2020年2月5日水曜日

Sekiro 考察57 まぼろしお蝶

素性

お蝶の素性に関しては、わずかな情報しか存在しない

うら若き頃薄井の森にて修行を積んで歴戦の幻術使いとなり、後年、狼の忍び技の師となった

まぼろしクナイ、戦いの記憶、戦いの残滓からくみ取れるのはこのくらいである

まぼろしクナイ
まぼろしお蝶の使ったクナイ
「手裏剣」の強化義手忍具の作成に使える
投げると音が鳴り、
クナイを追ってまぼろしの蝶々が飛ぶ
うら若き頃、お蝶は、葦名より北に離れた
薄井の森にて修行を積んだ
彼の森は、霧とまぼろしで満ちている
幻術を修めるには、またとない場所だ

戦いの記憶・まぼろしお蝶
まぼろしお蝶、歴戦の幻術使いであった

戦いの残滓・まぼろしお蝶
まぼろしお蝶は、義父が狼にあてがった
忍び技の師の一人である
師と言うが、手取り教えるわけも無し
忍びの技は、戦いの中でのみ育まれる


薄井の森

うら若き頃のお蝶は薄井の森で修行を積んだという。お蝶が外部から修行のために薄井の森に入ったのか、それとももともと薄井の森の住人であったのかはテキストからは判断できない

この薄井の森にいたと思われるのが、である。梟の本名は「薄井右近左衛門」であり、薄井の森と関係の深いと思われるフクロウ(猛禽)を使うことからも薄井の森と繋がりがあることがわかる
霧がらすの羽
葦名より北に離れた薄井の森には、
正体掴めぬ猛禽が棲む
中でも霧がらすは、
確かにいるが捕えた者はおらぬ
掴まえたとして、羽を残して消えてしまうのだ
中でも」とあることから、薄井の森に棲む猛禽は、霧がらすだけではない

また、その能力が霧がらすと酷似していることから、梟の操る(使う)フクロウもまた薄井の森に棲む猛禽の一種であると考えられる

さて、お蝶のうら若き頃とは、梟の若い頃でもあり、薄井の姓を名乗っていることからも、梟は薄井の森の支配者層であったと考えられる(正確には薄井の森を含むある程度の領域)

このことから薄井の忍びとしてのヒエラルキーは、梟が上でありお蝶はその下であると考えられる

これは後年、狼に忍び技の師としてお蝶を「あてがった」ことからも裏付けられる

あてがう」とは立場が上の者下の者の役目を割り振るというニュアンスが強い言葉である

狼の修業時代においても、梟→お蝶というヒエラルキーは維持されていたのであろう


国盗り後

国盗り後はお蝶は一心の忍びとして活動していたようである。この時には梟とお蝶とはほぼ同格であったろうと思われる

竜泉を振る舞う一心:酒飲みながら、十文字槍を手放さぬ馬鹿者に…
人の酒を幻術でかすめとる、馬鹿者
盃片手に、作りかけの義手をいじっておる、馬鹿者
それから…
でかい図体で、すぐに真っ赤になる、見かけ倒しの梟もな!


三年前

しかし竜泉詣での年、つまり平田屋敷が襲撃された時にはお蝶は梟や狼とは距離を取っていたようである

ムービーにおいて、「久しいな 梟のせがれよ」と口にするからである

この「久しいな」がどの程度の期間を示すのかはいくつか考えられる

一つ目は、お蝶が一心の忍びとして仕え続けており、九郎の護衛を任ぜられていた梟と狼とは会う機会が「久しくなかった」というパターン

二つ目は、お蝶が一心の忍びを辞して「はぐれ忍び」となり、姿を隠したというパターンである

戦闘開始時に隻狼が「お蝶殿、何故…」と疑問を口にする

この疑問は一つ目のパターンであればなぜ九郎を襲ったのか、となり、二つ目のパターンを前提にするのならば、なぜはぐれ忍びとなったのだ、という解釈も可能である

曲解せずに素直にとるのならば一つ目のパターンが正解であろう

だが、もしこの時にお蝶が未だに一心の忍びであったのだとしたら、お蝶に刀を向ける理由は隻狼にはない

主のそのまた主なのだから、まずは事情を問いただすはずである
※正気に戻った九郎はためらうことなくお蝶から逃げていることから、九郎にとってもお蝶は襲撃者であった

また、一心の命令による正当な理由があったのだとしたら、隻狼に「お蝶殿、何故…」と問われて「…さてな」と答えを濁す必要はない

つまりお蝶はこの時、正当な理由なしに九郎を襲撃(誘拐)しようとしたのである(少なくとも隻狼や九郎に対して正当な理由はない)


