アノール・ロンドとイルシールという名称がトールキンの人工言語「シンダール語」に由来するという話は、このブログでも何度か取り上げてきた
しかしなぜこの2つの都の名前だけがトールキン由来なのか、なぜそれが「太陽と月」なのか、という点については考察が不十分だったように思う
確かに太陽と月とは伝統的に対として扱われることが多いので、アノール・ロンドに対してイルシールが対置されても違和感はない
だが、それでもなぜトールキンに繋がるのか、という疑問は残る
今回はアノール・ロンドとイルシールの語源のおさらいをした後に、こうした疑問について考察してみたい
アノール・ロンド
アノール・ロンド(Anor Londo)の「アノール(Anor)」はトールキンの人工言語シンダール語で「太陽」の意味がある
同じトールキンのクウェンヤ語でないのは、綴りが異なるからである。シンダール語ではアノールは「Anor」と綴るのに対し、クウェンヤ語では「Anar」と綴るのである
また、厳密にはシンダール語の元になったノルドール語でも「Anor」と綴るが、この両言語はほぼ同じものであり、またイルシールの直接的な語源「ir ithil」がシンダール語の詩であることから、シンダール語とした
さて、次の「Londo」であるが、これに完全に一致する単語はトールキンの人工言語には存在しない
よって最大限の厳密さをもって言うのであれば、Anor Londoをトールキンの人工言語とすることはできない(語尾の「o」一つの違いでそういうことになる)
ただしLondoをLondのオリジナルな派生と考えることも可能である(言語学的には語尾の変化は頻繁にある現象である)
Londを日本語で発音した場合「ロンド」になる。例えばMithlond(灰色港)は「ミスロンド」と読む。これを更に英訳しようとした場合、ローマ字英語的発音では「Rondo」あるいは「Londo」となる
LondoをLondの変化の一つと考えるのであれば、Anor LondoはAnor Londのことになる。
そしてLondにはシンダール語で「港、避難所、楽園(天国)」といった意味がある
さて、このLondという概念は、トールキンのファンタジー小説に登場するエルフたちにとって非常に重要な場所を指す
中つ国を去るエルフの多くが船出をした場所、あるいは中つ国を去る際に一時的に避難する場所、そういった場所に「Lond」の名が付けられているのである
例えばEdhellondの名前の意味は「エルフの天国」であり、その実態は「港」である(リンク)(リンク2)
また灰色港(Mithlond)も、エルフたちが中つ国を去る際に利用された港である(リンク)
その他、Forlond, Harlond, Lond Daer, など、これらは河岸や海岸にある「港」を指している
つまりアノール・ロンドとは「太陽の港」の意であり、これを指輪物語的に解釈するのならば、エルフが船出をする港、そのための一時的な避難所、となる
そしてこうした指輪物語的な解釈をそのまま踏襲したのが、作中の「アノール・ロンド」の設定である
Edhellondがエルフの天国と呼ばれたように、アノール・ロンドは太陽、つまり神の国であり、Mithlondから多くのエルフが船出をしたように、アノール・ロンドからは神グウィンや多くの神々が去っていくのである
大王の長衣
最も強いソウルの王グウィンは
火継ぎを前にその力を一族に分け与えた
一族は数多く、旅立つ彼に残されたのは
ひと振りの大剣と、力を帯びぬ王冠と
ただ彼の衣装のみであったという
太陽の王女の指輪
太陽の光の王女グウィネヴィアは
多くの神と共にアノール・ロンドを去り
後に火の神フランの妻となった
Londの持つ「船出の港」という意味をさらに抽象化し、「高貴な者たちが住み、そして去って行く領域」という概念にまで昇華させたのが、ダークソウルにおけるアノール・ロンドである
イルシール
イルシール(Irithyll)は、シンダール語の「ir」と「Ithil」の合成語である、というのが一般的な解釈である
IthilとIthyllではやや綴りが異なるが、これもやはりIthil→イシル(日本語の発音)→Ithyllという経緯を経て語形が変化したものと考えられる
Irはシンダール語で「いつ(when)」、Ithilはシンダール語で「月(moon)」の意味があり、合わせると「Ir Ihil(月の時)」と訳せる
この「ir ithil」というフレーズは、シンダール語で書かれたトールキンの詩「ルーシエンの歌」の冒頭に登場する
ir ithil ammen eruchín
英訳:when the Moon, for us, the Children of God
邦訳:月が私たちにとって神の子供たちであるとき
邦訳(DeepL):月が神の子である私たちのために
この解釈をもとに冷たい谷のイルシールを訳すと、「冷たい谷の月の時」となる
しかしこれでは言葉としてやや妙である
Irをwhenではなくtimeとして解釈できるのならば、「冷たい谷の月の時間」となり、もっともらしくなるが、irはtimeではなくwhenである
やや苦し紛れだが「冷たい谷の月の輝くとき」と訳すこともできるかもしれない
