まとめ

まとめページ

2021年2月27日土曜日

Bloodborne 考察まとめ11-1 ビルゲンワース(語源編)

名前

過去の考察でも述べたが、名前には非常に重要な情報が秘められている


しかし、結局、私はすべての名前を選びます。私が監督したタイトルはいつもそうだった。もちろん、名前はあなたが描きたい世界の非常に重要な部分ですが、それ以上に、私は名前を思いつくのが大好きです。私はちょっとしたネーミングオタクだと思います。それは私にとっていつも楽しいです。私は、単語の起源、表現でどのように聞こえるか、地域の考慮事項など、すべてを考慮します。(インタビューより)


本作に登場するNPCの名前は、ネーミングオタクを自認する宮崎氏が決定したものなのであり、その決定は、語源、響き、地域性などを考慮に入れてなされたものなのである


何度も引用している文章だが、理由も無しに語源を追求しているわけではないということを最初に触れておく



ビルゲンワースという地名

ビルゲンワースの英名は Byrgenwerth である


このうち後半部のWerthは、イギリスの地名に詳しい者であれば、Worthを連想するであろう


Worthは「囲い」や「定住」を意味する古英語の「worð」に由来する言葉である(Werth History, Family Crest & Coats of Arms


しかしながらWorthWerthは と が異なるうえ、英国系の名前をもつガスコインを異邦人として扱っていることからも分かるように、ビルゲンワースから見ると英国は異国である


その異国の慣例的な命名法を用いるのはどうにも腑に落ちない


ヤーナムが中欧をモチーフにしていると考えられることからも、唐突にイギリスの慣例姓が地名として登場するのは違和感を覚える


実のところWerthはWorthとは直接的には関係がない(語源的にはあるかもしれない)


Werthとはれっきとしたドイツ語であり、その意味は「排水前は河口や河岸の湿地だった川中島や耕地」(『ドイツの河岸地名Werderとその場所の微地形』PDF)である


それによると、ドイツ中部河岸地名にはWerthという名前の場所が多いのである


異字同語地名である Werder, Werd, Wörth, Ward, なども挙げられているが、その語義は「島、半島、湿地間の水害のない微高地」であり、水と関係の深い場所につけられる名前なのである


いうまでもなくビルゲンワースの建物は、月前の湖の岸辺に建っている


つまるところByrgenwerthのWerthの語義は「囲い」や「定住」ではなく、「島」「半島」「微高地」を意味するのである


ワースの部分だけを訳すのならば「ビルゲン島」や「ビルゲン半島」「ビルゲン河岸」「ビルゲン干拓地」という意味になろうか


大量の水は、眠りを守る断絶であり、故に神秘の前触れである

求める者よ、その先を目指したまえ(カレル文字「湖」)


カレル文字にあるように、ビルゲンワースは大量の水の先を目指したのである。その前哨基地として相応しいのは湖岸に突き出したような半島、またはである



Byrgen

さてByrgenwerthのWerthが判明したところで「byrgen」の考察に移りたいと思う


結論から先に述べれば、byrgenとは『散文エッダ』に登場するビュルギル(byrgir)の泉からとられた地名である(語尾のgirgenの差異は後述する)


『散文のエッダ』の「ギュルヴィたぶらかし」11章で、ヴィズフィンルを父とするヒューキとビルという名の二人の子供たちが高い地位へ置かれた。彼ら二人はビュルギルByrgir、古ノルド語で「何かを隠す者」の意[3])のから歩いて来たが、二人はセーグ(Sæg)という桶をシームル(Simul、古ノルド語でおそらく「永遠の」の意[4])という天秤棒で運んでいた。マーニは彼らを地上から取り上げ、彼らは今や天をマーニに付き従っており「それは地上からも見る事ができる」[5]。(Wikipedia


※北欧神話と本作の関連についてはオドンの考察参照のこと


Wikipediaによれば、ビュルギル(byrgir)とは古ノルド語で「何かを隠す者」の意であるという


その語義通り、学長ウィレームは湖に秘密を隠していた


月見台の鍵

ビルゲンワースの二階、湖に面した月見台の鍵


晩年、学長ウィレームはこの場所を愛し、安楽椅子に揺れた

そして彼は、湖に秘密を隠したという


また、月前の湖にいたロマが儀式や月を隠していたことは各所のメモに記されている


ビルゲンワースの蜘蛛が、あらゆる儀式を隠している

見えぬ我らの主も。ひどいことだ。頭の震えがとまらない(オドン教会のメモ)


あらゆる儀式を蜘蛛が隠す。露わにすることなかれ

啓蒙的真実は、誰に理解される必要もないのだ(ビルゲンワースのメモ)


狂人ども、奴らの儀式が月を呼び、そしてそれは隠されている

秘匿を破るしかない(隠し街ヤハグルのメモ)


さて、神話に登場する「ヒューキ」と「ビル」という二人の子供たちは、月相(満ち欠け)の擬人化である


北欧神話におけるヒューキ(古ノルド語: Hjúki、おそらく古ノルド語で「快復する」の意[1])とビル(古ノルド語: Bil、文字通り「その瞬間」の意[2])は、天を横切る月の擬人化であるマーニに従う子供の兄妹である。彼らは13世紀にスノッリ・ストゥルルソンが書いた『スノッリのエッダ』にのみ認められる。学説では二人を取り巻く特性から、彼らが月のクレーターあるいは月相を体現している可能性があり、ゲルマン系のヨーロッパの民間伝承に関連するとしている。ビルはヨーロッパのドイツ語圏に伝わる民間伝承に認められる農業に関連する存在のビルヴィス(英語版)と同一視されている。(Wikipedia)