梟の謀

戦闘開始時にお蝶は不思議なことをいう

隻狼に「お蝶殿、何故…」と問われて、「…さてな 惑わば死ぬるぞ、せがれ殿」と答えるのである

これは一見、お蝶の幻術に惑えば死ぬ(=敗北する)という一心の「迷えば、敗れる…」と同じようなニュアンスととれる

実際、そういう意味もあるのであろう

だが、このセリフにはもう一つの意味があるのかもしれない

それが「(梟の謀に)惑わば死ぬるぞ、せがれ殿」という意味である

事実この直後に隻狼は梟の謀によって死にかける

梟の謀は過去にも考察したが、要約すると「死を偽装して姿をくらませる」ことである

※死を偽装する理由や目的についてはいくつかあるが長くなるので割愛する

死を偽装するためにはおのれを知る者一人残らず始末しなければならない

だがおのれの力に衰えを感じていた梟には、お蝶や狼を無傷で倒せる自信がなかったのである

※梟の衰えに関しては、義父の守り鈴の梟天守の梟との比較が参考になるかと思う
※端的に言うと、天守の梟は力が衰えているがゆえに、邪道に走るほかなかったのである(忍者としては完成形であるが)

そこで梟は、お蝶と狼を戦わせることで相打ちを狙い、たとえそうならなくとも、生き残った満身創痍の方をだまし討ちで片付ける、という最初の謀を企んだのである

こうした事情により、隠し仏殿のあの不可解な状況が発生したのである


お蝶の動機

では、お蝶はいったいいかなる理由において九郎をさらおうとしたのであろうか

ここでお蝶にとって九郎とはどういった価値があるのかという問題が浮上する

例えばお蝶は桜雫を持っていた。ゆえに九郎を利用して不死の契りを行おうとしたというのが一つ

これにはお蝶が九郎にかけた幻術に「父上や母上」が登場することが重要な意味を持ってくる

つまり、父上や母上に不死の契りを懇願させる、あるいは瀕死状態にある両親を目の当たりにさせることで、九郎に不死の契りを行わせようとしたのである(その対象はお蝶となるが)

もう一つは、純粋に九郎を救おうとしたというものである

この場合でも、幻術に両親と蝶々が出てくることが重要性を持つ。ようするに九郎が受けるであろう惨劇のショックを和らげるために、幻術をかけた、というものである

蝶々による誘導という点も考えたのだが、あの賢い九郎が蝶々を追ってふらふらと誘導されるという構図に現実味がない。多少頭の足りない子であればあり得るだろうが…


不死の契り

不死の契り仮説を採るのならば、お蝶が桜雫を持っていたことや九郎を狙ったこと、「…さてな」の説明ができるうえに、お蝶が誘い出された梟の謀(平田屋敷の防備が手薄な日の情報をお蝶に流せば済む)も推察することができる

また重蔵たちが本殿を囲み平田の者の侵入を防いでいたことも、リーダーであるお蝶の不死の契りを邪魔させないため、と容易に説明づけられる

※この場合、襲撃者を率いていたのはお蝶である。梟は襲撃者に殺されたふりをして、最終的には孤影衆と合流してお蝶一派を皆殺しにする予定であったと思われる

ただし、一つだけ説明の付けづらいものがある

お蝶のキャラクター性である

確かどこかのインタビューで宮崎英高氏が、お蝶を「かっこいいお婆ちゃんキャラを出したかった」的なことを言っていた記憶がある(探したのだが見つからず…記憶違いかもしれない)

また、ゲーム内における描写でも、九郎に不死の契りを強要させるような人物には見えない

死に際に関しても、「腕を…上げたね…狼…」と、自らの目的が果たせなかったことなど口にせず、狼を褒めて逝くのである

こうした描写からは、不死の契り説で想定される暗躍するお蝶の姿は想像しにくいのである



九郎を救出しにきた説

一方、お蝶のそうしたキャラクター性を重視するのならば、何らかの正当な理由により九郎を助けに来た、あるいは正義を貫きに来た、という説に傾くことになる

ただし一心の命令ではないと思われる。上述したが一心の命令であれば、事情を明かすはずだからである

一心の命であると考えると、それは「九郎の安全を確保すること」であると思われるが、優先事項を無視し、事情を説明して戦いを避けようともせず狼との戦いに突入してしまう、というのはちょっと考えにくい


