悪夢の辺境
悪夢の辺境と呼ばれる場所は、作中でもかなり異質な時空であるまず、赤い月の影響を受けない
ヤーナムの時刻経過や赤い月の接近、あるいは青ざめた血の空が現出している段階でも、悪夢の辺境の空は晴れたままである
このことは、悪夢が現実世界と異なる領域に存在することを意味している(他にも同様に影響を受けないエリアがある。それらは過去に悪夢に巻き込まれたか、悪夢に近い場所である)
では「辺境」とは何か
悪夢の辺境の著しい特徴は、他の悪夢と繋がっていることである
例えば悪夢の辺境の入り口からは、「漁村」の船のマストが見え、またメルゴーの高楼が山脈の向こうに見えている
これは悪夢の辺境のみに見られる特徴である
悪夢の辺境のみと限定すると、違うのではないかと思うかもしれない
というのも、「狩人の悪夢」の漁村から下をのぞくとヤーナムの街(狩人の悪夢)が見えるし、「悪夢の教会」付近では漁村からのものと思われる養殖人貝が空から落ちてくるからである
しかしながら、狩人の悪夢~漁村までは一つの悪夢である。これは HUNTED NIGHTMARE と表示されるのがゴースの遺子の黒い影を斬った後であることからも分かる
※メンシスの悪夢においても、乳母を倒した後、赤子が泣き止んだ時点で HUNTED NIGHTMARE と表示される
このように悪夢はいつかのエリアの複合体として存在し、それは「○○の悪夢」としてひとつの領域を形成しているが、ある「○○の悪夢」が他の「○○の悪夢」と直接接合していることはない
必ず、悪夢の辺境(メンシスの悪夢は悪夢の辺境に漂う教室棟から繋がっている)を経由して繋がっているのである
悪夢の定義
「○○の悪夢」を狭義の悪夢、「悪夢の辺境」を広義の悪夢と定義するとわかりやすいかもしれない例えば教室棟はいまや悪夢に漂っているとされる
講義室の鍵
いまや悪夢に漂う二階建の教室棟は、かつてビルゲンワースが
史学と考古学の学び舎だった頃のものである
この場合の悪夢は、広義の悪夢のことであり、つまり悪夢の辺境を漂っているのである
ゆえに、教室棟から悪夢の辺境へと移動することができるのである(ヤハグル→メンシスの悪夢も同様)
また逆に資格を持った人間は、悪夢の辺境に棲まうアメンドーズによって「○○の悪夢」へと送り届けられる。悪夢へ移行する時には必ず媒介者としてアメンドーズが姿を見せているのである
※メンシスの悪夢へは無数のアメンドーズのいるヤハグルを経由し、狩人の悪夢へはアメンドーズによって直接に運ばれる。また、教室棟へ行く際にも辺境の住人たるアメンドーズによって運ばれる
辺境
辺境という言葉は、「中央から遠く離れた場所」の他にもうひとつの意味を必然的に包含しているもうひとつの意味とは、「他の世界と接する領域」である
悪夢の辺境は「○○の悪夢」だけでなく「現実世界」とも隣接しているのである
そして悪夢の辺境は現実世界を少しずつ浸潤していき、やがて悪夢の辺境を伝って現実世界に悪夢が運ばれてくる
悪夢が現実に漂着するのである
悪夢の辺境は「海」であり、現実は「陸」である。そして悪夢とは海の彼方からやってくる漂着物なのである
アメンドーズ
では、悪夢の辺境に棲まうアメンドーズとは何者なのかアメンドーズの英名 Amygdala は扁桃体を意味する英単語である。しかしながら、アメンドーとはアーモンドが訛った語句でもある(あめんどう)
どちらを重視するかにもよるが、アメンドーズの原義は脳の扁桃体というよりも、むしろ樹木としての扁桃(アーモンド)を指し示していると思われる
※ブラッドボーンが日本語を喋る日本のゲーム開発者によって作られた日本のゲームであるというのも一つにある
まず、アメンドーズの胸には奇妙な亀裂が入っているが、この特徴はSEKIROにおける桜竜と同一である。桜竜が桜の樹であったのと同様に、アメンドーズもまた樹木の属性を持つのである(だが桜竜と同じく、属性はひとつだけではない)
※余談ながら、桜もアーモンドもどちらも「サクラ属」である
また、アメンドーズの腕は七本ある
アメンドーズ=樹木としてのアーモンド説をとるのならば、アメンドーズは七本の枝をもつアーモンドの木、ということになるが、ユダヤ教における大燭台(メノーラー)がまさしく「七枝のアーモンドをかたどったもの」である
