これまで一心についての考察を避けてきたのは、考察素材が乏しいからではない。その逆で一心についてはありすぎるほど考察素材がゲーム中に示されている
しかしながら、それらを集めてもまったく核心部分が見えてこないのである。まるで故意に秘匿されているかのように、一心という人物像を構築するための重要な情報が抜け落ちているのである
そうした一心というキャラクターを図にしたものが以下である
一例である |
さまざまな事柄に関わり、重要な局面で常に顔を見せているにもかかわらず、その中心部がすっぽりと抜け落ちている
例えばその居城に竜胤の御子(丈)を住まわせていたにもかかわらずそれについては触れようともせず、丈と共にいたであろう巴の思い出を語りながらその行く末は何も語らない。
修羅についても曖昧な情報しか得られないうえに、不死斬りに関しては赤と黒の二振りあることまで知り、かつ「黒の巻き物」に関係していると思われるのに、やはり核心的な情報は明かさないままである
重要な情報を有しているにもかかわらず、なぜその情報を得ることが出来たのか、まるで分からないままなのである
この中空構造は当然ながら偶然による産物ではなく、意図的なものであると思われる。それほどまでに肝心な部分だけがすっぽりと存在しないのである
この中空に何があるのか、なぜ隠されているのか、どうすれば隠されているものを暴けるのか、それをまず考えていきたいと思う
二つの世界をつなぐ軸
さて、前回の「雑文 世界構造」でも述べたようにSEKIROの物語は舞台が二重になっている。仙郷を中心とした神の世界と、葦名城を中心とした人の世界であるこのうち人の世界を代表し、もっともよく体現するのは人の世界の支配者である「葦名一心」である
そして神の世界を体現するのはもちろん「桜竜」であるが、桜竜にも中空構造が見いだせるのである
桜竜の中空構造 |
桜竜もまたさまざまな事柄に関わり、重要な局面で登場し言及されるのにもかかわらず、その核心的な部分は伏せられたままであった
※仙郷はどういった空間なのか、蟲とは何か、源の水がおかしくなった原因は何か。そもそも竜胤とは何か。それぞれ断片的な情報しか与えられず、桜竜自身が関わっていたと思われる核心部は中空のままである
つまるところ、一心と桜竜とは共に中空構造を有するキャラクターなのである
上述したように神と人の世界とは二重、つまり重なっている。であるのならば、二つの世界をそれぞれ体現する桜竜と一心もまた重なっていると考えられる
試しに二つの中空構造を重ねてみる。すると当然ながら中心部に空きが残る。これが謎の核心部である
さて何度も言うが、葦名と仙郷とは重なった状態にある。そして固定されているがゆえに源の水の引き起こす災厄が仙郷と葦名を貫いて発生しているのである。
もし二つの円が重なって固定されているのだとしたら、中心を貫く「軸」の存在が推定されるが、その軸とは二つの世界を貫く「出来事」であり、まさにそれが物語の核心なのである
ではその「出来事」とは何か
それが「一心による桜竜殺し」である
一心が桜竜を殺したことで二つの世界は繋ぎ止められ、源の水という「歪み」が二つの世界を貫いて浸食しはじめたのだ
剣鬼一心
一心が若い頃に桜竜とまみえているのは、「秘伝・竜閃」の存在からもうかがえる秘伝・竜閃 |
秘伝・竜閃
納刀の構えから、高速の斬り下ろしと共に
真空波を繰り出す流派技
形代を消費して、使用する
力を溜めると、斬り降ろした後、衝撃波が飛ぶ
若き剣鬼一心は、死闘の日々を重ね
ただ、ひたすらに斬った
如何に斬ろうか、如何に斬るべきか…
そう突き詰めるうち、気づけば刃は飛んでいた
秘伝・竜閃は衝撃波を飛ばす技であるが、これは桜竜の技でもある
さらにその技に竜閃と名付けたことから、一心は桜竜とまみえ、それだけでなく戦って桜竜の竜閃を体験していることも推測できる
如何に斬ろうか、如何に斬るべきか…
そう突き詰めるうち、気づけば刃は飛んでいた
如何に斬ろうか突き詰めているうちに、かつて戦った桜竜の技を無意識のうちに飲み込み、竜閃を編み出したのである
竜閃とは、竜のひらめきと書くがこれは竜から閃いた技だからこの名をつけたか、あるいは真空波の光るさまが桜竜の振るったそれと酷似していたから名付けたのであろう
一心が戦った相手の技を飲み込むことは「戦いの残滓」にも触れられている
戦いの残滓・剣聖葦名一心即ち、死闘を重ね、貪欲に強さを求め、
あらゆる技を飲みこもうとした一心だ
さらに一心は「雷返し」を放つことも出来る。この技は葦名流伝場に掛け軸が張られていることから、葦名流創始者の一心が使えるのは当然といえるが、この技は隻狼がそうしたように桜竜にダメージを与えるられる数少ない手段である