神話ではビュルギルの泉から歩いてきた二人が、高い地位、つまり月に上昇させられたという


本作における「」とは「宇宙」と同義であり、そこは上位者の住む「悪夢」でもある(「月の落とし子エーブリエタース」参照のこと)


月に上昇させられた、とはすなわち「上位者」になることと同義であり、それと符合するように、月前の湖には上位者ロマが住んでいる



byrgirからbyrgenへ

しかしながら、byrgirbyrgenとは語尾の二文字が異なっている


girからgenへの変化の合理的な説明は可能だろうか


まずbyrgirスウェーデン語やノルウェー語などの北欧語では「byrge」と記される


Vidfinn (fornvästnordiska Viðfinnr, ”skogsjägare”[1]) är i nordisk mytologi far till barnen Bil och Hjuke, som kidnappades av månguden Måne då de var på väg från brunnen Byrge med en så, som de bar på axlarna med såstången Simul. Detta berättas i Snorres Edda, Gylfaginning, kapitel 11. Snorre skriver: ”De barnen följer Måne, såsom man kan se från jorden.” Det kan alltså röra sig om en bild som syns på månen.[2](Wikipedia



古ノルド語やスウェーデン語、ノルウェー語はおなじ「インド・ヨーロッパ語族ゲルマン語派"北"ゲルマン語群に属する言語」であり、Byrgeの意味も同義(「何かを隠す者」)である


またドイツ語は「インド・ヨーロッパ語族・ゲルマン語派の"西"ゲルマン語群に属する言語」であり、おなじインド・ヨーロッパ語を祖にもつ近しい言語である


これらスウェーデン語とドイツ語には名詞の格によって語尾が変化するという共通する特徴がある


簡単にいうと単数形から複数形にすると語尾が変化するのである


スウェーデン語の名詞には共性名詞と中性名詞の二種類ある


このうち中性名詞を複数形にする際に、単語の語尾が母音だった場合、語尾に n をつけることになっている


中性名詞で単数形が母音で終わるものは、複数形はその末尾の母音の後に-nを加える。(例:äpple (リンゴ)/äpplen)(Wikipedia)


※つまりByrgeを複数形にするとByrgenになる


また単数名詞不定形から定形に変化させる際にも、語尾にenをつける場合がある


例:brevet(手紙)→breven(定形の手紙)


スウェーデン語では、たとえば英語で「定冠詞」と呼ばれているものに似た働きをする語はあるが、それは独立した語ではなく、名詞の後ろにつける接辞である。この接辞は共性名詞単数では-enまた-n,中性名詞複数では-etまたはtという形をとる(例:flaskan (ビン) brevet)。複数形につくときは文法性でなく複数形の語尾によってそれぞれ-na,-a,-enなどがつく(例:flaskorna(ビン),breven (手紙))。名詞にこの接辞のついた形を定形といい、つかない形を不定形という。 (Wikipedia)


本作に登場するByrgenwerthの場合には、Byrgeを定形化してByrgenにしたものとも、「何かを隠す者」という名詞を複数形に変化したものとも考えられる(つまり「何かを隠す者たち」になる)


おなじゲルマン語系のドイツ語でも名詞を複数にした際に語尾に nen がつくことがある


複数型の語尾には、-(無語尾), -e, -er, -(e)n, -sの五つのパターンが存在する。(Wikipedia)


例:Schule(学校)→Schulen(学校:複数形)

例:Funke(火花)→Funken(火花:複数形)

例:Biologe(生物学者)→Biologen(生物学者たち:複数形)

例:Auge(目)→Augen(目:複数形)


Byrgeにこの規則を適用すると以下のようになる


Byrge(何かを隠す者)→Byrgen(何かを隠す者たち



Byrgenwerth

以上の考察を組み合わせるByrgenwerthの語義が明らかになる


Byrgen何かを隠す者たち

Werth島、半島、干拓地、河岸


Byrgen+Werth=何かを隠す者たちの島(半島、干拓地、河岸)である


より文学的に表現するのならば「隠秘者たちの孤島」という感じになろうか


その孤島は神秘を隠す水の際にあり、(半)島にある学び舎には隠秘者たちが住んでいたのである


そして「何かを隠す者たち」の名に相応しく、合い言葉の番人はビルゲンワースそのものを隠し、その学長ウィレームは湖に秘密を隠し、白痴の蜘蛛ロマは儀式を隠していたのである


神話ではByrgeの泉から来た二人の子供たちが月に誘われて神的存在になったとされる(上で引用したヒューキとビルの神話を参照のこと)


神話をトレースするように、Byrgenwerthにある月前の湖には、(悪夢あるいは上位者オドン)によって上位者となったロマが棲んでいる


あるいは月前の湖のロマ嘆きの祭壇のロマとは兄妹なのかもしれない



禁域の森

禁域の森の底にはカレル文字「深海」が落ちており、また周囲には広範囲に水たまりが広がっている


これは過去に禁域の森の底部に水が溜まっていた期間があったことを示している


ということは、その期間ビルゲンワースは前方の湖後方の湿地帯によって島のようになっていたのである


ビルゲンワースの語義が「隠秘者たちの」と名づけられたのは、こういった理由からなのかもしれない


蛇足

ByrgirからByrgenへの変化は単にドイツ語風の響きを選んだとも考えられる

「~~ゲン」とつくとドイツ語風に聞こえるからである

いろいろと最もらしくgirからgenへの変化を説明してみたものの、言語学的な素養や教養はまったくないので、正しいかも分からない

その点、Byrgirをドイツ語風の響きにしたらByrgenになった、という説ならばシンプルかつ明解である

0 件のコメント:

コメントを投稿