※Wikipediaでは異論が唱えられているが、最初の1本に後から6本つけられたとしても、最終的にそれが七本燭台として理解されているのだから、七枝はそれぞれ同等のものと考えるのが自然かと思う
そしてこの大燭台(メノーラー)、カレル文字「深海」のデザインと酷似しているのである
大燭台メノーラー |
「深海」のカレル |
つまりアメンドーズは大燭台を象徴し、大燭台は深海を象徴しているのである
ここにアメンドーズ=大燭台=深海という繋がりが見いだせる
上述したように、悪夢の辺境とは「海」である。その海に「深海」を象徴する上位者が存在しており、それがアメンドーズなのである
アメンドーズの尻尾が甲殻類の節足動物のような形状をしているのも、深海に節足動物が多く棲むことと無関係ではない(カニやエビなど)
アメンドーズは樹木+深海生物の属性を併せ持っている(桜竜と同じく) |
また、アメンドーズにはヤハグルや大聖堂の石像などに、ヒゲ状の触手を伸ばした個体が確認される
このヒゲは、クトゥルフ神話における〈グレート・オールド・ワンの大祭司〉クトゥルフのオマージュと思われるが、その一般的な想像図にある触手と酷似している
※クトゥルフは海底に沈んだ石像都市ルルイエに隔絶され、夢を見ながら目覚めの時を待ち続けているという。そして大量の水に遮断され信者とは連絡が途絶しているのだという
ヒゲの有無は何によって区別されているのかというと、おそらくヒゲのあるアメンドーズは深海(悪夢の深い場所)に棲み、ヒゲのないアメンドーズは浅い海(悪夢の浅い場所)に棲む個体なのである
これは、成長しより祖先に近い姿を獲得した者は深海に進出するという、『インスマウスの影』に登場する「深きものども」の設定とよく似ている
逆順世界
悪夢の辺境が海であるという根拠は他にもある例えば「狩人の悪夢」は漁村が上にあり、その下にヤーナムの街がある。これは養殖人貝が落ちてくることではっきりと示されている
常識とは異なり、悪夢の中では天地が逆転しているのである(正確には天地というよりも、各階層の順序が逆になっている)
ふつう世界はもっとも高くに陸地があり、その下に海が広がっている。だが悪夢の世界では、海がもっとも上にあり、その下に漁村があり、そして陸地がもっとも下にあるのである
そして悪夢の辺境からは、下に漁村が見えていた。ということ悪夢の辺境は漁村の上にある、つまり悪夢の序列でいえば、悪夢の辺境は「海の階層」に位置づけられるのである
また、「肥大化した頭部」にはこう記されている
だが耳をすませば。湿った音が聞こえる気がする
しとり、しとり。水の底からゆっくりと、滴るように
なぜ、水の底から滴るのかというと、悪夢の世界では水の底が空にあるからである
浮彫
狭義の悪夢だけでなく、広義の悪夢にも逆順世界が適応されるという物証が、悪夢の辺境にはあるボスエリア(アメンドーズの寝所)に建つ塔の内部には、奇妙な浮彫が彫刻されている
大きなものと小さなものがあり、小さなものの上部からはアメンドーズの上半身が伸びている
大きなもの |
アメンドーズが追加されたもの |
アメンドーズの掘られている小さな浮彫の土台は、大きな浮彫の一部を上下反転させたものである
この2つの浮彫は上下(天地)が対照的であるが、その最も大きな相違は小さな方にはアメンドーズが浮彫されていることである
これは、上位者であるアメンドーズいる場所、つまり広義の悪夢の世界でも天地が逆転することを示しているのである
つまり、悪夢の世界では海は空にあるのである
ゴースの赤子が海に還るムービーでは、黒い影は海の中に消えるのではなく、なぜか海上を漂い、さらに上昇している(カメラも上にパンしている)
これは、ゴースの赤子の還った海とは漁村から見える海ではなく、悪夢における海だからである
その海は空にあり、ゴースの赤子が還ったことでそれまで曇っていた空が晴れ渡るのである
砂浜にゴースが打ち棄てられていたので、すぐ目の前にある海から漂着したのだと思い込んでしまうが、実情はまったく異なる
ゴースがやって来たのは悪夢的な海、つまり悪夢の空からなのである
