらゆる心臓の 繊維状の根が 絶えずよじれて地中深くに張っているのを 見た。

A land of sorrows & of tears where never smile was seen.
そこは決して微笑みの見られない悲しみの国
(『対訳 ブレイク詩集』松島正一編 岩波文庫から引用)


ここでporterは「永遠の門の恐ろしい門番」として登場する
さらに解説によるとネオ・プラトニズムにおいて、「porter」とは冥界を司る神プルートを指すという(ブレイクの「預言書』体系ではロスという名前らしい)

その門番が北の閂を持ち上げ、セルを未知の国へと誘う

イギリスの詩人であるブレイクにとって、イギリスの北にある未知の国はどこにあたるかというと、地理的に「アイスランド」しかない

その未知の国において、セルが見たのは「死人の床」と、「地上の死者のあらゆる心臓の 繊維状の根が 絶えずよじれて地中深くに張っている」光景である

捻じくれた黒いヒモのようなものが垂れ下がるPVを彷彿とさせる光景

なぜ地中に深く張っている根をセルが見られたかというと、そこが地下にある冥界だからである

その冥界は決して微笑みの見られない、悲しみ涙の国であるという
世界に顕現したマッツが微笑み、冥界に降りたノーマンがを流すのは、以上の理由からかもしれない。また涙(tears)の前に悲しみ(sorrows)があるのは意味深だ(ソローと言えばMSGをプレイした人ならわかるだろう)


ここで話は変わるが、プルートといえば、かのプルトニウムの語源の語源である(冥界の神プルート→冥王星→プルトニウム)
プルトニウムといえばご存知のように、核兵器の原料である

つまり「Porter」から「核兵器」は連想ゲーム的につながっているのだ

軍事に明るい人間が、あえてブレイクを引用し、さらにPorterという単語を用いたからには、当然この繋がりは想定されているはずである

おそらくPorterには2つの意味が込められている
冥界に属する者としてのPorterと、プルトニウムのPorterである

前者はノーマンの立場をあらわしていると考えられる

PV2においてデル・トロ監督は「BRIDGES」のバッチをつけており、それはPV第三弾のオレンジ色の防護服を着た男たちにも受け継がれている

だがノーマンだけは肩と太ももにPORTERと記された防護服を着用しているのである


このことから、ノーマンは冥界と繋がりがあり、かつ冥界の門を司るような立場にいると考えられる

では、冥界とは何か

核戦争が行われると「核の冬(wikipedia)」と呼ばれる現象が起きるという説がある

核爆発やその火災により舞い上がった灰や塵によって日光が遮られた結果、地球は「氷河期」のような環境になるという

いわば全世界極北の「アイスランド的」な環境になるのだ
この状況が冥界である

つまり、「アイスランドの苔」は舞台がアイスランドであることを示すというより、氷河期の地球がどのような環境になるのかをシミュレートしようとした際に、ロケーションの似ているアイスランドが採用されたと考えられるのだ


要約すると、Death Strandingの舞台はアポカリプス後核の冬が訪れた地球である(BRIDGES北米大陸マークから、おそらくアメリカではないだろうか)

極寒の環境において人類は衰退し、各々のコミュニティは分断されてしまっている(UNITED CITIES OF AMERICA)。その分断されたコミュニティを繋ごうとするのが「BRIDEGES(複数形の橋)」という組織なのかもしれない

また大規模な核戦争は膨大な量の放射線を発生させる
この放射線によって人間の遺伝子が変異破壊されることはFalloutシリーズでもおなじみである

PVに女性が一人も登場しないのは、正常な子供を産める個体が極めて希少だからなのかもしれない
人類という種の滅亡を防ぐために男性による出産技術が確立され、それがノーマンに施されたのかもしれない
さらに言えば、その実験的な繁殖法がノーマンを特殊な存在へと変異させたのかもしれない(この段落は単なる憶測であってE3までの暇つぶし以外の何物でもない

もしかすると昨日発表されたFallout76と舞台がかぶるかもしれない
だがおそらくDeath Strandingはより異質だろうと思われる

小島監督がアメリカの映画やドラマが大好きなことを考えると、
ゲーム・オブ・スローンズ(冬来たる Winter Is Coming)とウォーキング・デッド(コミュニティの分断)をかけ合わせ
さらにそこにKAIJU(怪獣)をぶち込み、ミストやイットといったクトゥルフ要素の有る映画という香辛料をふりかけて煮込んだような料理であるかもしれない

ゲーム自体はPVの印象よりも現実的なものであるだろう(映画版のミストに似てる気がする)

2018年5月14日月曜日

Death Stranding 考察2 要点の整理

 わたしの小説の多くで時間が大きな役割を演じるのは、宇宙においてははなはだ劇的で、忌まわしくも恐ろしいものとして、この要素がわたしのこころに大きくのしかかっているからです。(『ラヴクラフト全集4』『怪奇小説の執筆について』H・P・ラヴクラフト)

