過去作のことはほとんど忘れてしまったので考察ではなく妄想
世界構造
世界構造についてはダイソン球ではないかという説がある。
ダイソン球(ダイソンきゅう、英: Dyson sphere)とは、恒星を卵の殻のように覆ってしまう仮説上の人工構造物。恒星の発生するエネルギーすべての利用を可能とする宇宙コロニーの究極の姿と言える。名前は高度に発展した宇宙空間の文明により実現していた可能性のあるものとしてアメリカの宇宙物理学者、フリーマン・ダイソンが提唱したことに由来する。ただし、ダイソンが考案していた元のアイデアでは恒星全てを覆ってしまうものではなかった。(Wikipedia)
ダイソン球はこれまで数々のSFに登場してきた。PVに見られる二重構造(地の大地と天の大地)を説明するためには最適な解答のように思う
古代の超科学技術文明を土台にしたファンタジー的世界観というゼノシリーズのこれまでの傾向とも適合しているし、大地に刺さった巨大な宇宙船のような存在も古代の超科学技術文明の存在を強く示唆している
筆者が想定する流れとしては以下のようになる
- 惑星に宇宙船が突き刺さる
- 直立した宇宙船を中心にダイソン球の外殻を構築(素材は惑星の鉱物)
- やがて惑星全土を外殻が覆う
- 宇宙船を軸にして2つの世界が成り立つ
- 外殻内側の外殻世界と、内殻表面の内殻世界がそれぞれ発展する
世界は科学技術を継承した外殻世界と、惑星で誕生した種の住む内殻世界に分かれており、技術水準の差から外殻世界が支配種、内殻世界が被支配者となる
また被支配者そのものが、惑星に適応するように支配種が創造した生命である可能性もある。あるいは外殻世界の何かが惑星原種に接触した結果、内殻世界の文明が発生したということも考えられる
と、ここまで書けば詳しい人なら分かるかもしれないが以上の妄想はゼノギアスの翻案である(ほとんど忘れてしまったので間違っているかもしれないが)
世界構造に関しては、宇宙戦艦ヤマトに登場するガミラ大帝星が筆者の想定と近い
ガミラス帝国の主星であり、ガミラス大帝星とも呼称される。直径1万6,000キロメートルの地球型惑星であり、イスカンダル星とは双子星であり、中心太陽から約3億キロメートルの軌道を周る。ガミラス星の構造上の特色は、長年の侵食作用により地下に空洞が広がって外殻と内殻の二重構造になっており、内殻上面に大陸と海があることである(内殻星)。大陸には山脈が柱状にそびえ、それを支えとして厚さ約10キロメートルの岩盤の外殻が内殻を覆っている。(Wikipedia)
外殻星の内側には天井都市がぶら下がっており、外殻自体に穴がいくつも開いている。宇宙から見ると外殻星の穴から内殻星が覗き見える。逆にいえば、内殻星から空を見上げると穴から宇宙が見える
六つの太陽が地上から見えるのは外殻に大穴が空いているからで、太陽が外殻によって遮られると夜になるとも考えられる
六つの太陽に関していえば、PVの25秒あたりに映る太陽は五つである。またそれは夜間の場面である。よって太陽は六つあるが、昼夜のサイクルを形成しているのは最も大きな太陽なのかもしれない
ダイソン球説に対する異論
これまでダイソン球説を元に妄想を述べてきたが、異論が無いわけではない。PVで描写された世界とダイソン球の二重世界に感覚的な齟齬があるように思うのだ
例を挙げると2:17秒あたりに描かれた場面
草原の前方が崖になっており、そのすぐ先から海と大地がほぼ垂直にそそり立っているように見える
確かに現実においても海岸から海を眺めると、水平線から空がそそり立っているように見える
だが動画に散見される世界描写においては、水平線のように遙か彼方から空の世界がそそり立っているというより、今いる地面がわりと近い距離で内側にめくれ上がっているようにも見えるのである
例えば冒頭の以下のシーンでは、地上が屈曲して上方へ伸びているように見える
![]() |
| 手前も奥も類似した景観で、繋がっているように見える |
大地を構成する岩の形状や質が同じようにも見えるし、海も繋がっているようにも見える
この屈曲率の高さはダイソン球では説明できないものであろう。例えばこれが筒型宇宙コロニーの中である、というのなら重力の問題も踏まえて非常に納得のいく描写である
ダイソン球では外殻に穴を開けるという荒技を使わないと、地上から遮蔽物なしの太陽が眺められるという現象に説明がつかない
しかしながら筒型の宇宙コロニーであれば、筒の頭とお尻から文字通り太陽光が筒抜けになるのかもしれない
ただし以上はあくまでも感覚的なものなので、実際にダイソン球の内側から空を見上げると動画のように見えるのかもしれない