要するに海とは、見捨てられた上位者が思い焦がれ、上位者から産まれたゴースの赤子が還っていくような領域、つまり上位者の故郷なのである
宇宙は空にある
海が空にあることと、聖歌隊のたどり着いた「宇宙は空にある」はひとつのことを指し示しているそれはつまり、上位者の大いなる故郷は「悪夢の辺境の空の彼方」に存在するということである
この深海(海)と宇宙との同一視は、アメンドーズと蛍花の引き起こす現象においても明示されている
アメンドーズが叩きつけ攻撃をした際に、黒球に青い火花が飛び散るエフェクトが出る
このエフェクトは、ビルゲンワースの蛍花が死んだ時に発生するエフェクトと同じであり、蛍花が火の玉を飛ばしてくる時に見えるものとも酷似している
蛍花が死んだときのエフェクト |
火球が飛び出てくる暗黒領域 |
この蛍花のEnemy IDは「Star Flower」、つまり「星の花」なのである
※アメンドーズの発生させるエフェクトは、彼方への呼びかけを使った際のエフェクトともよく似ている
つまり深海の上位者たるアメンドーズの攻撃は、宇宙由来の秘儀と同じエフェクトを発生させるのである
宇宙と深海(海)とは同じ領域を指す言葉であり、それは現実の宇宙を指すのでも、現実の深海を指すのでもなく、尋常ならざる神秘に満たされた宇宙悪夢的な領域を指し示すのである
そして聖歌隊のメモは、現実の「地下遺跡に宇宙を求めた」(エーブリエタースの先触れ)彼らがついに、「宇宙は空にある」=「宇宙は(悪夢の)空にある」、と気づいたことを記録したものである
海
しかし「脳液」には次のように記されている医療教会初期、上位者は海と紐付けられていた
故に頭の患者は、自らを水で満たし、海の声を聞く
すでに教会の初期に上位者と海とは紐付けられていたではないか
この疑問に一言で答えるならば、その「海」は現実の海であり、悪夢の空の彼方にある「宇宙(海/深海)」ではないのである
このような現実の事物と象徴(神秘)としての事物の混同が、本作における悲劇の根底にある
例えば神秘的な「脳の瞳」を物質的な瞳として取り違えたことで、人の脳のなかに瞳を求めた漁村の悲劇につながったのであり、その無知ゆえの悲劇はヘムウィックにおけるアイコレクターに受け継がれている
同様に「海」には、現実の海と神秘の海(悪夢の海)が存在し、宇宙があるのは後者の方である
医療教会の初期に行われたのは「現実の海」に上位者を探すことであり、それは一定の成果を上げたがやがて頓挫する(失敗作たち)
しかし後に聖歌隊は宇宙(深海)は悪夢の空の彼方にあることに気づいたのである
星海
カレル文字の「苗床」にはこう記されている人ならぬ声、湿った音の囁きの表音であり
星の介添えたるあり方を啓示する
この契約にある者は、空仰ぐ星輪の幹となり
「苗床」として内に精霊を住まわせる
精霊は導き、更なる発見をもたらすだろう
なぜ星の介添えが湿った音と関連づけられるのかというと、宇宙と海とは同じ領域を指すからである
そしてこの宇宙と海との同一性が、ゴースの寄生虫の不可解な性質を説明する
ゴースの寄生虫
海岸に打ち棄てられた上位者ゴースの遺体
その中に大量に巣食う、ごく小さな寄生虫
人に宿るものではない
ただ握りしめて殴る、武器とも呼べぬ一匹だが
この虫は「苗床」の精霊を刺激するという
なぜ、海に由来する寄生虫が、空仰ぐ星輪の幹に宿る精霊を刺激することになるのか
なぜ、海に由来する寄生虫が、星の介添えたるあり方を啓示するカレル文字と紐付けられているのか
宇宙と海は同じひとつのものを指しているからである
それが「(悪夢の)空にある宇宙(海)」であり、宇宙悪夢的な叡智の領域、換言するのならば「上位者の故郷」なのである
青い雷光
ゴースの遺体からは青い雷光が発生するだが、ゴースが死んでいる以上、この雷光を発しているのはゴース自身ではない
いまもゴースに寄生している「ゴースの寄生虫」が青い雷光を発生させているのである
※この考察に関しては頂いたコメントを参考に組み立てたものです
この青い雷光はローラン系の獣がまとうものと同色である
なぜ、海棲の寄生虫と陸棲の獣が同じ青い雷光を放つのか