考察1がかなり冗長になってしまったので、その要点だけをまとめようと思う
ついでに前回の考察ではカットした「遊び」に関する考察も含めた。また蛇足としてティザームービーのシーンごとの自分なりの解説もしてみた

時間の消失による「急激な老化」とタイムフォールの「時間が進む」という現象は、現象としては同一である。時間がないことが「原因」であり、時間が進むことが「結果」である。どちらも同一の現象として観測される

Death Strandingの世界には3つの領域がある


1.人間界
2.異界(赤ん坊、死者、神々の世界)
3.砂浜(人間界と異界の重なる領域)

である

1.人間界とは人間の住む世界である


2.の異界とはニライカナイ的な世界である
ニライカナイの特徴としては以下のものが挙げられる

豊穣(生命の源)が存在する
死者が住む
神々が坐す
時間が存在しない


3.砂浜とは、人間界と異界とが重なった時にだけ出現する「遊びの場」である
砂浜の特徴としては以下のものが挙げられる

・時間や場所が一定でなく、場所や時間は常に不確定である
・人間界の土と異界の水が合わさることで徐々に「砂浜化」する
・人間界と異界の住人の両者が存在することが可能である
・「闘争の遊び(ヘアゾ・ラーク)」の行われる場である

「闘争の遊び」に関しては前回も触れた「タケミカヅチとタケミナカタの力比べ」が参考になるだろう

遊びは闘争であり、闘争は遊びなのである。(『ホモ・ルーデンス』ホイジンガ)

遊びは残酷な、血を見るものでもありうるのである。(『ホモ・ルーデンス』ホイジンガ)

純粋な遊びであるからこそ聖なる祭儀的分野に属しているのだ(『ホモ・ルーデンス』ホイジンガ)

こうした遊戯的な闘争が行われるのが遊びの場である

 空間的制限。闘技場、トランプ卓、魔術の円陣、神殿、舞台、スクリーン、法廷、これらはどれも形式、機能からすれば、遊びの場である。(『ホモ・ルーデンス』ホイジンガ)

そしてこの遊戯は砂浜という時空でのみ行えるものである

遊びとは、あるはっきり定められた時間、空間の範囲内で行われる自発的な行為もしくは活動である。(『ホモ・ルーデンス』ホイジンガ)


Death Strandingで演じられる遊戯とは「花いちもんめ」あるいは「鬼ごっこ」である
鬼は異界の神であり、「花いちもんめ」の歌に登場する「子供をさらう鬼」である。

さらわれる子供を助けるための道具が「縄」なのかもしれない


蛇足:ティザームービー考察

第一弾
カニの死骸の散乱する砂浜からスタートする。カニとはきわめて「砂浜の生物」であり、砂浜化した場所には常にカニが登場する

砂浜に怪物の足跡がつけられていくが、姿が見えない。これはこの場所が砂浜化しつつあるか、あるいは砂浜化が終了しつつあることを意味する。この場面では砂浜化が終わり、死者の国である異界に取り込まれてしまったことを意味する。よって、砂浜に打ち上げられた魚類や鯨類はすべて死んでいるのである。


第二弾
土と水の混じり合った場所が映し出され、やはりカニが登場している(砂浜化の影響)。その場所をギレルモ・デル・トロ監督が何かを抱えて、何かから逃げている。キャタピラ音を鳴り響かせて橋の上を戦車が進んでゆくが、随伴しているのは古い軍服を着た骸骨の兵士である。

足下に黒い水(異界の水)が押し寄せてくるのを見たギレルモ・デル・トロはコックをひねる。すると抱えたポッドが透明になり赤子の姿が映る。これは異界に取り込まれつつある世界で、それに対抗することができるのが「生命の根源」を象徴する「赤ん坊」だけだからである

足元を流れてゆくのは、おもちゃの赤ん坊である

おもちゃは現実の世界と想像の世界のあいだをつなぐ媒介物である。(『遊び―遊ぶ主体の現象学へ』ジャック・アンリオ )

おもちゃの赤ん坊が流れてゆく下水道の先に、近代兵装をまとったマッツが登場する。彼の流す涙が黒いことから、彼は異界の存在(あるいは異界の力を行使できる存在)であることがわかる(骸骨兵を使役してることから)

また人差し指を口元に持ってゆく仕草は「沈黙のルール」をあらわすが、これは「言語の遊び」である「詩」を禁じているのである。

詩は言葉、言語の遊びである……まさに言葉の文字通りの意味で、そうなのだ。(『ホモ・ルーデンス』ホイジンガ)