2:17秒の場面にしても画像にすると手前の世界と奥の世界が繋がっているようにも見えるが、動画で見ると動きのある手前の世界と比べ、奥の世界はほとんど動いていない(つまりかなり距離が離れている)
冒頭のシーンでも肝心な部分が雲で隠れているようにも見えるし、大きな崖によって奥の世界と断絶しているようにも見える
また『創世記(ジェネシス)』ある以下の文章を加味しても、世界が上と下の世界に分かれているのは確かなように思える
神は言われた。「水の中に大空があって、水と水とを分けよ。」 そして神は天を造り、天の下にある水と天の上にある水とを分けられた。そのようになった。 (『創世記』第一章六節・七節)
なぜ動画で天の海が印象的に描かれているかというと、分けられたのは大地ではなく水(海)だからとも考えられる
つまり実際に硬い外殻のようなものはなく、惑星を大量の水の膜が覆っており、その天の海にいくつかの島が浮いている構造なのかもしれない
※水は完全に惑星を覆っているわけではなく、ところどころに穴があると思われる。その穴から太陽が光を地上に降り注ぐ
筆者としては常識的には筒型の宇宙コロニーであるように思うのだが、ゼノシリーズには神の力に等しいような力が実在するので、一見不可能に思えることも実現可能であるような予感もする
例えば世界全体が死んだ神の肉体を利用しているということさえ可能であろう。仰向けに寝る神の内部に世界があり、天の世界は神の肋骨によって支えられているとか
エレノア
本作の主人公の名はエレノア(Eleanor)という。すでに指摘されているようにエレノアの愛称のひとつにエリィがある
エリィはゼノギアスのヒロインの名である(本名はエレハイム・ヴァン・ホーテン)
天と地が対(非対称的)になる世界構造、そしてエリィという名という共通点から、ジェネシスとゼノギアスとの相似性を指摘する説もある
ちなみにエレノアはプロバンス語の「Aliénor」に由来し、「もう一人のAenor」を意味するラテン語のaliaとAenorの合成語(参考)
このAenorは「アデノルディス(Adenordis)」に由来するとされ、これは「アデマール(Ademar)」または「アダマールス(Adamarus)」の女性形である「アデマルディス(Adamardis)」の変形とされる
その語源はプロト・西ゲルマン語(西ゲルマン祖語)の *Audamār に遡り、さらにプロト・ゲルマン語の *audaz(「富」)と *mēraz(「名声」)の組み合わせに由来する。
富と名声を誇る田舎貴族の末裔に相応しい名前なのかもしれない
またさらにエレノアの語源を遡ると、「光」を意味する原セム語の「nūr」に至る(セムは聖書に登場するノアの息子の名。ただしセム語という名称が付けられたのは18世紀なので聖書のセムとは直接関係はない)
ノア、そして光(ヒカリ)と関連する名であるエレノアは、創世記(ジェネシス)に相応しい名であると言えるのかもしれない
神は「光あれ」と言われた。すると光があった(『創世記』第一章三節)
ノアの系図は次のとおりである。ノアはその時代の人々の中で正しく、かつ全き人であった。ノアは神とともに歩んだ。ノアはセム、ハム、ヤペテの三人の子を生んだ(『創世記』第六章九節・十節)
アニマ
アニマもゼノギアスに登場する用語である。ゼノギアスでは「アニマの器」という形で使用されたが、本作ではアニマと器士として登場するようである
ゼノギアスにおけるアニマは主にユングの分析心理学からの援用であった。正直なところ詳細を覚えていないのでGPTにまとめさせたのが以下である
『ゼノギアス』におけるアニマの器は、物語の根幹に関わる超重要アイテムであり、単なる強化パーツではなく、世界を支配する存在「デウス」を構成する部品の一つです。
アニマの器とは何か
アニマの器は、本来は生体電脳「カドモニ」を構成する生体素子「アニマ」が物質化したものです。
アニマ … 女性原理(メス型)の生体素子
アニムス … 男性原理(オス型)の生体素子
この2つが対になっており、両者が同調すると、デウス復活のための重要な機構として機能します。
心理学との関係
「アニマ」「アニムス」という名称は、心理学者のCarl Gustav Jungが提唱した概念から取られています。
アニマ:男性の無意識に存在する女性性
アニムス:女性の無意識に存在する男性性
『ゼノギアス』ではこれを、
女性原理=アニマ
男性原理=アニムス
両者の融合による完全性
という形で、デウスや人類の起源、フェイとエリィの関係性にまで拡張して描いています。
つまりアニマの器は、
「ギアを強化する遺物」