Irをîrと解釈するのならば、シンダール語で「îr」は「一人(alone)」や「孤独(lonely)」という意味があるので、「冷たい谷の孤独な月」と訳せるかもしれない
※ちなみにîrには「性欲」や「欲望」という意味もある。「冷たい谷の欲望の月」、サリヴァーンのことだろうか
さて、irに解釈の相違があるが、いずれにせよ「ithyll」を「ithil」、つまり「月」とするのは、作中の描写や説明からして合理的なように思える
小さな人形
耳をすませば、微かな声が聞こえてくる
君がどこに行こうとも、イルシールは月の元にある
君がどこにあろうとも、それは帰る故郷なのだと
アノール・ロンドとイルシール
以上のように、シンダール語として解釈するのならば、アノール・ロンドは「太陽の港(避難所、天国)」、イルシールは「月の時(孤独な月)」になる
太陽と月は伝統的にも感覚的にも対置されうる概念、実体である
よって、太陽の港が神の都であるように、月の時もまた神々に属する都であることに不思議はない
イルシールの徴
巷間稀に現れるという、古い神々の面相
しかしそれは、むしろ不吉の象徴とされる
冷たい谷から、いつか迎えがくるのだと
しかしながら、ではなぜその二つの都がシンダール語の名称を持つのか、という疑問にはまだ答えられていない
確かにアノール・ロンドは「港」という指輪物語の伝統を受け継ぐものであり、そこにいるのが太陽の光の神であるから「太陽の港(アノール・ロンド)」とすることに不自然な点はない
またその太陽と対になる都を構想した場合に、太陽と対になる月の名を持つ都を発想することも不自然ではない
そして最初のアノール・ロンドがシンダール語なのだから、月もまたシンダール語で統一しようという意図も分かる
実のところアノール・ロンドとイルシールの語源的説明としては、以上で充分なものであると思う
だがしかし、実はアノール・ロンドとイルシールにはもうひとつ、隠された語源的意図が存在するのである
ミナス・モルグル
いきなり話は別の作品に飛ぶが、ブラッドボーンにはヤハグルという名の街が登場する
ヤハグルもまたトールキンの人工言語によって解釈できる街名である
本考察と直接的に関係ないので要約するが、ヤハグル(Yahar’gul)はトールキンの人工言語により解釈すると「血の魔術の近く」と訳せる
YaharはYarとharに分解することが出来、yarはクウェンヤ語で「血」を意味し、harは「近く」、gulは「黒魔術」と訳すことができるのである
問題なのはこのうち「gul」である
Gulはシンダール語でも「黒魔術、邪悪な知識、幽鬼、幻影」と言った意味がある(シンダール語で統一すると「血の幽鬼の住む」という意味になる)
Gulのつく最も有名な名前は「ナズグル(Nazgûl)」であろう(Wikipedia)
またgulは他に、ミナス・モルグル(minas morgul)という用法もある(リンク)
ミナス・モルグルは訳すと「黒魔術の塔」(日本語の正式名は「呪魔の塔」)である。塔という名であるが、「死の都」とも呼ばれるように、それは一つの都市である
太陽と月の塔
さて、ようやく本題に入るが、このミナス・モルグルはサウロンとの戦争で陥落した後に改名された名前である
それ以前は何と呼ばれていたかというと、「ミナス・イシル(minas ithil)」である
ミナス・イシルはシンダール語で「月の塔」という意味であり、元々はゴンドールを防衛するために築かれた対の塔のうちの1つである
そして月の塔と対として築かれたのが「ミナス・アノール(太陽の塔)」である
太陽と月の名をもつ対になった二つの塔(都市)、これはアノール・ロンドとイルシールの構造とまったく同一である
またイルシールの正式名が「冷たい谷のイルシール」であるように、ミナス・イシルの正式名は「モルグル渓谷のミナス・イシル」である
加えてイルシールが後にサリヴァーンによって支配されたように、ミナス・イシルもまたナズグルによって支配され、ミナス・モルグルと呼ばれるようになったのである
このように、アノール・ロンドとイルシールは、共にシンダール語で解釈できる他に、トールキンのファンタジー小説に登場する二つの塔と同じ関係性を持っているのである
これにより、アノール・ロンドとイルシールがなぜトールキンの人工言語で命名されたのかという謎の答えが二通りに導ける
一つ目は、アノール・ロンドとイルシールはミナス・アノールとミナス・イシルをモチーフとして最初期から構想されており、そのモチーフがシンダール語の名であったがために、それを踏襲した、というものである
二つ目は、高貴な者が去って行く領域、というイメージから、指輪物語のLondが発想され、そこに住む太陽の神から、まずはアノール・ロンドと名づけられる。そしてその後に後継作を作るにあたり、太陽の塔と対になる月の塔の名から、月の名をもつ都が構想された、というものである
どちらにせよ、太陽の都に月の都が対置されたのは、伝統的に太陽と月が対置されてきたという他に、トールキンの小説の中で太陽の塔と月の塔という対になる都市があったからということになる
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