そして最後に笑う。かのアリストテレスは人間を「笑う動物(アニマル・リデーンス)」と呼んだ。笑うのは人間だけなのだ。ゆえに彼が人間であることがわかる

まとめるとマッツは、異界の力を行使することのできる人間、ということになる。彼はこの遊び場のルールに精通している異界側についた人間であると思われる


第三段
やはり大量のカニの死骸からスタートするが、これもまたこの場所が砂浜に関係することを示す。

倒れていたノーマンが目を覚まし、あたりが水に濡れている(砂浜化しつつある)ことに気づく

投げ出された遺体袋のには金色の何かが張り付いているが、これは仮面である。死者が異界に取り込まれるのを防ぐ役目がある。

車の下敷きになった男の顔が水に濡れ、その顔が急激に老化してゆく。これは彼が「時間を失った」ことを意味する(浦島太郎のように)

足跡だけの怪物が登場し、人間たちは沈黙を強いられる。それがこの遊び場のルールであり、破ったものは負けとなる。色鬼高鬼と同様に、喋ったらいけないというルールの鬼ごっこ。実際的にはしゃべると鬼に見つかり殺されると思われる

死体袋が振動し地面に溶けてゆく。これは仮面と顔との間の「遊び」を失ったからである。遊びを失うと「顔と仮面の同一化」が進み、死者は死者として異界に取り込まれてしまう

自分の顔と仮面のあいだの「遊び」。それがなかったら、仮面は顔に張り付いてしまい、役者は人物像とは区別がつかなくなる。同一化が進んで錯乱に達する。(『遊び―遊ぶ主体の現象学へ』ジャック・アンリオ )

砂浜化が進み、神々が顕現する。ノーマンの左足の赤い色の液体は、血液である。生命(時間)を意味する血液は、異界の水に触れると激しい反応を起こすのであろう(少量の血液なので反応が限定的だが、人が一人取り込まれると大爆発を起こす)

重症を負った男が黒い腕にさらわれる。黒い腕は死者の腕であり、死者たちは生者を貢ぎ物として神のもとへ運ぼうとする。もうひとりの男は生贄を殺害することで破局を防ぐ

マッツの登場により、砂浜化が完全に完了し遊戯が開始されたことが示される(このことからマッツは完全な敵対者というより、通知者あるいは審判的な役割かもしれない)

そして見つかった生者は死者に捕らえられる。男は赤ん坊の入ったポッドをまだ見つかっていないノーマンに投げてよこす。男は自殺することで破局を逃れようとするが、それは果たされない。なぜならば「砂浜」においては「生と死」曖昧であるからだ。

捕らわれた男は神に喰われる。喰われるのは肉体ではなく男の持つ「時間」である。

時間のない異界において、生者のもつ時間は爆発的な効果をもたらす(宇宙が始まり時間が誕生したように、その存在は新たな宇宙を誕生させるほどのエネルギーを持つ)。具体的には人間界に異界の領域を創造することができる(遊戯による創造

大爆発の次の場面でノーマンは海中にいる
この海は異界の海だ(ニライカナイ常世は死や神々と同時に、生命の根源をも包含する複合的な概念である)魚やクジラが生きて泳いでいるのは、ここが豊饒の海であるからだ。

この豊穣の海に属するのが、ノーマンの喉の奥にいる赤ん坊である(赤ん坊は生命の根源を象徴するものとして異界に属する

覚醒したノーマンは黒い水を吐く(このことが豊饒の海もまた異界であることを示す)。この黒い水は「生命の水」でもある

 ペルシア文学では生命の水は乙女の髪の毛のように黒いと表現された。
 黒い死者によって管理された黒い生命の水と泥んこを人々は身体に塗ることによって再生の力を得ようとした。(『神話と民俗のかたち』井本 英一)

再生の力をもつという生命の水に浸ることで復活したノーマンは、右目から透明な涙を流す。これもまた生命の水である。この水が透明なのは、豊饒の海において水が透明だったように、ノーマンが豊穣の海に属する者となったことを現すからだ(飲み込まれた水は異界の水であるゆえに黒いが、さらに豊穣の属性を帯びたノーマンの流す水は透明である)。

要するに、マッツが神々と死者の側の人間であるのと対称的に、ノーマンは豊饒の海側の人間となったのだ

クレーター世界から奪われた土地を現わすものであり、異界化されてしまった世界を象徴するものである

そこは時間が存在しない「異界」であるがゆえに、それ以降の時間そのものが不可能であり、よって「最後の」爆発となるのである

2018年5月12日土曜日

Death Stranding 考察1 時間と砂浜

ルマルマは人間の姿をした巨人で同時に鯨でもあるが、海岸からやって来て西へ旅し、途中で出会った人間を皆むさぼり食った。人間に殺されそうになったルマルマは、人間に加入儀礼(秘儀)を教え、鯨となって海に帰った(死んだ)。(オーストラリアの神話『エリアーデ著作集 07巻 神話と現実』)