丈の遺志説

次に検討するのは、お蝶は丈の遺志を継いで行動しているという説である
これは桜雫を持っていたことからの自然な推測である

交流があったであろう丈が死に、その遺品である桜雫を大事に所持していることから、丈に対するお蝶の深い思いが伝わってくる

ただし丈の遺志というのは、「仙郷に帰って竜胤を断ちたい。果たせなければ人返りで死にたい」というものである

平田屋敷の段階では九郎にしても為すべきことが分からない状態であり、お蝶が竜胤断ちを狙っているようにも思えない

あるいは、丈の護衛を任されているうちに丈に対して愛着がわき、しかし丈が死んだことで強い喪失感を抱いたお蝶が、その面影を宿す九郎を助けに来た、ということも考えられる

丈を失ったショックから一心の忍びを辞し(おそらく一心であれば許したであろう)、しかし追慕の情から同じ竜胤の御子である九郎を助けようとしたという流れである

しかし、それほどまでに丈に強い情を抱いているのだとしたら、そうした理由は説明するだろうし、死に際に丈に対するセリフの1つも吐くはずである



竜胤の御子

次に検討するのは、竜胤の力を利用させないために活動している、とする説である

丈との交流により、竜胤の力の歪みを知ったことから、お蝶はその力を誰にも使わせないように行動しているのである

ゆえに、その力(回生の力)を宿す桜雫を隠し持ちながら使うつもりはなく竜胤の御子が騒乱に巻き込まれそうであれば、救いに来るのである

しかしやはりここでもネックになるのは、隻狼の問いに対して「…さてな」と答えを濁すことである

世界の歪みである竜胤の力を使わせない、という大義を抱いているのだとしたら、なぜそれを隻狼に言わないのか

また、死に際に関してもやはり何かしら満足して死んでいっているように見えるのは、この説からすると不自然である



振り出しに戻った感があるが、では一体全体お蝶はなぜ平田屋敷に来たのか

平田屋敷にしかない特別なものは何かというと、竜胤の御子たる九郎である

だが上記の検討により、竜胤の御子を救う説も、利用しようとする説も、利用させまいとする説も、どこか違和感があるのである

だがここで、竜胤の御子に必然的に付随する存在を忘れていたことに気づく

それは九郎を護衛する者、その筆頭、である

結論から先に述べれば、お蝶は梟と刺し違えるために来たのである

梟のせがれと知って狼と戦おうとするのも、お蝶にとって狼は梟と戦う前の障害だったからである(一心前の弦一郎みたいな)

お蝶にとって九郎は、九郎を護衛する者(梟)おびき出すためのエサであった

何の執着も見せず九郎を逃がしたのは、狼という獲物がかかれば九郎は用済みだからである(そして狼は次の獲物のエサでもある)

お蝶は梟の謀を見抜いていた。うら若き頃に薄井の森で修行したお蝶は、薄井右近左衛門が謀を企むような人物であることも熟知していた

だが、それでもお蝶はあえて謀に飛び込み、梟と刺し違えようとしたのである

正義大義からの行為ではない。だとしたらお蝶はそれを狼に告げたはずである

まったく非合理的で、まともな理由ともいえず、端から見れば意味不明の言動であり、それでもお蝶を行動させずにいられないもの

率直に言えば、それは「愛情」であろう

かつて愛した者であるがゆえに、歪んで狂っていくのが耐えられなかったのである

そうした心の動きを「何故」と問われても「…さてね」と答えるしかないのである(性格的に照れもあると思うが)