一心は桜竜討伐に必要な「雷返し」を使うことができ、後に桜竜の技を彷彿とさせるような「竜閃」をも編み出している
また一心は「黒の不死斬り」の所在を知っていた。敵将、田村主膳と戦っている時にすでにそれを握っていることから、愛刀にしたのは国盗り戦より以前であることがわかる
以上のことから、一心は桜竜を殺すことが出来る不死斬りを所有し、かつ桜竜に対して特効をもつ技を修め、また後に桜竜の技をも自分のものとしているのである
つまるところ一心は桜竜を殺すことができた
桜竜
桜竜がすでに死んでいるとしたら、では隻狼が戦った桜竜とは何だったのか。もちろん巫女の記憶の中の桜竜である記憶から再現された世界に赴き、すでに現実世界で失われてしまったアイテムを入手することができる、というシステムは「平田屋敷」で経験済みである
桜竜はすでに一心によって殺されている。水生村や源の宮の貴族たちに異変が起きたのは、桜竜が蟲によって傷つけられたからというわけでも、丈によって枝を折られたからでもない
桜竜が一心に殺されたことで、異変が起こり始めたのである
※一心が仙郷に渡った当時は水生村の輿入れの儀もまだ執り行われていたと思われる
丈
さて一心は黒の不死斬りを用いて桜竜を殺害している。この黒の不死斬りの能力は「開門」である。竜胤を供物に黄泉から死者を全盛の姿をもって黄泉帰らせるのである開門によって黄泉帰らせたのは丈である
桜竜は故郷より放たれたのち、源の水に誘われて葦名の地に根付いたという
神食み根付くとは、そこで生きることが出来るようになるのと同時に動けなくなることでもある
HPを完全に回復させる、いにしえの秘薬
全ての状態異常も、併せて回復する
葦名のひと際古い土地に生える草木には、
名も無き小さな神々が寄っていたという
これは、そうした草木を練り上げ作られる
神々を食み、ありがたく戴く秘薬である
だが、神なる竜が根付いたのちは、
そうした小さな神々は、姿を潜めてしまった…
桜竜が桜竜として生きられるのはおそらく「故郷」のみであったであろう。葦名のそれは「あるべきではない場所に、あるべきではないものがある」状態にあり、それは桜竜の本来的な生き方ではない
故郷から切り離されたがゆえに桜竜は流されている間も衰弱していったのであろう。ゆえに特殊な力を持つ葦名の水に惹かれ、根付くことでようやく生き延びたのである
代償は、その場から離れられなくなることである
桜竜の生態を以上のようなものと考えるのであれば、全盛とは故郷にいた頃の姿であり、移動のために揺り籠に入れる状態、つまり「竜胤の御子」の状態である
葦名城
丈は常桜を仙郷の名残として持ってきたという。また葦名に降りてきて少ししてから唐突に帰還手段を探しはじめていることから、もとは二度と仙郷に戻らないつもりで葦名に降りてきたと考えられるおそらく丈の当初の目的は竜の故郷へ帰ることであったであろう。だがその情報は意図的に隠され、プレーヤーには丈のホームシックにより降ってわいてきた仙郷帰還計画の段階から知らされるのである
丈に関連する事柄も二つの世界を貫く「隠された軸」であるが、これもまた一心による桜竜の殺害に端を発しているのである
ゆえに同時にそれは一心の核心部でもある。丈を自らの居城に住まわせたのは(しかも御子の間という仰々しい部屋まで造って)、自らの行為(桜竜殺害)により生まれ出た丈に対して、一心が責任を感じていたからであろう
一心による桜竜殺害という軸を想定することで、丈が葦名に降りてきたタイミングとその理由、一心の居城に住んでいた理由などが理解できるように思える
巴
故郷へ帰るための移動手段(揺り籠)を探していた丈を、仙郷から追ってきたのは巴である(同時に舞い降りたのかもしれない)奥義・浮き舟渡り
その遣い手は、
浮き舟を渡り、葦名に舞い降りた
名を、巴と言う
巴は使用する技やその名前(御前)から淤加美一族であると推測されるが、彼女は丈を「主」と認識している
秘伝・渦雲渡り
源の渦を望む、己が主
その小さな背中が、巴にとっては全てだった
さて淤加美一族は本来であれば桜竜を崇拝していたはずである。だが、巴は神なる竜ではなく丈を「全て」と考えているのである
例えば巴が丈の乳母や世話係であり、その愛情ゆえにそうした認識に至ったということも考えられる。けれども現実においてもそうであるが、たとえ子供に愛情を注いだとしても、その子供を主人とは認識しないであろう
あくまでも「主」とは乳母を雇っている者、つまりこの場合は桜竜のみである
にもかかわらず、巴は丈を主とし「全て」としている
なぜか?