Death Stranding』というタイトルは、座礁鯨(クジラの集団自殺)をあらわす英語「Cetacean stranding」からとられたようだ(英語版『Death Stranding』のwikipediaより)

この「Cetacean stranding」であるが、クジラが乗り上げることが多いのは「砂浜」である(グーグルで画像検索するとほぼ全例が「砂浜」である)

この砂浜という地形に何があるのか
宗教学的、神話学的に「砂浜」が何を意味しているのかについて考えてみたいと思う


砂浜という境界

砂浜とは海と陸との間にある、狭く細長い領域のことである
古くから人はここを「異界と接する場所」と考えていた

異界とは、人間の世界ではない他界のことであり、古代においてそこは「神々の領域」であった
神々といっても狭義の神(いわゆるキリスト教的な)ではなく、「人間を超越した現象(生命の根源や豊穣)を司る領域」、と考えたほうがいいだろう

要するに海の彼方にある、人の手に負えない世界
古代の人々は「」をそのような「エネルギーに満ちた得体の知れない他界」として見ていたのである

沖縄に伝わる「ニライカナイ」や折口信夫のいう「常世」などが海の彼方にある他界の観念として最も純粋な形を残したものであろう

ニライカナイ常世は、「豊穣(つまり生命の根源的エネルギー)」が充満し、「神々の棲む領域」であると同時に「死者の国」でもある

そうした異界と対峙する形で人間が生きる「陸」が存在する
ここに「陸、土、生/海、水、死」という対比が生まれる

この「陸(生)/海(死)」狭間に位置し、両者を媒介するのが「砂浜」なのである
こうして「砂浜」には「生と死」という両義的な性質が付与されるのである

この媒介的な性質をよくあらわすものに「産屋」という風習がある
出産をする女性が隔離される小屋のことで、出産の際の血の穢れ共同体に触れさせないため、という説明がなされることもあるが、おそらくこれは後付の説明であろう

古事記においてトヨタマヒメは砂浜に産屋を作りウガヤフキアエズ(神武天皇の父)出産するが、なぜ砂浜かといえば、そこが「生と死の境」であるからだ(ちなみにカニ箒で掃うという儀礼的な所作が登場する)

父が海神であるトヨタマヒメの場合、海神を信仰する部族の神話に影響を受けた可能性もあるが、わざわざ陸でも海でもなく砂浜で出産したのは、そこが「生と死の境」であるからと考えられる

海のない土地でも考え方は同一である。海のない土地では「海」は「山」と置換される
民俗学者の柳田國男が論じた祖霊信仰において、山は死者の還る場所であり、同時に神のやって来る領域でもあるとされる(つまりニライカナイと機能的には同一

人は産屋という境界に置かれた密閉空間で「死から生」へと変転し、また喪屋という境界に置かれた密閉空間で「生から死」へと変転する、というのが古代の人々の死生観であった


そして、竜は海辺の砂浜に立った(『ヨハネ黙示録』)

砂浜は人の生死に密接に関係するだけでなく、彼方から到来した神が依り着く場所でもある

代表的な例がヒルコである

イザナギとイザナミ最初の子であるヒルコだが、不具の子であったために海に流されたという
そのヒルコが流れ着いたという神話が、日本各地に伝えられている

漂着したヒルコは多くは豊穣の神と崇められたという。やがてそれは恵比寿信仰と習合するが、海岸に流れ着いた「謎の物体」神と崇める風習が、日本には存在したのだろう

能楽には「翁」という演目がある。
この「翁」は老人の姿をしているが、「神」である
神が寿ぐのでめでたい演目とされ、正月などよくTV番組などで放映される

さてこのがいるのは、舞台上に極めて巧みに再現された「砂浜」である
砂浜に青い松(「白砂青松」)がある場所に神が降り立つ(依り着く)のである

また『翁』に使われる「翁面」の中には海の彼方から流れ着いた、という伝承を持つものもある(『宗像軍記』)

国譲り神話においても砂浜は重要な場所となる
葦原中国の平定に遣わされたタケミカヅチが降り立ち、コトシロヌシに国を譲るように迫ったのが、「出雲国伊那佐の小濱」なのである(砂浜の持つ境界性ゆえに外交の場に選ばれたのである)

ところが外交が決裂し、その砂浜は一転、戦場ともなる
タケミカヅチとタケミナカタ力比べが行われたのもこの砂浜であった(境界的な領域である砂浜は国境でもあるがゆえに、戦場となる)

砂浜をめぐる物語のうちで最も有名な例が「浦島太郎」であろう
いじめられたと出会うのも砂浜であり、帰ってくるのも砂浜であり、玉手箱を開けるのも砂浜である
要するに「異界である海と竜宮城」以外は、すべて砂浜の物語なのである