なぜ、わざわざ「うら若き頃」のお蝶と薄井の森を関連づけたのか。なぜ梟の本名薄井右近左衛門と名づけたのか

宮崎英高氏はブラッドボーンのインタビューでも明かしているように、命名マニアであり、その名前には必ず意味がある

梟とお蝶の二人だけが(人間に限定)薄井の森という登場すらしない場所で繋がっている。つまり薄井の森とは比喩的であり象徴的な場なのである

何を象徴するかというと、家庭あるいは家族である

このことから、なぜ梟がお蝶と狼とを亡き者にしようとしたのかも推察することができる
梟にとってお蝶と狼家族、つまりおのれを最もよく知る者たちなのである

一心という主から離反し、はぐれ忍びとなるという覚悟、その決意のほどを表わしたのが、梟による肉親殺しなのである(内府の信頼を買うために必要だったのか、あるいはすでに狂っていたのかもしれない)


せがれ

なぜお蝶はことさら「せがれ殿」を強調するのか。彼女にとってかつての連れ合いである梟の義理の息子は、自らの「せがれ」に等しいものだからである

ゆえに、皮肉と自嘲の入り交じった口調で「せがれ殿」と繰り返すのである

また、自らが鍛え上げた「せがれ」であるがゆえに、殺された際にはある種の満足感を得たのである。ゆえに母親らしく、たくましく育った息子を褒めて逝くのである



川蝉

かつて飛び猿であった頃の仏師は、おなじはぐれ忍びである川蝉とともに落ち谷で修行を重ねたという

はぐれ忍びというからには、川蝉は忍びの出であることがわかる
そして翼を持ち飛翔する生物の名であるゆえに、薄井の森との関連をかつて考察したこともある

さて、この川蝉カワセミと書けば鳥類であるが、漢字には昆虫の蝉の字が使われている

つまり、川蝉という単語は鳥類と昆虫を併せ持っているのである

なぜ命名マニアである宮崎英高氏が「川蝉」という名を薄井の森と関連するであろう忍びにつけたのか

鳥+昆虫=川蝉、これをゲーム内の人物に置き換えるのならば、

梟+お蝶=川蝉、となるのである

名前から考察するに、川蝉は梟とお蝶の娘である

だが川蝉ははぐれ忍びとなり、梟のもとから去っていった

彼女は飛び猿と出会い、落ち谷で修行中に獅子猿に食われて死ぬが、その時の彼女の得物(武器)は、梟のそれとよく似た大振りの刀である

その後に飛び猿が戦場でエマを拾っていることから、梟が狼を拾ったのは川蝉が姿を消した後のことであろうと推測できる

梟が狼を拾ったのは、あるいは娘を失ったことの反動からだったのかもしれない


家族

さて、SEKIROの物語には、隠されたテーマとして「家族」のようなものがあるように思われる

なぜ弦一郎は一心の跡継ぎとして育てられてきたのではなく、市井の出なのか。なぜ梟は狼を義理の息子としたのか。なぜ竜胤の御子は父である桜竜から離れようとしたのか

登場人物たちの家族関係はかなり歪んでいる(あるいは希薄、さらにいえば無縁)のだが、そこに描かれているのはまぎれもなく父と子の相克であり、乗り越えなければならない偉大な父に対する三者三様の答え方なのである

弦一郎は超えようとして挫折し、隻狼父親殺しを完遂させ、竜胤の御子は父の影響から逃れようと苦しむ
※誤解が無いように付け加えておくと、ここでいう「父」とは実の父のみを表わしている言葉ではない。象徴的な「父」「家父」としての父、あるいは葦名の父といった意味合いである

その周辺にあるのもやはり「家族」である

本考察をもとにするのならば、川蝉は隻狼の義理の姉であり、であるのならばその相方である仏師は義理の兄のような存在である

またその仏師に拾われたエマは仏師の娘ということになるが、となるとエマは隻狼の姪になる

なんとなく「薄井一族」という忍びの者たちが葦名に対して忍術戦を繰り広げる、「山風」的なイメージが浮かんでくるが、このあたりは妄想である


桜雫

なぜお蝶が桜雫を持っていたのかという補足的な項

基本的にはやはり丈に対する思慕があると思われる。また、その桜雫を手に入れたことが、梟と距離を取る原因となったとも考えられる

桜雫に対する反応により、梟の狂気を確信したのであろう。ゆえにお蝶はそれをもって姿をくらましたのである(事情を説明すれば一心も許可したであろう)

平田屋敷の後で梟が桜雫を探していないのは、桜雫という代用品ではなく、竜胤の御子という実物を入手する算段がついたからであろう(死を偽装後に内府に寝返り、葦名に侵攻、竜胤の力を手中にする)