桜竜はすでに死んでいて、その血を受け継ぐのが「丈」しかいないからである
彼女にとって丈とは唯一の「主であり、神なる竜」なのだ。ゆえに巴は竜に奉献される舞を丈のために舞ったのである
竜の舞い面
源の宮で、淤加美の女武者は、
竜がために舞いを捧げた
すると不思議と力がみなぎったという
常桜の下で、丈様が笛を吹かれ、巴殿が舞われる…
それを見るのが、たまらなく好きだった(人返りルート・エマ)
葦名城
話がだいぶ仙郷関連にずれてしまったが、これまで述べてきたように、一心の桜竜殺しは仙郷と葦名をつなぐ「軸」であるので、仙郷側の出来事も語らなければならなかったのである葦名側の出来事としては、上でも少し触れたが丈が葦名城に住んでいたことであろう。「神なる竜」は、竜の故郷への帰還手段を探すために御子の間に滞在していたのである
一心が丈を歓待したのは自身が桜竜を殺害し、それによって丈を黄泉帰らせたからである。一心は殺害し、なおかつ生き返らせるという二重の責任を負っているのである
一心の部屋の側に「黒の巻き物」が置かれているのは、一心がそれを書き記し隠匿していたからである、とするのがもっとも蓋然性が高いように思える
黒の巻き物のあまりにも具体的な記述に不可解な点を覚えたのは私だけではないであろう。だが、それを記したのが一心であり、彼はそれ以前に黒の不死斬りを用い「開門」の儀を執り行っていたことがあると考えると、その具体的な記述は当然のことといえる
自身が実際に行ったことであるゆえに、その記述は具体的なのである
だが丈は竜の故郷へ帰る方法を見つけられず、目的を不死断ちに変更し仙郷に戻ろうとするもそれも果たせず、病に罹って衰弱していく一方となった
竜胤断ちの紙片
丈が遺した竜胤断ちの書の一部のようだ
不死斬りがあれば、
我が血を流すことが叶うはず
血を流せば、香が完成し、仙境にいける
そうすれば不死断ちもできるだろう
竜胤の介錯、如何に巴に頼もうか…
巴の手記
柔らかな字でしたためられた巴の手記
丈様の咳は、ひどくなられるばかり
仙郷へ帰る道は、どうやら叶わぬ
せめて竜胤を断ち、人に返して差し上げたい
人返りには、常桜の花と不死斬りが要る
なれど、花はあれども不死斬りはない
仙峯上人が、隠したのであろう
竜胤を断つなど、あの者は望まぬゆえに…
結局のところ赤の不死断ちは入手できず、巴は自害しようとするもそれも果たせず、死ぬこともできない丈の肉体は惨たらしいことになったと思われる
苦しむ丈を救うために一心は黒の不死斬りを用いて再び「開門」の儀を執り行ったのである
そして生まれたのが九郎であった
九郎は神なる竜の全盛、つまり故郷にいた頃の姿をとる。そのために丈としての記憶はない。九郎は黄泉帰ってすぐに平田家へ養子に出された
なぜならば竜胤の御子にとって葦名城は危険だったからである
そこには丈の持ってきた「常桜」が咲いていたからだ
なぜ丈が病に罹ったのか。神の片割れ(あるいは眷属)たる「常桜」に生気を吸い取られていたからである
ゆえに葦名城から遠ざける意図で九郎を平田家へ養子に出し、また梟に命じて「常桜の枝」を折らせたのである
丈の介錯をしたのも一心であろう。その一連の出来事に梟は立ち会っていた(おそらくお蝶も)。黒の不死斬りの「開門」を目の当たりにし、老いた忍びは野望を抱くこととなったのである
葦名一心
以上のように葦名一心の中空構造を埋める軸は仙郷と密接に結びつき、物語の核心そのものともいえる正確な時系列は分からないが、一心は田村主膳と戦うための力を求めて、あるいは自らの剣の腕を試すために仙郷へ渡り、そこで桜竜とまみえ、戦い、殺害したのであろう
一心の手に入れた力とは「竜胤の御子」であり、その従者である不死の「巴」である
※一心と巴が戦ったのは、巴が不死になる前だったと思われる。というのも丈という少年の庇護者である巴を相手に一心が本気で戦うとは思えないからである。巴と一心との立ち会いは、一心の言葉を信じるのならば、まぎれもない真剣勝負であった
一心:巴… あれほどの遣い手は、そうはおらぬ
まるで、舞いのように、あの女は戦う
あやつの瞳を覗いておると…
水底に引き込まれるような、心地がしたものよ
カカカッ、見惚れて、斬られそうになるなど…
この一心、長く生きたが、あの一度のみじゃ
※ここに言う水底とは、源の宮の湖の底をイメージしたものかもしれない
仙郷から戻った後、一心は竜胤の御子と巴、七本槍、希代の医師であり機巧師でもある道玄、人間離れした忍びども、そして葦名衆を率いて国を盗り、葦名の支配者となった
まるで英雄譚の主人公のようである
事実、一心は一時代前の主人公であった
隻狼が関わるのは、そうした英雄譚の終章、『英雄の最期』の章なのである
ゆえにSEKIROは葦名一心の物語でもあった。だからこそ全てのルートで最後のボスが一心なのである