重要な点は、異界と人の世界では「時間の流れ」が異なるというところだ
より正確に言い表すのならば「異界」は「時間」から隔絶している

というのも、浦島太郎のおとぎ話の中には「四方四季の部屋」というのが登場することがある
この部屋からは四つの季節(春夏秋冬)が同時に見えるという
つまり「時間の流れる速度」が異なるのではなく、異界には「時間が存在しない」

海の彼方にある異界を「常世」ともいうが、常世とは「永久に変わらない神の領域」を意味し、このような時間の超越性こそが「異界」の定義のひとつなのである

近代における最大の砂浜の物語は、「ノルマンディー上陸作戦」であろう)
(幾度も映像化されたこの第二次大戦最大の作戦において、砂浜は「生と死」の交錯する境界的な時空となる
そこでは神話的な闘争が繰り広げられ、戦争という名の破滅的な儀式が執り行われる)
(生と死が混ざり合い、混沌が極限に達したその瞬間に、名状しがたき何か異界から到来するかもしれない)


Death Stranding

さてようやく本題に入る

上述したように「砂浜」には「境界性」があり、「世界と異界を結びつけ」「異界との往来」「生と死の移行」を可能にし「神を降り立たせ」「神と相まみえる(外交や闘争)」ことのできる性質がある

「砂浜」「生と死」「陸と海」「土と水」狭間にある場所であり、それらのどちらにも属さない場所である

「異界」とは、上述したように「生命の根源」が充満する領域で、かつ「神々の住まう領域」であり、そのうえ「死者の国」でもある

「世界」とはもちろん人類が存在する領域である

ティザームービーを見た上で、これらをまとめると以下のようになる

異界には赤子(生命の根源)骸骨兵(死者)巨人やクトゥルフ的な神(神々)が属している
海中のシーンは異界であり、黒い水や骸骨の兵士(死者)もまた同じ異界に属している
と、同時に異界にはクトゥルフ的な神々も棲み着いている

これらは何もオリジナルな設定ではなくニライカナイや常世と同じ構造を持っているのである
「正と負(生と死)」さらに「神」をも包含した複雑な「異界」が、「砂浜」を挟んで人類の「世界」と向き合っているのだ

ただし「砂浜」地形的(三次元空間的)な意味での「砂浜」ではない
そこは、土と水の混ざり合う場所、つまりムービーに登場する雨の降る領域である
世界と異界とが重なった境界的領域」が「砂浜」となる)

異界からの水が、世界の土混ざり合ったとき、そこが砂浜と化すのだ(ゆえに異界化した場所には、砂浜の生物であるカニが登場する)

その瞬間、その時空は「世界と異界を結びつけ」、「異界との往来」や「生と死の移行」を可能にし「神を降り立たせ」、「神と相まみえる(外交や闘争)」ことのできる砂浜となる

Death Stranding「砂浜」で繰り広げられる人類と神々との闘争をプレーヤーに体験させるものかもしれない

「生と死の移行」が可能な境界性を帯びた砂浜においては、人間は生死が曖昧な状態に置かれる(砂浜化が進行すると自殺を試みても、それは果たされない

さらに世界と異界とが重なりつつある「砂浜」であるため、異界の神が顕現することが可能となる

顕現した異界の神は生者を喰らおうとする。より正確に言えば生者の「時間」を喰らう

この時、世界からも「時間」が消失する生者は世界に属しており、彼の持つ時間は元は世界のものであるがゆえに、彼の時間が喰われた時、世界からもその時間失われる

この時なぜ爆発という激しい反応を伴うかというと、ビッグバンによって時間が始まったように、異界の神が得た時間によって新たなビッグバンが引き起こされるからである(そうして誕生した領域は、異界と融合し、異界は拡大してゆく)

 人類が出現するわずか五千万年前まで生息していた種族。この種族は、時間の秘密をつきとめた唯一の種族であるが故に、最も偉大な種族であるとされている。(『時間からの影』大いなる種族について『ラヴクラフト全集3』)

人類世界に属する者時間喰われることで、世界は時間を失い人類は陣地を失う

砂浜における闘争はそこが2つの世界が接する境界であるがゆえに領土争い色を帯びる(国譲り神話にあるように)

こうして誕生した新たな異界領域であるが、異界には時間が存在しないため、異界化された新しい領域にも時間は存在しない(ちなみに近代的兵装のマッツが第二次大戦中出現できるのも、異界人類世界の時間とは無関係に存在するからである)

また、浦島太郎玉手箱を開けたときに起きた現象は、老化ではなく時間の喪失」である。急激な老化という激しい反応は時間を喪失したことによる現象である。(ムービーで黒い雨に濡れると急激に老化するのは、同じ現象であると考えられる。

人類の最後の爆発は、世界から時間が消失するという、世界の異界化によって発生すると考えられる(時間が存在しなくなるので、「それ以降の爆発」原理的に不可能となり、それゆえ「最後」なのである)
無垢の予兆
一粒の砂にも世界
一輪の野の花にも天国を見、
君の掌のうちに無限
一時のうちに永遠を握る。(『ブレイク詩集』)