であると同時に、
「デウスを再構成するための部品」
そして
「男女・精神と肉体・神と人間の対を象徴する存在」
という、ゼノギアスのテーマそのものを象徴する重要な設定になっています
では本作もゼノギアスのアニマ設定を踏襲したものになるのであろうか。これに関しては似ているがまったく同じではないというのが筆者の意見である。というのも本作ではアニマはすでに世界の源である、と定義されているからである
「アニマは世界の源である。水も火も風も、世界を構成するそのすべてが大地を流れるアニマが形を変えたものだった」(PV)
つまりアニマとアニムスの融合を必要とせず、アニマ単体で世界を創造する根源的な力である
また生命もアニマに由来する
「生と死もすべてはアニマと共にある」(1:45)
そしてアニマの力を自在に振るう者たちが「器士」と呼ばれる
「そして戦いを決するのは。いつもアニマとその力を自在に振るう器士だった」
つまり生命を含めた世界そのものを創造した力が「アニマ」である
神
『創世記』において世界を創造したのは神である
つまりアニマとは神の力である。しかしながらその神はすでに敗北している
「ここは六つの太陽に照らし出された大地。そこで人々は知ることになる。敗れた神の恨みが未だ晴らされてはいないことを」
世界を創造してから神は敗れたのか、あるいは敗れた後に神の残された力が世界を創造したのかは不明である(神の責任を回避しようとするグノーシス思想では後者になろうか)
しかしながら、アニマとは神が敗れて(おそらく死んだか肉体を失った)後も世界に残るものである
神が死んで残るもの。それは神の魂であろう
アニマには上述したユングの用語ではなく、「魂」や「生命」といった意味もある(むしろこちらの方が本来的)
神が敗れ死んだ(もしくは肉体を失った)後も、その魂(アニマ)は世界に満ちており、それを自在に振るう者は器士と呼ばれる
なぜ「器」なのかというと、神の魂(アニマ)を宿す「器」だからであろう
だが敗れた神の魂はいまだ鎮まらず、深い恨みを抱いている。恨みの対象は神を倒した者であろう。人が神を倒したエピソードは、「天使(神)と神の格闘」(創世記32章)がある
しかしこの物語においては神はヤコブを祝福して終わっているので、「敗れた神の恨みが未だ晴らされていない」という本作の状況とは根本的に異なる
創世記を離れて良いとしたら、人が神を殺した例として新約聖書のキリストが挙げられる。磔刑に処せられたキリストは手足に釘が打たれ、脇腹を槍で刺されたとされる。このときにできた傷を「聖痕(スティグマータ)」というが、その数は五である
夜空に浮かぶ五つの太陽の数と符合する
ただしこの世界の太陽は全部で六つである。もっとも大きく光輝く太陽の存在が説明できない。創世記を離れるのも何となく釈然としないので、ここはやはり「天使(神)と神の格闘」(創世記32章)をモチーフとすべきだろうか
もし仮に敗れた神のエピソードが「天使(神)と神の格闘」(創世記32章)と符号するのだとしたら、本作の舞台は時系列的にそれ以後、ということになる
創世記32章以降に記されるのは「ヨセフ物語」である。兄弟に騙されて奴隷として売られたヨセフはエジプトに連れて行かれるが、そこでファラオに認められ宰相に抜擢され、ヨセフの子孫は繁栄する
このヨセフの子であるユダの血からダビデやソロモンが出て王朝を築くことになる
ヨセフ物語では故郷カナンとエジプトという2つの世界が対比的に描かれる。ヨセフにとってカナンは兄弟に騙され奴隷にされた失墜の地であり、また飢饉によって滅びかける世界である
一方でエジプトは豊かな国であり、成功を象徴する国である
本作の主人公エレノアにとって地の世界と天の世界はそのようなものとなるのかもしれない
ヨセフ物語は『創世記』50章、ヨセフの死と故郷への埋葬によって終わる。本作が同じ結末を迎えるとは思えないが(言うまでもなくこの文章のほとんどは筆者の妄想である)、それに等しいような状況になるのだろう(エレノアの望みでもあろう)
本作はゼノブレイド新シリーズ「序章」という話もある。もし仮に本作が「序章」であり、続編が出るとしたら、そのタイトルは「ゼノブレイド エクソダス(出エジプト)」になろうか
蛇足
ゲームフェス関連の配信をすべて視聴したが、最も印象に残ったゲームは「GTA6」だった。おそらく1秒も映っていないGTA6の影響の大きさが各ゲームの発売日などから強く察せられ、結果的にすべてのゲームの印象が薄れてしまった




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