蛇足

本考察におけるお蝶のキャラクター解釈は『タフの方舟』(ジョージ・R・R・マーティン)に登場するトリー・ミューンという女性に負うところが多い

彼女の性格や口調、外見や身のこなしなどが偶然とは思えないほどお蝶と似ているからである(完全に同じというわけではない)

彼女の信念の通し方を考えたとき、ではお蝶が信念を通すのはどういったときかを解釈したのが本考察である

媒体もジャンルも違うSEKIROと『タフの方舟』であるが、宮崎英高氏が書名を口にしていることからお蝶とトリー・ミューンの類似性はある程度は意図したものであった可能性はある

とはいえ、確信が持てるわけでもないので、本文では『タフの方舟』との関連には一切触れていない。あくまでSEKIRO本編から読み取れるもののみによって考察したものである

※お蝶がトリー・ミューンなら、タフは梟ということになるが性格が異なる。強引にタフのキャラクターを当てはめるのならば、道玄がそれか

13 件のコメント:

  1. 川蝉が娘だとすると、梟は猩々にどういう思いを持ってたのでしょうか。

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    1. 猩々には2つの選択肢があったと考えられます
      a.川蝉のことを話さなかった
      b.川蝉のことを話した

      もしbであれば、ただのはぐれ忍びが「何だ彼んだあって…共に葦名に厄介になることになった」ことの、直接的な理由になったのかもしれません(梟の関与・推挙)

      また、梟が狼を拾う心情的な理由となったのかもしれません

      さらに憶測を重ねますが薄井右近左衛門の名を轟かせることで、まだ生きているはずの娘におのれの存在を伝えたかったのかもしれません(猩々の視点では川蝉は失踪したまま行方知れず)

      ただしこれらは性善説的な憶測です
      実際には川蝉と自分の関係を猩々には明かさず、すべてを「謀」の駒にしようと考えていたのかもしれません

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  2. いつも面白く読ませていただいています。
    一つ、「梟の幻術」というところが気になり、というのも個人的にはあの梟は実体を持った生き物ではないかなと思っているからです。

    義父戦の動画等を探して見ていただければすぐわかると思うのですが、あの梟は発光していない姿(ふつうの梟かミミズクのような姿)もちょくちょく見せています。
    もちろん、あの梟が幻術のような力を使っている、あるいは主人(相棒?)である忍びの梟が動物を利用した幻術を使っている、という可能性は全然あると思うのですが、あの梟自体を「幻術」と断言する理由も特に無いかな……と思い……
    (また、ゲーム的が大きいかもしれませんが、あの梟は種鳴らしが効かないそうです……)

    こうだったら面白いなと思っているのは、
    忍具の霧鴉の大元があの梟(ないし、霧鴉の一種)ではないか、というものです。
    いずれも姿を消して攻撃を回避するのに使いますし、派生技として炎を発するところも似通っています。
    アイテムテキストによれば、ぬしの鴉は誰にも姿を見られたことがないそうですから、その正体が鴉でないのもありえますし、義父が満を持してその姿を狼に見せるのもよくわかります。
    あくまでこうだったら面白い、なので根拠もないのですが、枝葉の突っ込みだけ入れるのもどうかと思いましたので……。

    長々と失礼しました。次の記事も楽しみにしています。

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    1. ご指摘ありがとうございます
      「梟の幻術」とは、あの梟自体が幻術というのではなくて、「炎を纏った梟が飛翔してくる技」を想定していました

      まぼろしクナイが「クナイを追ってまぼろしの蝶々が飛ぶ」とあるので、その応用技のようなイメージが頭にありました

      しかしながら、確かに種鳴らしは効きませんね

      梟のフクロウ(鳥)については記事にしていませんでしたが、頭にあったのはBUDOPROGRAMさんと同じような考えです

      「霧がらすの羽」には

      葦名より北に離れた薄井の森には、
      正体掴めぬ猛禽が棲む
      中でも霧がらすは、
      確かにいるが捕えた者はおらぬ

      掴まえたとして、羽を残して消えてしまうのだ

      とあります

      「中でも霧がらすは」とあることから、他にも正体掴めぬ猛禽が棲んでいると考えられます
      梟のフクロウもそうした猛禽類の一種と考えるのが自然だと思われます

      となると、梟のあの技は幻術か否かという話になってきます。あれはフクロウ単体の能力なのか、それとも梟の幻術を足して繰り出されるものなのかと

      全盛期の梟の必殺技がすべてのフクロウの能力だったとするとちょっと悲しい気がしますし、「幻術を修めるのにまたとない薄井の森」の名を受け継いでいるのだから、梟も幻術を使えたのではないか、と考えますが根拠は薄いかもしれませんね