さて闘争に破れたノーマンであるが、赤子の力復活する
なぜ復活が可能かというと、赤子が「生命の根源」であるからである
この生命の根源という属性もまた、ニライカナイ常世といった異界の属性の一つである

おわりに

本来であれば「軍事」「歴史」「社会情勢」「科学」を絡めて語りたいところだが、ムービーがあまりにも非現実的であり(それさえもミスリードかもしれないが)、また実は小島秀夫という人物をあまり詳しく知らない(ゲームとしてプレイしたのはMGS5ぐらいである)ため、無責任かつ悪ふざけも込めて、思い切った妄想を爆発させてみた次第である

考察するうえで困ったのが赤子とクトゥルフ的神々、さらに死者の軍勢統合する原理が見つからないことである。各々に別々の設定があるのではないかと思われるほど各要素に統一感がなく、一つの作品としてイメージできなかったのである

しかしながら各要素を「異界」というパースペクティヴから俯瞰した時に、意外に馴染みのある概念が想起されたので、それを起点いつものようにダラダラ連想しつつ書き連ねていった次第である

またredditの古代エジプト神話説をすでに読んでいたので、あえてちょっと日本神話にこだわってみたところもある。エジプト神話については全く詳しくないため(「アサシンクリード オリジンズ」をプレイした程度の浅い知識)、古代エジプト神話説どれくらい蓋然性があるのかすらわからないが、一読するかぎりかなり説得力があるように感じた。とはいえ、異界観(他界観)世界どこに行ってもだいたい似通っているので、日本神話から語っても、もしかしたらまぐれでカスることもあるかもしれない

ただし時間の相対性、つまるところアインシュタインの相対性理論等の科学的知見完全に無視しているので、全くの見当違いという可能性も高い

本音を言えば、テロリズム、難民問題、AI、VR、ヒッグス粒子、統一理論、SNS、LGBT、言語学あたりに触れてくると思っていたので、現在発表されているティザームービーはやや予想外であった。


2018年4月15日日曜日

ゼノブレイド2 考察8 グノーシス主義と超人思想

キリスト教グノーシス主義と主流派キリスト教の最も根本的な差異は、創造主の捉え方である。

創世記にあるように、主流派キリスト教は世界を創造した神こそが善であると考える。
一方でグノーシス主義では、世界を創造した存在こそが悪の根源とし、悪の創造主の上位に善なる神がいると考える。

主流派キリスト教
 善なる神(創造主)→世界
 
グノーシス主義
 善なる神・・・・・・→悪の根源(創造主)→世界

なぜグノーシス主義がこんなにややこしい構図を創出したかというと、悪の起源の問題を解決するためである

ドストエフスキーはその著作『カラマーゾフの兄弟』において、イワンに反カトリック的な教説を述べさせているが、そのうちのひとつに「悪の起源の問題」がある

イワンは「両親に虐待された末に死んだ幼児の話」をする
何の罪もない幼児両親はただ邪魔だからという些細な理由から虐待し、幼児は糞塗れで死んでいくのである

なぜこれほどの「悪」がこの世界に存在しているのか
善なる神が作ったはずの善なる世界に、なぜ「悪」が存在しているのか
もし本当に神が世界を造ったのだとしたら、「神はこの幼児に加えられた窮極の悪」を許していることになる

いや、許しているどころか、神がその意志により世界を造ったのだから「悪を望んで」さえいる

善なる神がなぜ悪を許すのか
なぜ人類は悪によって苦しみ続けなければならないのか

この難問に対するキリスト教、ユダヤ教側からの一応の回答として『ヨブ記』がある

神とサタンとの賭けの対象となってしまったがために、義人ヨブが様々な苦難を受けるという話である
苦難は理由もなく突然、何の前兆もなしにヨブを襲い、ヨブは家族や財産をすべて失う
なぜ自分がこれほどの禍いを受けなければならないのか、ヨブは苦悩するが神を信じ続ける
サタンや友人たちによる説得や誘惑をはねのけ、神への信仰を捨てなかったヨブは最後は神によって報いられる

つまるところ偉大なる神の意図矮小な人間は理解することができず、すべては神の不可知の意思によるところであり、人間が可能なのは神を信じることだけである、となる

なんだか煙に巻かれた感は否めないが、まさしく問題を有耶無耶にしているのである

実は、この根源的な問題をキリスト教は未だ完全に解決できていない
それほどこの問題はキリスト教にとってクリティカルな問題なのである

なので、キリスト教ができてから遙かに下ったドストエフスキーにも突っ込まれているのである


一方グノーシス主義者は、世界に悪があるのはこの世界を創造した者が悪であるからだ、と単純に考えた
善なる神ではない悪の体現者(デミウルゴスとかサバオート、ヤルダバオトなどと呼ばれる要するに悪魔)が世界を造ったのだから世界に悪があるのは当然である