両者とも根源は同一、「宇宙(海)」だからである
ゴースの寄生虫は「空仰ぐ星輪の幹に宿る精霊」を刺激するという
つまり青い雷光をゴースの寄生虫が出していると考えるのならば、青い雷光は「宇宙(海)」に由来する雷光なのである
さて、旧市街の灰血病は獣の病蔓延の引き金になったとされる
白い丸薬灰血病は、後の悲劇、獣の病蔓延の引き金になってしまった
灰血病を上位者の血による感染ととらえるのならば、ローランを滅ぼした「獣の病」の呼び水となった「ある種の治療の痕跡」の病原も上位者であった可能性が高い
深きローランの聖杯その上位者とはつまり、宇宙(海)を故郷とする神のような存在のことである
病めるローランの各所には、僅かに、ある種の医療の痕跡がある
それは獣の病に対するものか、あるいは呼び水だったのか
※この上位者を特にエーブリエタースと考えるのならば、ローランの呼び水もまたエーブリエタース的な上位者であったと考えられる
※エーブリエタース的な上位者とは、宇宙(海)に関係が深く、海棲生物のような形態をしている上位者、つまりアメンドーズのことである
ローランの獣の病もその根源をたどれば宇宙(海)に到り、ゆえにローランの獣たちは青い雷光を身にまとい、放つのである
※ローランの銀獣が悪夢の辺境にいることも、ローランと宇宙(海)との関係性を示している。さらにそのエリアのボスは「アメンドーズ」であり、「ローランの聖杯」をドロップする
黄色い雷光
いっぽう、「漁村の司祭」が放つ雷は黄色であるこの差異は、青い雷光は宇宙(海)に由来するものであるが、黄色い雷光はゴースという上位者に由来するものである、という根本的な違いから発生する
つまり、黄色い雷光はゴース固有の能力なのである
※漁村の司祭の ENEMY ID は DeepOnes(クトゥルフ神話の「深きものども」)である。深きものと人間の子孫は成長と共に変異しやがて「深きもの」となって深海に棲むことになる
上位者の血や叡智による獣化や眷属化と異なり、漁村民はゴースの血を引く一族であり、彼らの変異はゴースの血や叡智によるものというよりも、受け継がれた血統の発露によるものなのである
※漁村民のみが「深きもの化」し、狩人たちは人の姿を保っていることから、ゴースに接触した際に発動される因子が漁村民にのみあったのだろう
要するに、漁村民はゴースの一族なので何らかの原因により変異した後には、ゴースと同じ黄色い雷光を放つことができるのである
※漁村民がゴースの血を引く、というのはやや飛躍しているように思われるかもしれない。だが、元ネタである「インスマウスの影」の設定を踏襲すると、そのような結論に到るのである
月の魔物
「瞳」や「海」と同様に、「月」とは現実の月のことではないそれは象徴(神秘)的な意味での月であり、その正体は「悪夢」である
悪夢の辺境という海の底から上昇してくる「悪夢」、それが「赤い月」なのである
現実は海が下、陸が上という秩序により構築されている。悪夢は海が上、陸が下という秩序により構築されている
この両者が合わさるとき、悪夢の海の底から上昇してくる月は、現実の空を下降してくる月として世界に現われるのである
コペルニクス的転回
名言の多いブラッドボーンでも、「宇宙は空にある」は特に印象的な文章のひとつである聖歌隊がついに到達した衝撃的な気づきにある種の感動を覚えたプレーヤーも多いはずである。しかしその瞬間に自らもまた聖歌隊と同じ陥穽(落とし穴)にはまっているのかもしれない
現実的には「宇宙は空にある」のは当然であり、宇宙を探す試みの、地下から空への転回は科学的、常識的に見ても正当であるように思える
だが、ここで言われる「宇宙」とは、われわれの知る宇宙とは異なるうえに、「空」もまたわれわれの常識からは大きく外れているのである
宇宙とは、宇宙悪夢的な叡智の満たされた領域であり、上位者の故郷である
また空とは、悪夢の空のことであり、悪夢の空には「海」があるのである
ここでわれわれは聖歌隊と同じ気づきに到る
「宇宙は空にある」
しかし、初めにそれを口にしたときと今回とでは意味が完全に異なっているのである
そしてこれこそが、人間理性を誤謬に陥らせる、ブラッドボーン最大の仕掛けなのかもしれない