      あるいは、薄井の森に関わりの深い「フクロウ」を使った忍び技を使うことが、薄井の森と梟との関わりの深さを表わしている、とするほうがシンプルかもしれません

      私としても不適切だと思われたので記事内に※を追記して修正しました。ありがとうございました

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  5. 今回の考察もとても楽しく読ませていただきました。
    梟の罠と知りつつお蝶が協力したというのは確かにありえそうだなと感じました。最も、フロムのことですからお蝶が梟にはめられたという線も捨てがたいところのですが。
    ほぼ推測ですが
    独立のために味方が欲しかった一心が、仙峯寺の不死の研究に協力する。

    それにより仙峯寺のバクアップを得られた一心は、国盗り戦に勝利する。

    その後、不死の研究が蟲憑きなどの化物を生み出す結果になると気付き不死の研究から手を引くことにする

    一心は不死の研究から手を引き、研究の犠牲者のために隠し仏殿が作られる。

    梟から平田屋敷で不死の研究が続けられていると聞かされたお蝶は梟とともに平田屋敷の襲撃を行うが…

    といったところでしょうか。

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    1. ありがとうございます
      梟の卑怯(褒め言葉)なところは、「謀よ」の一言ですべてをひっくり返せるところですね

      梟の悪逆性を突き詰めるのならば、お蝶の意志がどうであろうとも、すべて梟の謀であったとすることもできるかと思います

      一心と仙峯寺の協力関係を平田屋敷に絡める考察は新味かもしれません
      国盗り戦の流れのなかで一心が何をしたか、その裏の部分は興味を覚えます(悪いことしてないはずはなさそうですし)

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  6. 以前に他の方の考察で、義父の守り鈴は元々お蝶が持っていたものであるという説を見ました。
    守り鈴の説明文で、「守り鈴のある訳は、もはや知る由もない
    義父の為のものなのか、
    あるいは渡せなかった、誰かの為か…」

    この誰かとは、もしかすると川蝉のことではないでしょうか。
    娘がはぐれ忍びになってしまい、渡すことができなくなってしまった。そして、それを平田屋敷で拾った梟も娘の事を忘れられず長い間身につけていた。(お蝶の形見としての要素もあるのかも)

    今回の考察を踏まえて自分なりに考えてみました。

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    1. 誰かを川蝉とするのならば、梟が狼に与えるにしては生暖かすぎる感のあった守り鈴という存在について、違和感が解消されるかもしれません

      戦場で拾った犬に守り鈴という心のこもったものを与えるというのは、どこか得心のいかないところがあったのです

      梟については梟というキャラクターの中心部分がすっぽりと抜けているので、まだまだ考察できるかもしれませんね

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  7. お蝶の考察面白かったです。
    私は最初、お蝶は敵だろうと思いながら、考察を読んでいました。が、考察を読んで考えると色々考えてが浮かびました。
    私がお蝶を敵だと思った訳とは伊之助親子の状態を知っていたからです。
    伊之助の母親は止めどなく溢れる幻術で恐怖に身を縮めていました。伊之助は大きな傷を負って、幻術を破る種鳴らしを渡してきます。ここで敵は幻術を使う者だと予想します。
    そして、隠し仏殿で九郎の幻術を猫だましで解き、お蝶と相対します。ここで私はお蝶は敵だとは思い込んだと思います。お蝶を倒した時の台詞も冥土の土産みたいに考えていました。
    次にお蝶味方説として考えてられるのは、幻術の受けた伊之助親子は三年後も生きている事です。賊に襲われた屋敷に居た彼らは狼が来る以前に死んでいておかしくない状況です。では何故彼らが生きのびた理由は賊がお蝶の幻術を受けて彼らの存在を隠蔽したです。
    そして、伊之助の種鳴らしを出した訳は伊之助が梟にやられたからと考えられます。(伊之助は梟に種鳴らしを使う間もなくやられた可能性があります)