とはいえ、善なる神と悪魔との間に繋がりがないわけではない(悪魔も神の要素を微かに有している)

宗派によっても異なるがグノーシス神話における善なる神は「何もしない」か「消極的」である
ただし善なる神を仰ぎ見る天使的な存在がいる

そのうちの最後列にいる天使(男性的天使と女性的天使の対存在であることが多く、女性的天使はソフィアと呼ばれることが多い)が、好奇心から神を直接知りたいと望む

この好奇心による過ちが、重大な事件を引き起こす
あまりに不遜な試みゆえに、ソフィアは神のいる世界から弾き飛ばされそうになる(落下する)

このとき、ソフィアは自らの内にある「情念」を切り離して神のいる世界にとどまるが、一方切り離された情念は、神の世界からこぼれ落ちる
どこへ落下するかというと、暗い水面(創世記に対応)、深淵等のはっきりしない時空である

この「情念」こそが、創造主デミウルゴスとなり、世界を創造する悪魔となったのだ
神との繋がりを保ちつつ、悪の起源天使の好奇心(「情念」)と位置づけることで、グノーシス主義者は「世界に悪が存在する理由」について応えようとしたのだ。


ややこしいというかひどく迂遠な思考法であるが、すべての一神教は構造的にこの問題を避けて通れない

善と悪の神を前提とする「二元論宗教(例えばゾロアスター教)」ならば答えはもっと簡単で、人間は善と悪との闘争に巻き込まれており、人は悪と戦わなければならない、となる



なぜこの世界に悪が存在するのか?
この疑問は、日々報道される忌まわしい事件を思えば現代人にも通用する問いである

この難題に対する明快な答えを人類はまだもっていない現代人の多くが神を信じていない現状で、神を前提として道徳を語られても、説得力がない

ただし、人類史のなかでただ一人だけ生真面目に真っ向正面から応えようとした人物がいる

ニーチェである

ニーチェはその著作『ツァラトゥストラかく語りき』において、神の死とともに超人思想を説いている

「神は死んだ」という有名な文言によって、ニーチェは神が死んだあとの世界、神無き世界を読者に現前させる
二元論的な宗教の開祖であるツァラトゥストラ(ゾロアスター)に「神の死」を宣言させているところにポイントがある

つまり「悪の起源」に対して「二元論宗教」という便利な逃げ場使えないよ、とあらかじめくぎを刺しているのだ
ニーチェは神という安易な避難所に逃げ込むことなく、とことん思索を突き詰めようとしたのだろう

神の存在しない空疎な世界捨て置かれている
いま感じている苦痛明日も感じているだろうし、百年後の誰か同じ苦痛感じているだろう
苦難と苦痛延々人を苦しめ続け、それは救済されることなく、未来永劫終わることがない

苦痛あふれる世界が永劫に回帰する

ニーチェにおける永劫回帰とは、意味が喪失した無の深淵のなかで、苦痛に満ちた同じ「生」繰り返し生きることに他ならない

この途方に暮れるような絶望的な状況下「然り(それでよし)」と言える人間こそが「超人」である

突然だが、この超人思想こそ「ゼノブレイド2」の主人公「レックス」の基本的な思想なのである
王道物語の主人公でありながらレックスに対する批判がやや多いのは、「超人思想」というラジカルな思想、属性が付与されているためである

永劫回帰の苦悩を肯定するその姿勢はゼノギアスにおけるフェイと似通う)


マルベーニ

上でグノーシス神話における世界創造について触れた。そこで善なる神創造主かすかに繋がりがあるということも記した。当然ながら創造主に造られた人間もまた善の神と繋がりがあるということになる

善なる神・・・→ソフィア・・・→情念→創造主→世界+人間

より簡単に記すならば、上記のような系譜となる

つまり人間善なる神由来の何らかの「要素」を受け継いでいることになる
グノーシス主義おいては「本来的自己」「霊魂(プネウマ)」「火花」や「光の粒子」と呼ばれるもので、それら「神(霊)的要素」肉体(物質)という牢獄に閉じ込められている

人間が神の救済にあずかれるのはこの神的要素ゆえであり、霊魂だけが神の世界へと到達することが可能なのである。この自身の内にある神的要素を認識することがすなわちグノーシス(認識)に至る条件の一つなのだ(ほかにも反宇宙論だとか救済者とか)

さて、これらの要素をゼノブレイド2に当てはめてみると下記のようになる

神→ゲート
創造主→クラウス
神的要素→プネウマ(プネウマには「魂」という意味がある)

つまるところグノーシス神話における「神的要素」外的に表現したのがプネウマ

実際ヒカリとホムラがプネウマの形態をとった際には、彼女はゲートの力を帯びている
その瞬間彼女はゲート由来の要素そのものとなり、それをあらわす名が「霊魂(プネウマ)」なのである

ただしゲート由来の神的要素を秘めているのは天の聖杯の、しかもプネウマ形態になった時だけである
ところが、ただのコアクリスタルにも神的要素が含まれていると考えた者がいる

マルベーニである

マルベーニは、コアクリスタルに秘められた神的要素をかき集めて神の国へ行こうとしたのだ
(あるいは神的要素との合一を果たし、最終的に神との合一を目指した)

世界を滅ぼしたいほど憎んでいるにもかかわらず、世界をすぐさま滅ぼそうとせず、なぜかコアクリスタルの洗礼を500年も続けている、その理由が、この神的要素集めなのである

マルベーニとしてはもはや世界はどうでもよかったが、神の御許へはどうしても行きたかった。そのためのコアクリスタル洗礼だったのだ

ブレイド(コアクリスタル)を統べる力を与えられたのは、その内にある神的要素を抽出して神の国へ戻るためであり、神は自分にそうせよと命じている、と考えたのだ

ただしマルベーニは創造主クラウスを神だと勘違いしているし、コアクリスタルに神的要素は含まれていない
ゆえに、コアクリスタルをどれほど集めようとも、神の御許へは到達(届かない)できないのである

神の御許へ行こうとして500年も頑張るのは、ゼノギアスのカレルレンを彷彿とさせる)


イーラ

偽物の神本物の神と信じて合一を目指すマルベーニとは対照的に、イーラ(シン)はグノーシス主義的な思想に行き着いた。

この世界に悪が溢れるのは、神が悪そのものであるからだ。この世界に悪をもたらした神を殺すことでしか、この苦悩の輪廻終わらせることはできない

そう考えたイーラ(シン)は神を殺しに行く

一方、神との合一を目指すマルベーニとしては神を殺してもらっては困るのである。しかも、神を殺そうとしているのがただの狂信者ならともかくメツという本当に神を殺せそうなブレイドなのである

世界樹においてマルベーニが泡を食ってイーラを妨害したのは、マルベーニのこういった事情があるからなのだ
(正直、初プレイ時にはなぜマルベーニがイーラを妨害するのかよくわからなかったが、マルベーニ神を憎まず世界を憎んでいるのに対し、イーラ神も世界も憎んでいるために、双方がぶつかりあうこととなったのだ)

最後の場面でシンレックスに対して永劫回帰(永劫に続く苦痛の世界)を提示し、レックスはそれに対して「超人思想(たとえ世界が同じ苦しみを繰り返そうとも、それでも人は前に進んでいく)」で応える
(マルベーニとシンを合体させるとカレルレンになるか)


メツ

神を殺そうとするシン世界を滅ぼそうとするメツは似ているようで少し思想が異なる

メツはマルベーニの世界を憎悪する性質を純粋に受け継いでいる
あまりに純粋に受け継いだがゆえに、メツは世界の中にいる自己すらをも憎まざるを得ない
世界を消去する者という「役目」によりメツは世界を憎悪するが、しかしその「役目」すら憎まざるを得ないのである

自己存在の否定が極限にまで高まった存在がメツであり、彼は与えられた役目をも拒絶しようとして、神でも創造主でもない「悪の起源」へとたどり着く

それが「自由意志による悪」である
自由意志によるには、それ以上の起源は存在しない。それ以上遡ることができないからだ

役目でも命令でもなく自分自身の意志として悪を志向し、世界を消去しようとする
(与えられた役目を果たしているうちは、大嫌いな自分から逃れられない。かといって悪として造られた彼は善に転向することもできない。できるのは自らの意志として悪を行うことである)

それはもはや虚無への意志であり、究極の苦悩でもあったが、それゆえに彼自身の「生」に意味を持たせた
『生そのものは本質において、他者や弱者をわがものとして、傷つけ、制圧することである。抑圧すること、過酷になることであり、自分の形式を強要することであり、他者を自己に同化させることであり、少なくとも、穏やかに表現しても、他者を搾取することである』(『善悪の彼岸』光文社古典新訳文庫 中山元訳)
すなわち被造物の最たるものである彼は、生の根源的な部分にまで立ち返る必要があったのである。そうしなければ自由意志を持つ存在として生きることができなかったからだ

その一種ルサンチマン的な怨恨の発露は、当然ながら超人としてのレックスには通用しない
あくまで善悪の水準に止まるメツに対し、レックスは善悪の彼岸に立つからである

『こうして正午の鐘が、大いなる決定の鐘が鳴り響き、これが意志をふたたび自由にしてくれ、大地にはその目標をとりもどさせ、人間にはその希望をとりもどさせるのだ。この反キリスト者、反ニヒリスト、神と虚無を克服する者――この者はいつか訪れざるをえないのだ……。』(『道徳の系譜学』光文社古典新訳文庫 中山元訳)