    考察の二つ目、お蝶戦の二段階目に入ると彼女は幻を出します。
    小人のような姿に槍や鎌を装備していて、武装した農民に見えます。これと似たような存在を挙げるとすれば、水生の村人たちです。しかし、彼らと違い、頭部が縦に長いように見えます。
    この頭部が縦長なのは、淤加美の仮面を被っているか、もしくは手拭いを頭に被せて、顎の所で止めるのかもしれません。
    そして、彼らが何かというと、薄井の森の住人です。
    幻術を出す者は皆、身近な物を幻術で作り出しています。尼僧は自身の姿を、貴人は水生村を襲撃する者(葦名or田村陣営の侍)たちと言った具合です。
    そして、お蝶はその名の通りに虫の蝶や薄井の森に住み着いた者達を模したのです。
    お蝶だけでの考察はあまり深く掘れない気がしました。

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  8. 薄井の森について、連想ゲーム的ですが、考察できる事があります。
    神隠しと薄井の森の住民(忍)は関連がある。
    忍びは“神隠し”をする事が出来る、これは小太郎の言葉です。
    ですが、私は忍具で起こす神隠しと、幻術で行う神隠しがあると考えます。
    霧ごもりの貴人は森を包み水生村への道を塞ぎ、梟の幻術は姿を隠し、奇襲をする物です。
    ここから、忍は神隠しが出来るとは(薄井の森の)忍が(幻術により)神隠しをすると言えます。
    漫画の死なずの半兵衛で、山で人が消える事を神隠しと言っているので、忍具“神隠し”のテキストにある神隠しとは別に“神隠し”を起こしている者が居るという考察できます。
    次の証拠しては商人が売るアイテムです。
    尼僧の落とす龍の割符を得ると、商人から紙吹雪と種ならしを無限に買えるようになります。紙吹雪はエンチャントとして無限に買えるのはありがたいけれど、種鳴らしはそれほど使わないと思ったからです。
    ですが、商人立場や行動を考えると紙吹雪と種鳴らしの意味が見えてきます。
    商人は葦名の土地を巡り商いをします。それこそ人気の無い暗い夕暮れ時を歩く事もあるでしょう。
    そこで商人は薄井の忍の幻術に出くわしたかもしれなません。その撃退の為に種鳴らしが使われたと考えます。
    そして薄井の森の民は頻繁に幻術の誘拐をしていたと仮定すると商人が種ならしを無限に持っている事に意味が出てきます。
    薄井の民の人拐いの理由は宮への生け贄を差し出していたのか、強盗殺人で生計を立てていたのです。
    なぜ、宮と薄井が繋がるかというと霧隠りの貴人の存在に戻ります。
    彼は一人で廃寺を霧で覆い、更に幻の侍を無数配置する程の幻術を使えます。つまり、幻術の技の源泉は宮の貴族あるいは陰陽師に行き着くからです。そして宮が人拐いをしていたのは生け贄を集める為だと考えられます。水生村だけで、最盛期の宮の貴族を賄う程の贄を用意出来ない、あるいは人拐いで水生村の人口を保っていたのかもしれません。
    薄井の森の忍が梟とお蝶を残していないのは一心の国盗りの辺りで田村等の勢力に人拐いを理由に殲滅させられたからです。
    薄井の森については以上になります。
    紙吹雪にも同じように意味があると思います。それは国盗りの最中と以後は葦名の土地に七面武者が大量に居たからです。
    何故なら、七面武者は死者の怨念が器物に宿った物が変化した物だからです。ゲームでは七面武者は倒されると形代流しの短刀、指輪、瑠璃などの物を落とします。ここから七面武者は怨嗟の鬼のように怨念が積もった器物が変化した物と言えます。これは別の考察にあった仙峯寺の明王像が念を受け止めていた事と同じような物です。そして、宿ったは戦で死んだ侍の刀等に怨念が宿り、数多の七面武者が出現していたと思われます。
    ですが、これらは、紙吹雪を装備した葦名衆による討伐と供養衆の供養により数を減らしたと考えます。供養衆の供養は死者の形見を生きた人間に売る物です。何故、人間が死者の物を持つと七面武者に成らないのか、それは五行思想の関係です。水の属性の怖を放つ七面武者の年は土の属性の人の念に負けます。
    長くなりましたが、考察の助けになれば幸いです。

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  9. 同じ女性ということで並べて考えるとお蝶殿は身軽で素早い連続攻撃が多く攻め気の強い敵なのでこちらから先手を取って攻撃して切り返し攻撃を誘発させると隙ができます。破戒僧はこちらの攻撃を強く堪えて重く反撃を繰り出してくる受け気の強い敵なので相手から攻撃させてそれを弾くことで体幹を崩すことができますね。
    お蝶殿が攻め気で破戒僧が受け気な戦術を採ることは性格や立場、境遇をうかがい知る一助に……なりませんかね。
    どちらも立場や詳細な人格が明示されていないのでこういった点から心理面を拓くことはでき……でき……。

    お蝶殿はまぼろしを使う際に「高みの見物」と言うことや、九郎様を無理やり攫うのではなくまぼろしを使って誘導すること、そして伊之助や御婆のセリフなどから、まぼろしによって平田屋敷を惑わし、本人は直接腕を振るうことがなかったように思えます。しかし狼と戦う際は自分から積極的に斬りかかってきますね。この部分に違和感を覚えます。

    お蝶殿は浮舟渡りのような剣戟を放ってきます。(下段危険攻撃に繋がる連撃)
    技の伝書のフレーバーテキストと購入できる人(?)物(同じ平田屋敷編の登場人物)から明らかに源の宮由来の技術なのにどうしてどうしてお蝶殿が使ってくるのでしょう。
    一応弦一郎が完全な形で放ってくることからかつて葦名城で見て盗んだとも考えられますがその思考はミスリード臭いんですよね。

    閑話、霧ごもりの貴人(源の宮)がいる隠し森には仏像を抱えている僧侶(まことの仏師が彫った仏像=平田屋敷への入り口)も水生村の住人(お蝶のまぼろし)も野盗(平田屋敷)もありますね。
    お蝶のまぼろしの中に登場するザコ敵の外見は水生村の住人に似ていませんか?

    源の宮も平田屋敷も、隠し森に通じる葦名の底も、直接地続きで移動したわけじゃないので正しく存在している場所なのかは全くわからないという共通点があるんですよね(注連縄ロボ、仏像ワープ、落下)

    話は変わりますが、アプデで再戦ができるようになってから相手の死体が残るかどうかはっきり区別ができるようになりました。
    弦一郎の死体は全種類残りますが、破戒僧とお蝶殿(なんとなくセットで話したい)は死体が消えますね。

    ……よく考えたらお蝶殿とんでもないことしてますね。
    一段階目の忍殺後に一人目をまぼろしとして錯覚させるように二人目のお蝶が登場しますが、一人目の時点で半透明じゃないのであれまぼろしじゃないですよね。(まぼろしは半透明)
    まぼろしの破戒僧(半透明)もいますしやっぱりなんか関連性あるんですかね
    仮にまぼろしだとしたらお蝶殿は単体で源の宮の門番を上回る技術を持っていることになるんですが……。

    お蝶殿は二度の忍殺でどちらも消えていくんですよね。破戒僧も、半透明なのも宮のも消えていきます。。
    いずれも死体が残らないんですよね。
    一応宮の破戒僧は蟲が残りますが……。

    霧ごもりの貴人がまぼろしを使えるのはどうしてなのか。源の宮内部で生み出された技術なのか?お蝶は源の宮に行って学んだのか?それともお蝶が生み出した技術が源の宮に伝わったのか?破戒僧と霧ごもりの貴人とまぼろしお蝶の関連は?

    隠し森=薄井の森だとするとまぼろしお蝶と霧ごもりの貴人が通じ(薄井の森は忍びが住む森なんだから薄井の森と公然に呼ばれるわけがない。隠し森=薄井の森は普通にありえます)、水生村の住人のまぼろしをまぼろしお蝶が操るのに説明がつきます。


    ……と、「お蝶殿と破戒僧の同性コンビの戦い方から心理面を考察する」ところから「お蝶殿と源の宮の謎の関連性」、さらに「まぼろしお蝶のまぼろしって何なの?」まで波及してこんがらがって手を付けられなくなったのでシード兄貴の智慧をお借りしたく思います……。()

    「狼が戦ったお蝶殿」が桜雫由来のなんかだとしても驚きませんしなんならこじれ切って平田屋敷源の宮説とか言う珍説まで出てきました……。

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